第15回 ライブ・オア・アライブ
IDEALの“ディーティ”こと立花大介は幼い頃から十数年、母親に虐待されていた。
きっかけは警察官だった父親の殉職。
家事や洗濯を一切しなくなってしまい酒浸りの母に代わり、小学生で家のことは全て強制的にやらされる。
口答えをすれば殴られ、恐怖から奴隷のような生活を強いられる。
それから解放されたのは去年、二十歳になったばかりのころであった。
チャンスを与えてくれたのは真道アークだ。
『君は優しい。その心がライヴペインを動かせる。今度が君が、世界の可哀想な子供たちの痛みを救う番だ』
真道アークだから巨大ロボット、ライヴペインという力を手に入れた大介は母親をそのに手にかける。
躊躇はなかった。
長年、溜め込んでいた苦しみがすっと消えていく快感の方が強かった。
そして大介はIDEALに入って、ライヴペインのディーティと名乗り行動を開始する。
◆◆◆◆◆
「中東の戦いは楽しかった。あんなテロリスト達がいるから世界に貧困は無くならないし、親を無くす子供が増える……! だから救うんだ、IDEALが」
ライヴペインの噴出している気体は、実は毒ガスではなくナノマシン兵器であった。
その名も“マニューバースモッグ”は粒子サイズのナノマシンがディーティの意思とリンクしているため自在に動きを操ることができ、腐食効果の他にも傷の治癒も可能だ。
「市街地戦はもっとも得意なフィールドなんだ! 逃げられるわけない」
じわじわとイクサウドを追い詰めるライヴペインだったが、背後から猛スピードで迫る黒いマシンにディーティは気付かなかった。
「隙だらけ、好き!」
弧を描きながら天高く飛び上がる影はカナウのライヴイヴィルだ。
「飛んだからなんだってんだ!」
「上を見上げたお前が隙になる」
廃ビルの屋上に立つイクサウドと正継。
イクサウドは輸送ヘリから受け取った狙撃ライフルでライブペインの足下を狙い撃った。
「な……なにぃ!?」
ヒビの入っていた床にライフル弾が命中し、ライブペインが体勢を崩す。
受け身を取ろうとするも、既に遅かった。
「ムーンサルトォ……キィーック!」
急降下するライヴイヴィルの飛び蹴りを食らい、ライヴペインは廃墟のビルの壁を次々と破壊しながら何十メートルも吹き飛んだ。
「ファーストアタック、見事に決まったね!?」
〈なにこれマジの戦い?〉
〈よくわからないけどスゲー!〉
〈これもしかして真芯湖?〉
〈復活ッ!!星神かなう復活ッ!!〉
〈いけいけー!〉
ド派手な登場に配信チャットのコメントが大盛り上がり。
その様子は瞬く間に各SNSの話題を呼び、視聴者数がどんどん延びていく。
「新手?! また、そんな卑怯なことをぉぉ……!!」
身体に覆い被さった瓦礫を払いながら立ち上がるライヴペイン。
「えー卑怯? どの口が、どこの誰がそんなことを言うのかなぁ? これぐらいされて当然じゃないの。いや、まだ足りないぐらい、全然足りない……足りなさすぎる!」
怒るディーティに対して煽るカナウとライヴイヴィルは、もう既にライヴペインのすぐ正面まで迫ってきていた。
「わ、我々はIDEALだぞ?! この世の間違いを正す……絶対の正義なんだよ! それに反対するなら……お、女の子だろうとこのディーティは容赦しないっ!」
「声震えながら言っても説得力ないよ」
「馬鹿にしてぇ、これだから女は嫌いなんだよぉ!!」
ライヴペインはマニューバースモッグの最大限に噴出させる。
一瞬にして周囲がガスに包まれ、ライヴペインの姿が見えなくなるどころかライヴイヴィルも逃げ場を失った。
「ジワリジワリと溶かされる恐怖を味わうがいいさ!」
「……ふーん、それで終わりなんだ。さて、ここで問題です! この大ピンチ、カナウちゃんは見事、脱出して敵を倒すことが出来るのか!?」
カナウは画面の向こう側にいる者に向けて問いかける。
「答えは……出来る!」
カナウはニヤリと笑うと、ライヴイヴィルはスモッグの中に飛び込んだ。
「ば、馬鹿な?!」
「ねぇっ簡単でしょ!?」
自殺行為とも言えるその行動はディーティをも驚かせる。
「わかるよ……わかる……この毒ガスはただの毒ガスじゃない。強く、悲しい、意思を感じる」
カナウはただ闇雲に走っている訳じゃない。
駆けるライヴイヴィルの装甲が煙をあげて徐々に軟化していく中で、スモッグを通して感じるディーティの場所を探る。
「見えた、ベクタァァパァァァーンチ!!」
ライヴイヴィルが打ち出した右の鉄拳が、ライヴペインの顔面を木っ端微塵に吹き飛ばした。
頭無を失ったライヴペインは全身を脱力してゆっくり地面に膝をつくと、スモッグは一瞬で綺麗に四散する。
「はい、ドン勝つ! カナウの一撃が綺麗にきまりましたってところで今日の配信はここまで! 突然の配信だったけど見てくれてありがっとう! また次回お会いしましょうねぇ! チャンネル登録、高評価、マイリスト登録よろしくお願いいたしまぁす! それじゃあ皆、おつかな~!」
〈おつかな!〉
〈復帰一回目おつかれさまでした〉
〈スパチャさせて〉
〈次回も楽しみ〉
〈おつかなぁ〉
大盛況の中、視聴者に感謝しながら緊急生配信を終わらせるカナウ。
「ばいばーい…………さて」
笑顔から一転、無表情な顔でカナウは再び敵と向き合う。
ライヴペインはまだ生きていた。
「……す、スモッグアーマーは誰にも触れらない。今度こそ終わりだ!」
立ち上がるライヴペインから再びスモッグが噴出させ今度は自らにスモッグを纏う。
スモッグは破壊された頭部の穴からコクピットに入っていし、中で怪我を負ったディーティの傷を治していく。
「負けるわけにはいかないんだ……。この力で強くなったんだ。もう誰も悲しい思いをさせないために」
「だったらボクを救ってくれる?」
「え?」
「だから、悲しい思いをしているボクを救って欲しいんだ。君で」
ライヴイヴィルの瞳から閃光したレーザーがライヴペインのコクピットを貫いた。
しかし、ライヴペインのスモッグがレーザーで焼き殺されたディーティの身体を自動的に治癒し、生き返らせるセーフティ機能が働く。
それはディーティにとって生き地獄の始まりだった。
「たっ助け……っ!」
「いますぐ返せ! お母さんを! お父さんをっ! 陽子ちゃんを!! ボクを救え! いますぐそれで救ってみせてよ! そんなことが出来るなら! そんな……そんなズルいことが出来るなら! いますぐに! 今っ!」
ライヴイヴィルはライヴペインに馬乗りになってコクピットへと執拗な殴打。
自らの拳を壊すほど何度も何度も殴り続けるが、ディーティはいくら潰しても死ななかった。
「返して……返せよ! 返せッ!! 返せェェェェェェェェーッッ!!」
少女の悲痛な叫びはいつまでも続いた。
日が暮れ、月が上り、数時間経っても攻撃は止まらず、生と死をくりかえすディーティ。
あの日、虐待されていた日々を思い出してしまい、ディーティの精神は耐えることができず、その意識を自分で閉じた。




