第1回 金曜、午後九時、生配信
とある金曜日の午後九時。
動画配信サイト“ＭｙＴｕｂｅ”にて、一つの生配信が始まった。
タイトルは、
【“クリアまで眠れない！？”今日こそタルおじさん攻略します！！】
画面には可愛らしい字体で〈ただいま準備中〉の文字と軽快なＢＧＭに、二頭身にデフォルメされた少女がグルグル回っているアニメが流れていた。
流れ星が降り注ぐアニメーションと共に画面が切り替わり、イラストの美少女が画面端からひょっこりと現れる。
星のマークが浮かんだ瞳にＳＦアニメの制服っぽいきらびやかな衣装。
少女が声を発するとライム色のツインテールが左右に揺れ動いた。
『こんかな、こんかなぁ～っ！』
〈こんかなー〉
〈初見です〉
〈こんかな〉
《かなちゃんこんかなです》￥５００
〈こんかな！〉
〈姫、こんかな！〉
ライム色のツインテールを揺らしながら少女が謎の挨拶をすると、動画ページ内のチャット欄に視聴者の“こんかな”という書き込みが次々に流れていく。
本日は三百人程の視聴者が集まっていた。
『新人バーチャルマイチューバーの《星神かなう》だヨっ！ 週に一度の生配信、かなうの放送に来てくれてありがとぉ！ 今日は月がとっても綺麗ですねぇ～』
画面の中で視聴者に向けて手を振る美少女キャラクター星神かなう。
バーチャルマイチューバーとは。
イラストや３ＤＣＧで描かれたキャラクターアバターを使い、動画配信サイトなどで主に活動する人たちの総称。
略語として俗に“Ｖｔｕｂｅｒ”と呼ばれる。
星神かなう。
遠い星から地球に異文化交流するためにやって来た宇宙の姫、という設定。
Ｖｔｕｂｅｒとして活動すること一年目のまだまだ駆け出しの配信者だ。
主に生配信のゲーム実況やＡＳＭＲ動画、コンビニお菓子のレビュー動画などを投稿している。
登録者数は九千人を越え、もうすぐ一万人に達成しようとしていた。
『タルおじ完全クリアするまで眠らない配信と言うことで今日のお供はデカタミン・ゴールド。日付変更までに三時間で終われるのか？ 気合いを入れて頑張るから最後までヨロシクね！？』
〈頑張れー！〉
〈俺も寝ないで見続けるぞ！〉
〈今日こそクリア目指せ〉
《エナドリ代おいときますね姫》￥３００
〈絶対クリアできないに賭ける〉
チャット欄にかなうのことを応援する大量の書き込み。
その中で一部、色の違う文字はコメントと一緒に金額も一緒に表示されている。
『あっ、さっそくスパチャありがとぉ！ そうだねぇ、最近涼しくなってきたよねぇ。かなうが住んでるお家はねぇ……前も言ったかなぁ。夜部屋の中が寒いの、だから暖房を入れちゃった……貧乏じゃないよ！ かなうは星の姫なんだからねーっ！』
談笑もそこそこにゲームが開始、スタート画面が表情される。
通称“タルおじ”と称されるこのゲームは、タルに下半身が埋まった男性が伸縮するムチを駆使して障害物をよじ登りゴールを目指すというアクションゲーム。
ムチだけで移動する独特な挙動で数多のプレイヤーを恐怖のドン底に落としてきた激ムズ作品であるが、それに挑戦しようと発売から数年たっても遊ばれるゲーム実況者にも人気のタイトルだ。
『もうね、他の上手い人のプレイ見たからイメージは完璧、余裕ですヨ！ ささっとクリアしちゃうからっ』
中断場所から再スタート。
タルおじさんは断崖絶壁の場所で立ち尽くしていた。
『この……上に行くんでしョ？ これ届くのかぁ？』
前回のプレイは先週のこと。
完全に操作感覚を忘れてしまったかなうは、何も考えずに天上の先にある出っ張りにムチを引っ掛けてそのまま飛んだ。
『あっ！ しまった、こっちないじゃ……んなああぁぁぁぁーっ！？』
勢いが付きすぎてしまったタルおじさんは、かなうが思った方向とは違う足場もない空中に投げ出されてしまう。
長い落下の先は見馴れたスタート地点だった。
〈あーあ〉
〈もう一回遊べるどん〉
〈やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〉
〈姫ドンマイですよ！〉
〈まえみた〉
《ド下手クソすぎ》￥１０００
〈初手落下は酷すぎｗｗｗ〉
物凄い速さで流れるチャット欄は落胆と笑いに包まれた。
『くぅぅぅぅ！ くっそマジかぁ、また最初からだぁぁ……！ うぅぅ、かなう挫けないもんね！ 知ってる？ 私の座右の銘はね、負けたと言わない限り負けじゃない、だっ！ だから今日は寝ないでクリアするからね！ 皆起きててよねっ！？』
その後、失敗を挽回すべく必死にゲーム攻略をする星神かなう。
何度も苦労しながら、かなうがタルおじさんをクリアしたのは四時間後の午前一時の事だった。
『や、やったーっ！ やったヨみんなぁ！ かなう負けなかったっ！ はぁ……えー、みんな遅くまで見てくれて本当ありがとー！』
〈おつかな〉
〈おつかなでーす〉
〈おつかな！〉
〈おつかなー〉
〈姫おつかなです！〉
『では最後にコメント読みでも……うんうん、峠の場所は右上から行った方が早い。それ早く知りたかったなぁ～あそこでしょ？ そこ道あったぁ？ えぇそうなんだぁ……うーん、かなうちゃんの白馬の王子様になりたい。皆がかなうの王子様だぞっ！』
視聴者との和気あいあいとしたエンディングトークは五分ほど続き、そして最後の挨拶となった。
『はい、それじゃあ今日はここでおしまい。今日もみんなと、こうして繋がれてよかったよ！ また次の配信で会いましょう、チャンネル登録、高評価もヨロシク！ ばいばぁーいっ！！』
予定を一時間も超過してしまったが、本日の配信は無事終了。
視聴者数も最終的には五百人を越え、星神かなうのゲーム実況は今週も盛況だった。
◆◇◆◇◆
「それじゃあ今日はここでおしまい。また次の配信で会いましょう、ばいばぁーいっ………………はぁ～……眠っ」
机のスタンドライトだけが照らす薄暗い部屋の中で、少女はＷＥＢカメラの前で作り笑顔を止める。
放送が終了した途端、手早くパソコンの電源を落とした。
薄いＴシャツ一枚、黒髪のボサボサ頭に度のキツい赤眼鏡をかけた少女の名前は真月叶羽。
Ｖｔｕｂｅｒ歴１年の中学三年生で“引きこもり”である。
ご意見ご感想お待ちしております。
