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66話 長良川の戦いにて1

「イヤぁああ!離してぇええーーー!!」


 あれからすぐに、父上と義龍兄上は私に断りもなく開戦したらしい。

 いくらなんでも展開が速すぎる。準備もしないまま飛び出そうとしたら、私の侍女ズに告げ口され、跳んできた吉乃さんに羽交い絞めにされた。


「帰蝶様、お願いですから暴れないでください!」

「離してくれたら暴れない~~~っ!」

「うそつけ!!!」


 私にボロボロにされた男子達が、揃って悲鳴じみた声をあげる。

 主君の妻である私に乱暴はできないということで、家臣のみなさん手加減してくれたんでしょうね。

 私はそんなやさし~い男子達を全員投げ飛ばした。手加減はしたけど。


 美濃のゴリラと呼ばれている私を制することができるのは、あとは現状信長だけなのだが、彼はこの惨状に大笑いして畳に転がっている。


「十兵衛さん!もう姫さん止められるのアンタくらいっスよ!はやく止めてくださいっス!!」

「いえ、私は護衛を解任されましたので」

「まだ痴話喧嘩してンのかよ!」


 叫ぶ藤吉郎くんに、しれっと返す十兵衛。私もだけどその態度は完全に姉弟ゲンカ中のむくれた子どもで。周囲は呆れて信長はもう一度噴き出した。

 そっちがそういう態度なら、私だって撤回なんてしないからね!


「ところで、蝶はどっちに行く気なんだ?」

「父上のところよ。もちろん一人で行くから、安心して」


 今出て行ったら「織田信長軍が加勢に来た」と取られるので、下手な行動はできない。何度も言われたので、わかっている。

 そうならないために、お伴を全員解雇したんじゃない。私一人で行くために。


 信長くんは座りなおすと、簡単に息を整えて日奈さんへ向いた。


「巫女、どっちが勝つ?」

「斎藤義龍です。帰蝶様が行っても、変わりません」

「だよなあ。ミツは?」

「道三様側には勝ち目はないかと思います」

「ほらな、諦めろって」


 肩をポンポン叩かれて、私はゆっくりと力を抜いて吉乃さんの腕の中から逃れた。


「……父を勝たせたいわけじゃないわ。兄に加勢したいわけでもない。私はこの手で、ちゃんと二人をぶん殴りたいだけよ」

「無駄足になるぞ?」

「かまわない」


 私が頷くと、止められると思ったのに、信長も笑って頷いた。

 そういえば彼は一度も、私に「行くな」とは言わなかった。


「なら、行くか!」

「いいの?」

「楽しそうだしな」


 今日は楽しいピクニック、とでも言いそうな顔だ。

 いや、合戦なんですけど。あと、父上と兄上にとっては生きるか死ぬかの大事な場面だと思うんだけど。

 こういうところが、家臣の一部が着いて来れなくなるゆえんなのよね。

 集まったみんなが目を丸くして言葉を失う中、私たちは準備もそこそこに馬に飛び乗って美濃へ向かった。


 十兵衛だけはまだ止めてくるかと思ったのだが、彼は素早く後ろへ着いてきて「義龍様の方へ行ってみます」と言ってくれたので見送った。

 護衛を解任しても、結局こうして着いてきて、私のことを考えてくれるのだ。

 なにか彼なりの考えがあるのなら、兄上のことはまかせよう。








「帰蝶ちゃぁあ~ん!」

「父上!ご無事ですか!?」


 私が見てもわかるほどに劣勢になっていた道三軍。父がいるという天幕の中に飛び込むと、鎧を纏ったままの父がガチャガチャと私へ飛びついてきた。

 かわいそうに。久々に会った父はもう、老人と言っていい様相だった。

 もともと小柄だった細い手足はさらに細くなり、年甲斐もなく纏った鎧が重そう。


 私はそんな父の頬を、平手で張り倒した。

 パンッと乾いた音とともに、細い体が音を立てて地面に落ちる。


「へぶっ!?」

「約束どおり殴りました。これで止まらなくても、私は帰ります。あとは勝手に兄上と争っていてください!」

「ままま待って!帰蝶ちゃ……待ちなさい!」

「なんでしょう」


 さっさと去ろうとしたのを、父の悲壮な声に仕方なく振り返る。信長くんを危険なところに長居させられないし、はやく帰りたいんだけど。

 父は私に張っ倒されてオネエ座りになっていた。


「おかしいな、儂の子供たちはどうしてこう乱暴なのだ……儂に似ているのがおらんではないか」

「はい?」

「その拳を握るのをやめなさい。義龍のやつも、何もここまでしなくとも良いものを……半分以上殺してしまいおって」


 なにか、ぶつぶつと文句を垂れる父の言い方に違和感がある。

 義龍兄上のことを呟く声も、表情も、憎しみ合って仲違いした、という感じではない。以前に美濃で会った時のままだ。


 けれどここは、間違いなく戦場だった。

 撃ちあい、斬りあいをしている美濃の兵たちを見た。


 父の様子に困惑していると天幕の中に、誰それが討ち死に、という報が飛び込んで来た。

 父上は、表情を変えずに頷く。


「うむ。これで最後か。予定通りだな。そろそろ撤退()くぞ。残った者に伝えよ」

「はっ」


 訳知り顔の従者の方が返事をして外へ出ていく。「やっと終わったか~」って感じだった。


 私は、戦に出たことのある珍しい姫だ。

 通常の戦と、ここがずいぶん空気が違うのがわかってしまった。


「どういう……ことですか?」

「まあ、お前風に言う、形だけ(ポーズ)というやつだな」

「ポーズ?ふりってこと?」


 父上は頷き、説明してくれた。


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