63話 稲葉山城牢獄にて1
城と言えば地下牢。
地下牢と言えば、水音のする洞窟のような岩肌むき出しの場所に無数の鉄格子が並び……と想像したのとは、違った。
まず鉄格子ではなく木の格子だし(時代考証を考えればそうだった。)、薄暗くはあるが地下ではなく普通の屋内だった。
そういえば、小さい頃に彦太を連れ回して探検で通ったこともあった場所だ。
当時は罪人を捕えておく場所とは知らなかったわけだけど。
まさか転生したら実家に地下牢がある身の上になるとはね。そしてそこに、自ら入ることになるとは。
「あなたまで入ることないのに」
「んもー!みんなそう言うのね。私だけ帰るわけにはいかないでしょ。日奈さんを連れて来たのは私なんだから!」
冷たい床に並んで腰を下ろし、私達は目の前の格子を眺めてブツブツと文句を垂れていた。
牢の外では、夕凪が心配そうにチラチラ覗いては奥の壁へ消えるというのを繰り返している。見張りは他にはいない。
あの子は帰らせてもよかったんだけど、一緒に残ると言って聞かないので、待っていてもらっている。
「それより、本当に孫四郎兄上達、来るかしら?来なかったらどうするの?ペテン師って言われて処刑とか……」
「そんなシナリオはないから大丈夫。巫女が捕まるイベントはいくつかあるけど、処刑されるのはないもん。それに、孫四郎達は来るよ」
「そうなの?史実だとそうなるの?」
私達が今やっていることは、ゲームシナリオにはないことだと先に言われていたので、だとしたら史実関係だろう。
「うん。二人とも義龍に会いに来るはず。それで私達は解放されると思うけど……ごめんね、そのあとどうなるかは明確にはわからない」
「いいのいいの!史実ともゲームとも違う行動をしたら、何が起こるかわからないのは私もだもん!父上が廃嫡とか考えてないって、兄上達から説明してくれたらいいんだけどね。そのためにあの手紙に書いたんでしょ?」
「ん……」
返事のような否定のような声を出しながら、日奈さんは立てた自身の膝に顔を埋めてしまった。
今日のような、ゲームのイベントや分岐になりそうな大事な日には、彼女は制服を纏う。
この制服は、戦国謳華のヒロインが着ているオリジナルの制服だ。
転移された時に、容姿はそのままなのに着ている服だけが変わっていたのだと言う。
私がこの服に見覚えがあったのは、有名私立校のものだからではなく、オタク系イベントやSNSに流れてくる二次創作などで見たことがあったのだろう。
地下牢に入るのには、明らかに適していない格好。髪の隙間から見える白いうなじが冷えてかわいそうだ。
自分の羽織を一枚脱いで、急いで日奈さんの肩に掛けた。私は着物を何枚も着てるから、一枚くらいなら貸しても平気。
寒そうに抱えられていた腕がわずかに緩み、か細い声でお礼が漏れた。
「やっぱり十兵衛を連れてきたらよかったわね」
あの男は、寒そうにしている女子には、その気がなくても私より迅速にスマートに上着を貸すだろう。その前に、牢になんて入らせないと思うけど。
私が自分から牢獄に入ったなんて知られたら、烈火のごとく怒りそう。……やっぱ連れて来なくて正解だわ。
「あのさ、そのことだけど、もし光秀様ルートに入れたらこのあとどうなるか、帰蝶様はわかってるの?」
「ん?」
私達は、今は明智光秀ルートを目指してる。
以前に日奈さんから「犠牲が一番少なそう」と聞いたから。
「えっと、犠牲が少ないって聞いたから、それでいいかと思ってたわ。なにか問題のあるイベントがあるの?」
「このあとのイベントは……光秀様は信長に命じられて戦に出て勝って信長の信頼を得る。って感じだけど……でもね、」
少女はわずかに顔をあげて、私を揺れる瞳で見上げる。
受験や恋人への不安くらいしかないだろう年齢のはずなのに、そうではないもっと深い暗い思いが、底にあるようだ。
「光秀様は本来、ゲームでも史実でもあなたと一緒にいないんだよ。あなたと光秀様はむしろ、仲は、良くない。尾張に来るのは、あなたの護衛としてじゃない……」
「そうなんだ」
やっぱりね。明智光秀が帰蝶の従者だったなんて、聞いたことないもん。
この辺の改変は、小さいことだから見逃されたってことかな。結果的には尾張に来ることになったし。
「そういう心配なら、大丈夫よ。もともと、ずっと護ってもらう気なんてないから。最近は信長様とも仲がいいみたいだし。このまま信長様に渡そうかな。それでゲーム通りになる?」
「……な、なるけど……そんな、簡単にいいの?」
「うん。もちろん、あの子の意志を聞いてからだけど。でも頑固だから、信長の部下になれって言っても私の言うことなんて聞かなそうねえ……あ、兄上にも協力してもらおうかしら」
日奈さんの大きな目が、私を映して見開かれた。
ゲームの中の帰蝶は、よっぽど意地が悪くて人の言うことを聞かない女なのだろう。彼女の中の私は、まだそういう女なのだ。
揺れた肩から羽織が音もなく落ちた。
「でも……光秀様は、帰蝶様のところに居たいんじゃないのかな?今だって、信長について働いてるのは、あなたの為でしょ?」
「そんなことないよ。私の傍にいたら、損ばっかりだもん」
本当なら、戦に出て武勲をあげて、お嫁さんやお城や百万石のご褒美を貰ったっていいくらいだ。頭もよくて強くてイケメンなんだから。
そろそろ明智城へ帰って、叔父様から家督を返してもらうことだってできるはず。
それを縛り付けているのは、私だ。
私が、小さい頃に無理矢理「幼馴染」なんて枷を与えちゃったから。
「小姓」「友達」「護衛」って彼が好みそうな言葉で、彼を縛り付けてる。
「私と十兵衛って、ゲームでも史実でも、幼馴染じゃないんでしょ?」
日奈さんは少し目線を外して迷いながら、でもこくんとたしかに頷いた。
ずっと気になってたから、はっきりできてよかった。
「姫様!孫四郎様方が!」
夕凪の割るような声が牢の廊下に響いて、私達の会話はそこで終わった。
続いて、義龍兄上と牢番の人や部下がぞろぞろ入ってくる。
案外早く兄上達が来てくれたみたいだ。
日奈さんはすごい。手紙を読んだ父上が兄上達を寄越すタイミング、稲葉山へ来たタイミング、自分が「牢に入る」と言ったタイミング、完璧だ。
「たしかに、お前の言う通りになったな、巫女。出な」
「兄上!誤解は解けましたか?孫四郎兄上達は?」
鈍い音を立てて木格子が外され、日奈さんは無事に牢から出された。私も続く。夕凪が子犬みたいに抱きついてきた。
ごめんね、心配かけて。
でもこれで、夜になる前に帰れそう。
「あいつらは、殺した」
え?
兄上も冗談をいうのかと思って聞き返すと、もう一度、はっきりと、同じ言葉を言われてしまう。
膝が、ずっと冷たい床に座ってたから震えて折れそう。
「孫四郎と喜平次は殺した。お前は尾張へ帰れ。もう二度と、美濃へ来るな」
もうちょっとだけ牢獄にいます。
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