第12回 怒りの矛先と変な美女
YUSAコーポレーション。
米国に本社を置く電化製品から宇宙開発まで幅広く事業を展開する世界的に有名だった複合企業。
五年前に起きたある事件がきっかけで日本での信用が地に落ち、国内から完全撤退にする。
今現在、日本にある“YUSA”と言う企業は本家に拾われず切り離されてしまった独立企業、名前が似ているだけの別会社である。
表向きの理由は……。
◆◇◆◇◆
全身に軽い打撲と火傷で一週間程度で回復するとYUSAの医師に診断された叶羽。
三日間も昏睡状態だったため空腹でヘロヘロの叶羽のために、まずは食事が用意された。
「朝からお肉なんて若いわねぇ」
椿によって建物内の食堂に連れてこられた叶羽。
消化に良いものが良い、と椿から提案されたが身体が異様なほどにエネルギーを欲しているため肉類を中心に食べれるだけ頼んだ。
「ステーキと唐揚げをおかずに豚丼……すごいね」
「ぜ、全然余裕です。なんかもう、お腹が減りすぎちゃって」
椿は野菜ジュースを飲みながら叶羽の食べっぷりに感心した。
胃のどこにそれだけの量が入っていくのかわからないほど、あっという間に完食する。
皿や丼の底にプリントされた“ユサ食品”のロゴが綺麗に見える。
「そう言えばVチューバーやってるんだってね?」
「ぶっ! げほっげっほ……ど、どうしてそれを?」
叶羽は飲んだ水を吐き出しそうになるのを堪えてむせた。
それは叶羽と陽子しか知らないことで、両親にはネットで配信活動していると言うことだけは伝えているが、Vチューバーであるとは教えていなかった。
「ただの食品会社じゃないとだけ言っておくわ」
「…………じゃああの、逆に聞いていいですか?」
「うん、お姉さんに言える範囲ならなんでも」
「なんでハルカゼさんなんですか? ツバキさんじゃないんですか?」
温かいお茶を飲みながら叶羽は彼女の名前について質問する。
「あぁ、それはねアダ名よ。椿楓って漢字の春と風からハルカゼって呼ばれてる。叶羽ちゃんもそう呼んでいいよ」
「じ、じゃあ……ハルカゼさん。ボクはこれからどうなるんですか?」
「今朝も言ったけど私たちは貴方の味方よ。別に取って食おう何て思ってないわよ。私たちは保護するよう命じられたの。貴方のお父さんにね」
父、と言うワードを聞いて叶羽の顔が曇る。
「…………アイツら、何なんですか?」
「君を襲った連中のことね。あの人たちはIDEAL。今、世界中を混乱させているテロリストよ」
椿は取り出したスマホから画像を叶羽に見せる。
「真道アーク。この人がIDEALを指揮しているリーダー。私たちの敵よ」
写っているのは何かの集合写真だった。
その中の一人、宇宙服らしき物を装着している人物に画像を拡大する。
叶羽が記憶しているよりも若く見えるが、確かにその人物は天ノ川コスモの配信に現れ、父と母を殺した男、真道アークであった。
「あれ、この隣って……」
真道の肩を組んで笑っている人物に見覚えがあった。
「そうなの。真道アークの横にいる人が叶羽ちゃんのお父さん」
家では無精髭にだらしない格好ばかりで、キチンとした正装をしたところを見たことなかったが、間違いなく父である真月武だ。その真後ろには母の姿もあった。
「何で……だって、だってお父さん画家だって!?」
「私も詳しいことは聞かされてないのだけれど、真月博士と真道アークはかつて行われた計画の仲間だったの」
再び画像に目をやる叶羽。
真道アークと真月武。
画像だけなら、とても仲の良さそうな二人に見えた。
「…………例えかつての親友だったとしても、ボク許せません。コイツらは陽子ちゃんも」
真道アークと父の関係は何となくわかった。
だが、叶羽が許せないの両親のことだけではない。
あの場面を思い出すだけで悲しくなると同時に腸が煮え繰り返る思いで一杯だ。
「親友を、たった一人の友達を……殺されたんだ!」
イスを倒すほどの勢いで叶羽は立ち上がる。
「目の前で……ロボットで、潰されて……っ!」
「…………辛かったでしょうね」
「ボクに力があるならアイツらを、IDEALを倒したい! ボクをここに連れてきたのはそう言うことなんでしょ?!」
怒りの炎を燃やす叶羽だったが、椿の目はとても冷ややかで哀れみを感じた。
「ねえ叶羽ちゃん、貴方はなにか勘違いしている」
「……何を、ですか?」
椿は興奮する叶羽の両肩に手を置いてイスに座らせる。
「最初に言ったと思うけど私たちの目的は貴方を保護すること。戦わせることじゃないの」
「で、でも……っ!」
「貴方が安全に住める所もちゃんと用意しているわ。でもVチューバーは今後、やらないことね」
「え? ど、どうしてですか?」
不自然な忠告に思わず質問する叶羽。
「貴方が寝ていた三日間、謎の不審死が各地で多発しているの。県内で確認できるだけでも二十件近く」
「それが僕のV活動を禁止させるのとなんの関係が?」
「貴方も見たでしょ? 天ノ川コスモ……真道アークのライブ配信」
忘れたくても忘れられない、両親を殺した男の顔を思い出すだけでも叶羽は腸が煮え繰り返る気持ちで一杯だった。
「星空かなうの動画を低評価、中傷したものを処刑する。全員のを調べられた訳じゃないんだけど亡くなった人達の動画履歴を確認してみたら、貴方の動画に低評価、または中傷を書き込んでいた」
「そ、そんな……」
「IDEALがどんなトリックを使ったかはわからない。だから迂闊に活動再開して、また死者を呼び寄せることになるなら黙って引退するべきね、それじゃ」
腕時計を見て何かに呼ばれたかのように椿はそそくさと食堂を出ていった。
残された叶羽は呆然と椿の後ろ姿を見つめている。
「……なんで……なんで、そんなことになるんだよ……」
理不尽な自体に落ち込む叶羽の前に一人の女性が通りかかった。
スラリとした体型、床に付くぐらい綺麗な緋色の長髪。
明らかにここの職員ではない、外国のファッションモデルのような整った美人女性に叶羽はドキッとする。
「むぅ……からあげ定食、売り切れ…………?」
美人女性は好きなメニューが完売してしまったことに残念がる。
「……ぱ、パンツ見えそう」
思わず頭を傾ける叶羽。
スタイル抜群の美貌を全て台無しにするその女性の格好。
爪先にウサギの顔が付いたスリッパに、太股まであるロングTシャツ一枚のみという大胆な姿であった。
そんな彼女を周りの職員は誰も気にも止めてないことに叶羽は違和感を覚える。
「ん、あの人の声どこかで……」
叶羽の頭を過った疑問を掻き消すかのように突然、建物内にけたたましい警報が響き渡った。




