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84話 いいじゃない、歴史を変えたって

「アハハハハハッ!」


 甲高い声が、燃える城内にこだまする。

 パチパチと木の()ぜる音と、遠くから聞こえる人々の悲鳴。それらをすべてかき消してしまうほどに、女の声は耳にうるさく響いた。


 (わら)う女はくるりと楽しげに一回転すると、対峙していた少女に向き直る。場にそぐわない、ダンスでもしているかのような軽やかさで。

 蝶の刺繍の(きら)びやかな着物が、ふわりと火の粉を()けて舞った。


「……歴史を歪めようとしていたのは、あなただったのね」


 少女は、(すす)だらけになってしまった顔に怒りを滲ませ女を見る。

 女の整った唇が、月のように歪んだ。


「歴史?歪める?なんのことかしら?わたくしは、わたくしのしたいようにしただけ」


 少女の決意を嘲笑(あざわら)うように、女は答えた。

 未だ踊り、歌っているように声が弾む。


「歴史を変えようとして、私達の邪魔をし……」

「ええ、そうね。あなたはとても邪魔だったわ。歴史を変えると言うけれど、それの何が悪いの?わたくしの居場所を守ってなにが悪いの?夫を守ろうとして何が悪いの?歴史を変えて、なにがいけないのよ?言ってごらんなさい」

「それは……」

「ほらね、あなただって、本当は自分の知る通りにならなければいいと思ってるのでしょう?だって、そうすれば愛する―――と一緒にいられるものね?」


 崩れる大きな音で、声の一部がかき消される。


「違う、私は……彼のことを……」

「愛しているのでしょう?別れたくないのでしょう?」


 それは、ここへ来るまでに何度も、少女自身の中に出た問いだった。


 歴史通りに進めれば、彼は必ず死んでしまう。

 神様に指示されるまま歴史を修正して、史実通り行くように選択して。

 とりこぼされた小さな改変はあったけれど、それも本当にちいさなものだ。結局今こうして、本能寺は燃えている。


 信長は死ぬ。

 光秀は断罪される。

 利家は主君を守れない。

 秀吉は仲間も主君も、大切な人をいっぺんに失う。


 みんな、みんな、救われない。


「神様なんて裏切って、私に付きなさいな」


 それは甘美な、悪魔の誘い。


 神様の言う通りに、自分の知る未来へ繋がるように修正をしていけば、それが終われば少女は未来へ帰れなければならない。

 彼とは必ず、別れなければならない。そんなの、嫌だ。


「で、でも、そんな、そんなこと……」


 本当は、そうしたい。

 少女はその色づいた唇を震わせた。


 迷いを見て、女の手がその頬へ、唇へ向かう。

 白い指先がやさしく、あやすように少女のまろい頬を撫でた。


「簡単よ。あなたは知っているのでしょう?本能寺に火をつけたのは誰?信長様を害そうとしたのは誰?その彼を、あなたが排除すればいいのよ」

「排除って……」

「できるわ。あなたが愛した彼を、救うのよ。これが彼の救いになるのよ」

「私が、彼を……救う…………」


 目の前の女は、人ではない、もっと(あや)しいものに見えた。

 だって人であるのなら、こんなにも炎の中ですら美しく、蠱惑(こわく)的であるはずがない。


 鈴のように頭の中で鳴り続ける声に促され、少女は最後の決断をする。




 歴史を変える

▶歴史を変えない










 *******




「そ、それで!?それからどうなるの!?」


 私は、見たことのないアニメのストーリーを催促するように、前のめりに日奈に詰め寄った。

 彼女は淡々と先を教えてくれる。


「どっちを選んでも、帰蝶は遅れて来たヒロインの相手役(パートナー)に殺される。で、“歴史を変える”を選んだ場合は、パートナーと戦国時代で結ばれる代わりに、ヒロインは現世に帰れない」

「因みに、今有力な信長様ルートだと?」

「燃える本能寺から信長を助けて一緒に逃げる、信長生存ルートになる。乙女ゲームだから、そのあとの史実的なごたごたは知らないよ。告白してキスして終わり。スチルけっこう良かったよ」

「ふざけんな~~キスして全部終わるわけないじゃない~~!」

「私もそう思うけど、乙女ゲーなんてそんなものだよ」


 ちなみに“歴史を変えない”を選べば、ヒロインだけが現世に帰りパートナーとは別れることになるけれど、悲恋なエンディングのあとに、未来に転生したパートナーと出会える演出が待っている。

 これが戦国謳華における最良(ハッピー)エンド。


「光秀ルートは?」

「光秀様の場合も、“歴史を変える”ルートはやっぱり本能寺から逃げる。信長を討たずに逃げて一緒にひっそり暮らそう~みたいなエンディング。“歴史を変えない”にすると、ヒロインは愛する人をその手にかけることになる」

「ゲッ!乙女ゲームでそんな殺伐エンドあり!?」

「まあ、戦国乙女ゲームだからね……でもこれがシリーズ内では一、二を争う名シナリオで……」


 血濡れた光秀をその腕に抱いたヒロイン。誰もいない闇の中、二人は静かな最期の時を過ごす。

 冷たくなっていく唇に触れながら、現世へ戻っても必ず再び巡り合うことを、互いに約束するのだ。

 愛の言葉を囁く彼の唇は、次第に動かなくなり……

 少女は光に包まれ、その体が消えたのと同時に、光秀も息を引き取る。


 流れるスタッフロール。悲劇的なメロディ。その後にある、エンディングシナリオ。

 転生した光秀と再開し、抱き合い幸せなキスをする二人のスチルで、すべての幕は閉じられる。


「うっ……そんなあ……っ!光秀くんもヒロインちゃんもかわいそう……っ」

「なんで泣く!?だから、そうならないように今頑張ってるんでしょ!?」

「そうだけど、どっちみちどうやっても本能寺燃えるんじゃん!」

「それは……」


 日奈も言葉を詰まらせた。

 彼女から今聞いたストーリーの限りでは、どのルートでもどの選択肢を選んでも、最後まで行けば本能寺は燃える。

 信長が死ぬかどうかは選択次第のようだが、彼を生かすと別の人が死ぬ。光秀とか。


「あ、でも歴史を歪めようとしてたのは帰蝶姫だったのよね?じゃあ、“私”が今後何もしなければ、日奈の望んだ形になるのでは?」

「……そうは、ならないと思う……」


 ゲームでの帰蝶は、“死に戻りやりなおし令嬢”だった。

 自分や夫が死ぬ未来を変えるため、ヒロインの邪魔をし、ある時にはヒロインを殺そうとする。

 自分の安全の為なら、光秀や秀吉ですら排除しようとしたという。


 悪役令嬢どころではない、悪女を超えた、ラスボスだ。


「“帰蝶姫”はあなたに体を貸してるって言ってた。帰蝶姫の意志は、まだこの世界に働いてると思う。でも、神様の自動修正機能も生きてる」


 墨で描いた丸をぶつかりあわせる図を書きながら、日奈は説明を続けた。


「だから、私達にできることは、たぶん……ゲームクリア」

「……それって?」

「私か帰蝶が、誰か一人を選ぶんだよ」


 日奈がヒロインとしてパートナーを選び、ゲームをクリアするか、

 私が、帰蝶姫として誰かと幸せになって、ループを終わらせる。


 その、どちらかだ。

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