85話 かわいいあの子がチャラ男になってて1
日奈の髪がボブカットで定着した頃、私含む骨折三人衆の指も綺麗に完治した。
小さい頃に木から落ちてたんこぶを作ったり、兄達と喧嘩して生傷の絶えなかった子供時代を過ごした私だけど、今回の怪我はさすがに辛かった。
熱が出て丸二日寝込んだし、鎮痛剤がないので数日間苦しんだ。
これまで以上に、医療チートができないことを悔やんだ。
そして私の従者ズも、私に怪我をさせてしまったことを悔やみに悔やんでいた。
私が言うことを聞かずに敵陣に乗り込んだせいなんだから、私が怒られるだけでよかったのに。二人とも今まで見たことないくらい落ち込んでいた。
私は土下座する勢いで勝手をしたことを謝って、何度も「次頑張ろう!」と励まして二人のメンタルケアして。「死んでお詫びを顔」をしてる二人にリハビリさせてなんとか回復まで至った。
私はもうぜったい無理をしない……と誓いたいところだが、多分、する。
みんなが死んでしまうなら、指くらい折れたっていいし、日奈を家族のところへ帰してあげるために、いくらでも人を斬ると思う。
なにをどう修正したらどう歴史が変わるとか、難しいことはどうせわからないし。
だから、目の前にあることを、私のしたいようにする。
できれば、日奈が言ってたゲームクリアのために、我が夫の天下布武(最近日奈に教えてもらった)とやらのお手伝いをしようと思う。
そして、リハビリを兼ねてお菓子を作ったり素振りをしたりしてのんびり過ごしていたところ、会談のお誘いがあった。
最近政務に積極的なボブカット巫女が、「松平と和睦しましょう」と執り進めたのだそうだ。
日奈は、私が怪我をしてから心境の変化があったらしく、先見の力を請われなくても積極的に政務に参加するようになっていた。
ほとんどの政務は、苦手だとか言いつつ信長がちゃんとこなしていたし、指折ったままの十兵衛もサポートをしていたようなので、こういう席に私が呼ばれるのは珍しい。
そもそも、尾張では当たり前になったけど、女が戦に参加したり内政に口出ししたりは基本ないらしいのだ。
「会談?に同席するのはいいけど、なんで私?」
「向こうからの希望だ。話は、俺か蝶とならしてやってもいい、ってさ。ちょっと気に食わねーけど、そういうことなら、二人で行けば倍有利だろ?」
「それは違わないかな?」
織田としては、この前の今川戦で兵力不足を実感したし、なるべく同盟は結んでおきたいところらしい。
そういうことなら私も協力したいのだけど、松平家に知り合いは、たぶん、いない。
美濃にいた時も外交とかサボってたからな。名前を聞いたことがある程度だ。同席しても、あまり役に立たないかも。
さしずめ、向こうのお偉いさんが、戦に出てる奥方の噂を聞いて、見てみたくなったってところかな。
今川義元も私のことを珍しい女として知ってた口ぶりだったし。
美濃のゴリラも有名になってしまったものだ。
そうして清州城に呼びつけられたという松平さんの代表の方は、とてもとても綺麗な御仁だった。
女性と見まがうほどの、線の細い輪郭。物憂げな瞳。流れる髪色は、満開の桜の花と同じ。
たたずまいは、桜の花びらに埋め尽くされた河の流れを思い起こさせる。
しかしそんな女性的な見た目に反し、彼はとても背が高かった。
肩幅もしっかりしてるおかげで、たおやかな見た目でも女性だと間違えることはなさそうだ。
で、この方がどなた?と後ろを向く。
こういう時に頼りになるのが、先見の巫女サマだ。
だってこの方、どう見ても攻略対象者なのだ。
日奈は制服を着るのはやめ、侍女風の着物に身を包みしっかりと背筋を伸ばして私の後ろに控えていた。
怖い思いをして、顔立ちが少し大人っぽくなったような気がする。
そんな彼女は振り返る私の表情で、すべてを察してくれたらしい。
十兵衛もだけど、私が知識不足で困っていると言わずとも察してくれる人が周りにたくさんいて、本当にありがたいことだ。
近づいて耳元で、このどう見ても攻略対象のこの方の名を教えてくれた。
「徳川家康だよ」
ほお。この方が。
えーと、織田信長のあとに豊臣秀吉で、その次が徳川家康だよね、天下取るの。
興味深げに見つめると、目が合ってにこりと微笑まれた。
見た目がファビュラスなのですでに天下人感がある。
「お初にお目にかかります。織田信長の正室、帰蝶です」
ゆっくりと頭を下げて、失礼のないようにご挨拶、をしたつもりだったのだけど。妙な空気を感じて周りを見る。
みんな「お前なに言ってんの?」って顔だ。
え、私の挨拶、どこか変だった?
「あははっ、お初じゃないよ」
まあ、声まで綺麗。
「ごめんなさい。以前にどこかでお会いしてるのですね。えっと……」
「相変わらずだね、帰蝶おねえちゃん。そういうところがまた、可愛いんだけどさ」
顔の横の髪を、頬を撫でるようにしてひと房取られた。
あまりに板についたイケメン所作だったので流されかけた。慌てて身を引いてその綺麗な手から逃げる。
あぶないあぶない。この前の義元おじさんの時みたいに好きにさせてたら、また骨折られるかもしれないもんね。
しかし、帰蝶おねえちゃん、とは。
私にこんな大きい弟はいなかったはずだが。
あ、異母妹の結婚相手とかそういう感じ?それなら、と後ろの男子達に助け船を求めた。
十兵衛を見る。イライラしてる。
信長を見る。あんまり変わらないけどちょっと不機嫌そう。
日奈を見る。私の困惑を受け取って、もう一度、わかるように耳元へ。
「ごめん、先に会ってるとは思わなかった。幼名は松平竹千代だよ」
名前を聞いた瞬間、浮かんだのは「竹千代くん」と呼んで可愛がっていた小さな男の子だった。
癖のある淡い色の髪。見上げてくる大きな瞳。
小動物みたいに高い声で、「帰蝶おねえちゃん」と私に抱きついてきた、あたたかなかたまり。
「……竹、千代、くん…………?」
「そ。まだあの約束覚えてる?顔の怖い従者やうつけの夫はやめて、僕にしときなって。あ、でも今日来てくれたってことは、そういうコトって意味でいいのかな?僕のものになりにきたの?なーんて」
チャラいウインクと口調に、卒倒しかけた。




