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71話 稲生の戦いにて2(ユキくんをぶん殴って)

 痺れる腕は手綱を繰るだけで精いっぱいになってしまった。仕方なく馬から降りると、二撃目が私に向ってくる。

 女子供の相手は嫌だとか言いながら、わりと本気じゃないの、このスピード。


 容赦のない攻撃に、まだ態勢を整えられていない私は避けることも受けることもできず、目の前で鈍い色が煌めくのを見て背を向けた。

 くるんと踊るようにして翻ると、後ろで、金属が弾かれる音がする。


「信長様!あとは任せたわ!」

「おう!!」


 勝家の槍が私の髪先に当たるか当たらないかの寸前、後ろから走って来た信長くんがその刃を綺麗に弾き返した。

 突然現れた敵の大将に、さすがの勝家も驚いて目を開く。

 その隙に、卑怯と言われるかもしれないけど、私は取り囲む兵で出来た生け垣の中に飛び込んで身を隠す。


 柴田勝家が何をした偉人かは知らないが、女の私と実力差があるのは誰が見ても、自分でもわかる。ので、ここは織田軍最強(と思われる)信長様に足止めをお願いすることにしたのだ。


 事前の作戦会議で、柴田勝家が出てきたら信長が直々に相手をすることに決まっていた。

 信長以外では足止めすらできないほど、彼は強いらしい。


 ただし、絶対に殺してはいけない。


 柴田勝家は今後も必要なのだそうだ。

 そう、巫女様が言うのだから仕方ない。


 日奈さんは信長と私の信用を得ているおかげで、最近では戦の方針にも自身の意見を反映させられるほどの存在になっていた。

 占い師などという根拠のない意見に従うことは、十兵衛をはじめ一部の兵からはあまりいい顔はされなかったが、それでも、今までの出来事のほとんどを予知してきたため、うちでは支持派が多くなった。

 なんなら、織田家臣の信長様支持率より高い。


「信長様、作戦通りにお願いね!」

「わーかってるって!ははっ勝家、お前俺に堂々と歯向かってきた割には、ぜんっぜん槍上達してねぇじゃん!」


 だから、そういう逆なですること天然で言うなっての。


 楽しそうに笑う若い声と弾けるような金属音を後ろに聞きながら、私は誰にも止められないまま敵陣を割って進んでいく。

 信長も勝家も目立つから、そんな二人が派手に戦闘をしていたら他の兵士は釘付けになるのは当たり前だ。


 そうして、大将のいる天幕まで、案外簡単に来れてしまった。

 これは、戦っているのがもともと味方同士の全員織田兵なので、敵味方の区別があいまいになっているからできる裏技なのだそう。

 今後は乱用できません、と十兵衛に釘を丁寧に刺された。


 その十兵衛も、少し離れたところを着いてきてくれているようなのをチラりと見て確認してから、私は天幕の中に飛び込んだ。


「ユキくん!話しをしに来たの!」


 天幕(テント)と言うよりは、せいぜい埃を避けるためだけに立てた程度の、簡易な幕の中にはユキくんが一人で座っていた。

 きちんと鎧を着こんで、旗を後ろに背負って、外では銃声や斬り合う男達の声。

 たくさんの、覚悟の詰まった場所だ。


 なのに、当の本人だけは、どうしてか私を見て、泣きそうな顔をした。


「き、帰蝶……?」

「ええ。お久しぶりね、ユキくん。少し話をできないかしら?」

「い、嫌だ、帰れ……誰ぞ!曲者だ!!」


 ユキくんが叫ぶと、外から二人ほど、兵が入ってきてしまう。

 大丈夫、これくらいは想定内。


 なんだけど、ユキくんのこの顔は、思ってもみなかった。


 自分の意志で、信長(あに)を排除しようと、自分が上に立とうという信念があってやっているのなら、しっかりと固めた拳で殴ってやろうと思っていた。


 戦なんだもん。大将を殴れば止まるでしょ。けっして、私が個人的に殴りたいとかそういうことじゃ、なくってよ?


 けれど、こんな迷子になった子供みたいな、泣く寸前の少年の顔を、殴れない。


「この手は使いたくなかったけど……、仕方ないわね」


 ひとりごとを呟いてから、私は自分の防具の紐に指をかけた。

 出立前に丁寧に侍女のあさちゃんが結んでくれたのを、心の中で謝りながら乱雑に解く。支えになっていた場所まで全部解けば、重かった鎧が地面にガシャンと落ちた。


「な、なにを……!?」


 ユキくんが口を開けて見守る中、目の前で次々に脱いでいく。

 私は防具を最低限にしか付けていないけれど、2つ目を落としたくらいで、だいぶ身軽になった。呼吸がしやすい。


 最後に、戦の邪魔にならないように、と、小夜ちゃんが丁寧に結ってくれた髪をほどいて頭を振る。長い髪が音をたてずに広がった。

 火薬と血の匂いの混じった空気でさえ、肺いっぱい吸えるのが、気持ちいい。


「織田信長の正室(つま)、今は亡き美濃のマムシの娘、帰蝶です。義弟(おとうと)と話しをしにきました。見てのとおり丸腰ですので、どうか刺さないでいただけると嬉しいわ」


 両手を羽根のように広げて微笑むと、天幕の中の男性全員が、妙に赤面していることに気付いた。


 ここにはいない十兵衛が、額を抑えて「あちゃー」という顔をするのが浮かぶ。

 一度首を傾げてから、あ、と気づいた。


 これ、私、戦のさなか天幕内とはいえ野外で服を脱ぎだす、痴女だわ。

いつも応援いただき、ありがとうございます!

稲生の戦いは次回決着予定です。

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