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70話 稲生の戦いにて1(帰蝶、絶好調でして)

 小さい頃、私がまだ小蝶と呼ばれるちんちくりん姫だった頃。

 ワガママとパワハラが過ぎてお城で孤立してしまった私は、だったら一人で生きてやろうと意地を張って(わめ)いて、その結果なにも出来ず大泣きして大人達に助けてもらった。


 そこからなにも成長し(かわら)ないまま、私はまた一人でなんとかしようとして突っ走り、色んな人に迷惑をかけた。

 そして、またなにもできなくて大泣きした。


 一生子供か。



「というわけで、十兵衛には私の護衛に戻ってもらうことになりました」


 軍議の為に集まったみなさんの前でそう宣言すると、みんな「あーハイハイ」って顔でした。

 私にとっては一世一代の、筋肉に占拠された頭で必死に考えて出した決断だったのに。

 私の護衛が誰になろうと、みなさんご興味ないですよね。わかってたけど。


「結局、元鞘(モトサヤ)じゃないスか。あ~あ、姫さんの護衛、自分狙ってたんスけどねぇ」


 ありがとう藤吉郎くん。君だけだよ、そうやって茶化してくれるのは。


 信長くんにも丁寧に謝って十兵衛を返してもらうと、彼は他の方々とは違って、興味深そうにぐいぐい顔を近づけてきた。茜色の前髪が、ちらちら鼻先に当たりそう。


「なんでだ?なにかあったのか?」

「いえ別に。なーんにもないですよ。ただ仲直りしただけです」

「なーんか、すっきりした顔してんだよなあ、二人とも」

「そう?普通じゃない?ねえ十兵衛?」

「こちらに振らないでください……」


 炎上する明智城をバックに私が大泣きしたことを内緒にする代わりに、十兵衛が正室(ひとづま)に手を出したことは信長くんには内緒にしてあげることとした。


 さすがに子どもの頃と違って、大きくなったこの体躯で抱きしめられたのには少々びっくりしたけど、まあ相手は十兵衛だし。そして私だし。

 ただの獣を落ち着かせる行為だったということでしょう。

 本人も「一生の不覚」って顔してるし。

 大丈夫よ、戦や火を間近で見たせいでハイになってたのよね。よくあることよ。


「でもわかるぞ。城燃やすとすっきりするもんな!」


 しないよ。



 これで、正式に十兵衛には護衛に戻ってもらえたわけだけど、夕凪には、まだ日奈さんについていてもらうことにした。日奈さん(あのこ)、ちょっと危なっかしいし。


 それに、実は日奈さんについて、父と兄から別れ際に示し合わせたように注意を受けたのだ。


『帰蝶ちゃん、お前の後ろにいる巫女には気をつけなさい。あれは“先が見える”なんてものじゃない。子飼いにするならうまくやらないと、火傷をするぞ』

『巫女に言っとけ。占い通りにならなくて残念だったな、と』


 父は占い師に傾倒する私のことを心配して。兄はふふんと得意げに笑ってた。


 あれは「占い通りになった」とは言わないのかな?

 父上は戦に負けたし、孫四郎達は死んだことにされたし、義龍兄上は今日も元気に美濃の支配者だし。

 廃嫡はなかったみたいだけど、対外的には兄は「実の父に戦しかけて殺したヤベーヤツ」となっていて、ちょっとだけ風当たりが強いらしい。


 彼女がどうしたかったのか、実のところは最近二人きりで話ができていないので、わからない。


 今は少しだけ眉根を寄せて私を見ている。

 そうだよねえ、「夢女子じゃないから攻略対象には興味ない」って言っときながら、結局手放さないなんて、信じられないよね。ごめんね。


 ジェスチャーで日奈さんに謝ってみたけど、興味なさそうに下を向かれてしまった。

 ううっ仲良くしたいのに……女友達って難しい。特に色恋が絡んだりすると。


 十兵衛にも呆れられてしまったし、日奈さんの力に頼りすぎるのはもうやめようと決意はしたけど、彼女はまだ若い、普通の女子高生だ。

 きちんとハッピーエンドまで行かせて、本来の時代へ帰してあげたい。


 彼女もそれを望んでいるようだし、まだ協力できることがあるはずだ。








 ところで、戦国時代ってのは、本当にずっと戦してるのね。


 美濃も、当主が代替わりして数年後に揉めて戦になってしまったわけだけど、ここ尾張でも、当主が信長くんに代わって落ち着いたかと思いきや、ずっと内部で揉めている。


 先日、清州城というビッグなお城を手に入れて満足気にそこへ引っ越した私たちだったが、どうやらそれが一部の身内からの覚えがよくなかったらしく、また戦になってしまった。

 それ以外に、信長くんや私が美濃で派手に動きまわったのも一因らしい。まさかそれで戦になってしまうとは。すみませんでした……相変わらず内政って難しい。



「ちょっとどいて!私、ユキくんにひとこと言ってくるから!」

「駄目です!帰蝶様!」

「待て蝶、俺も行くーー!」

「っこの夫婦は!」


 今回の戦のお相手は、信長の弟、久々に会うユキくんこと織田信行くんだ。

 もう合戦には慣れたもの。馬を駆って飛び出すと、敵側の大将(トップ)のユキくんを目指した。


 正直ちょっと、今回信長側(ウチ)は劣勢らしいのだ。

 もともと信長は尾張内の支持率が低い。たぶんお父様時代の3パーセントくらいしかないんじゃないかな。

 今回はほとんどが、もともと家臣団からの評価が高かった信行くんについてしまった。


 こうなってしまっては話し合いでの解決が無理なのはわかるけど、いくらなんでもこんな大勢でお兄さんを叩きにくることはないと思う。ので、私が直々にぶん殴りに行こうと思う。信長くんは弟がかわいいからできないだろうし。

 私の取柄は、この突っ走るところと突拍子もないところだしね!深く考えてあれこれ暗躍するのは向いてないってわかったし。今日は護衛もちゃんといるし!


 槍やら刀やら銃声やらでごちゃごちゃしている中を、信長くんの馬を後方にかき分け進んでいく。

 彼は一応、部下の方へ指示を出す立場にあるので、気を遣わない私の方が速い。


 前線あたりまで突出すると、前の方から双方の兵の困惑する声が聞こえて来た。

 ここだけ、槍や刀の動きが止まっている。


 理由はすぐにわかった。


「柴田様だ」

「鬼柴田だ!」


 聞こえてくる声は、畏怖と憧れと困惑と、色々なものが混じっている。

 鬼柴田とは、ユキくんの側近の柴田勝家様の二つ名。美濃のゴリラと違って大変かっこいい呼び名で羨ましい限りだ。


 槍を肩に担ぎ、ゆっくりと歩いているだけなのに、その風格に騒いでいた周りの兵がすぐに左右に道を開けた。まるで王の凱旋。

 

「やれやれ……女子供(ガキども)の相手なんて、御免(ごめん)こうむりたいんですがねぇ……」


 気だるげに呟かれたはずなのに、乱戦時であっても、耳元でささやかれたかのようによく通る低い声。

 吐かれるセリフもめちゃかっこいい。ずるい!


 まさに威風堂々としたその姿に、私も少なからず緊張する。

 もう少し若ければ攻略対象者だろうと判断するほどの、存在感。

 鎧を纏っていても形がわかる、はちきれんばかりの胸筋。槍を構えた上腕二頭筋は、私の腕の何倍もある。


「帰蝶様、こんなところへ来ちゃあいけませんよ。その綺麗な肌に傷がつく前に、とっととお帰りください!」


 ヒュッ、と空を分断するように、高い背から槍が振り下ろされる。


 私はこの人のことがずっと苦手だと思っていたのだけど、今わかった。

 この声が苦手なんだ。無駄に色気があって。


 そう、無駄なのだ。

 戦国時代でどれだけイイ声でも、戦力にはならない。私は声フェチじゃないから、どんな声でも足腰しっかりだ。

 それに、首だけになってしまえば声なんて意味はないからね!


 集中して、するどい槍の先を捉える。


 向かってくる長すぎる刃を、私は馬を駆りながら思いっきり弾き返した。

 衝撃に手がビリビリする!

馬に乗ったままだと銃や弓に狙われやすくなるので、帰蝶以外にはおすすめしません。

持ち前の運と目の良さで何とかなってます。


戦闘シーンはさらっと進める予定ですので、あまり気負わずお読みいただけると嬉しいです。

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