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55話 恋に生きてもらいたくて

「ね、当たったでしょ?」

「うーん、すごい……のか?」


 戦から帰ってすぐに、信長と十兵衛、それにお留守番をしていた日奈さんに私の部屋へ集まってもらった。

 日奈さんは私が戦に出ることにドン引きしていたが、今はだいぶ落ち着いたよう。


 先見(さきみ)の巫女こと渡瀬日奈さんの能力のすごさを知ってもらうため、今回の戦について、実は出陣前に結果予想を信長へ伝えてもらっていた。

 日奈さんは勝敗はもちろん敵の総数までみごとに当てたんだけど、男子二人はまだ信じきれていないみたい。


「……事前に各地の情報を得ていれば予想をするのは難しくありません。まだ、信じるのは早計かと」


 日奈さんの推しこと明智十兵衛光秀くん、いつもは冷静な一言に頷くばかりだったが、今の私たちにはただただ余計なことを言ってきやがる、ぐぬぬ案件になった。


 こいつ、顔が綺麗で日奈さんの推しじゃなかったら「空気読めよ」と小突いてるところだ。

 私は善良な女ですので、人の推しを小突きませんのでご安心を。


「日奈さん、もう少し他の予言も出来る?なるべく近いものがいいわ」

「わかりました」


 少女は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えはじめた。

 まるで、その身に神をおろす儀式のようだ。


 これはもちろん、ただの形だけ(ポーズ)

 実際には神の声もなにもない。


「天文22年、甲斐の武田と上杉の間で戦が起こります。これはそののち約10年続くものとなります……天文23年、武田・北条・今川は同盟を結び、今川は織田を攻めます。それから、天文24年、美濃で大きな動きがあります」


 本当に神託のように、すらすらと喋る少女は神聖な巫女にしか見えない。


 これは彼女が異世界転移前にきちんと日本史を勉強した成果だ。

 ゲームにハマってから聖地巡礼等もしたらしい。現役高校生だから、記憶力もバッチリ。細かな年と月までしっかり覚えている。


 でも、こんなに先のことを告げたら、結果がわかるまで数年かかってしまう。その間ずっと疑いの目を向けられてしまうかもしれないのに、いいのだろうか。

 それをこっそり耳打ちすると、彼女は自身に満ちた顔で返した。


「大丈夫。ここがゲームの世界なら、天文22年以降のシナリオはかなり早く進むの。私、最短3時間でクリアしたこともあるんだから」


 速いのか遅いのかわからないが、すごいヒロインに当たってしまったらしい。


 ここは、普通のゲーム世界ではなく乙女ゲームの世界。

 ゲームのメインは恋だ。史実と違って若い姿のままでエンディングへ行かなければ意味がないので、時間軸通りに歳はとらない。少なくとも、外見は変わらないのが普通だ。その間にある結婚・奥方が出産といったイベントは全部飛ばされる。だって奥さんがいる相手との恋なんて面倒だもんね。

 実際生きている私たちがどう感じるかは不明だが、ゲームのシナリオに入ってしまえば、かなり速いスピードで一年が進むはず、とのこと。


 大事な予言は伝えたし、ここから先は女の子二人で話しますってことで日奈さんと退出して、細かい話を私の部屋で聞くことした。

 残してきた信長と十兵衛が、日奈さんの言葉をなるべくはやく信じてくれるといいんだけど。






「じゃあ、本能寺の変ってここから30年くらいあとなんだ」

「そう。そんなの史実通りやってたらみんなおじさんになっちゃうでしょ。だから、主要な戦を1章に1つくらい入れて、1人20章程度になるようになってるの」


 日奈さんの乙女ゲーム講座は大変参考になる。

 なにしろ乙女ゲーム、学生時代の友達がやってたからどんなものか知識はあるけど、その程度。

 流行りのタイトルすら追っていなかったので、こんな状況になってしまっているのだ。


「本当なら神様の声……ってかナレーションみたいのが文字で出るから、それでイベントが発生したことがわかるんだけど。やっぱ現実だとないのね」

「神様の声……それって、男の人?女の人?」

「え?ナレーションにCVはないから……どっちかとかはわからないけど」

「そっか……」


 日奈さんは小首を傾げて私を見ている。なんとも可憐な少女という感じだ。


 私の部屋は一番奥にあり、人払いをしてしまえば侍女の皆さんも来ない。

 縁側に出ても内緒話くらいはできる。備え付けられた小さな庭を見ながら、昔を思い出した。


「私ね、前世の記憶を思い出してから、よく見る夢があったの」


 夢の中で、その人は昔話を聞かせてくれた。

 無理やりお嫁に行かされたお姫様の話、城を追われた王子の話、争い殺しあった兄弟の話。


 尾張に来てからもまだ見ていた気がするのに、ここ最近、見なくなった。

 神様の声ってあんな感じなのだろうか。


「それって……」

「帰蝶!」


 女の子同士の話って言ったのに、もう信長くんとの報告会が終わったのか、十兵衛がのしのし部屋に入って来た。

 信長と彼が仲悪いの、忘れてたよね。そう時間が稼げるものじゃないんだった。


「十兵衛、もう終わったの?次の戦について聞いておいてくれた?」

「次も出る気ですか……それにしても、お二人は仲が良いですね」

「ええ!仲良しよ。年の近い女同士ですものね」


 ぴと、と腕を組んでみる。

 日奈さんはスンとしていた。ちょっとちょっと、ここは乗って来てよ。推しの前だからって固まらないで。


「ねー!?」

「は、はい!もちろんです!」


 二回目でようやく、日奈さんは十兵衛の顔面に見惚れていたのをハッと気づいて、私に同意してくれた。


 私たちは仲がいいと思われた方がいい。その方が日奈さんの占いの信憑性も上がるし。

 そしてなにより一番重要なのが、彼女が十兵衛とくっついた時に私が断罪されないこと!


 私がもし悪役令嬢らしく彼女に意地悪や嫌がらせをしてみなさい。そしてその悪事を最後の最後にバラされてもみなさい。私は信長と離縁からの明智光秀の妻を虐めた罪で斬首or流刑なんてあるあるだわ!前世で死ぬほど見てきたもん!そして私の頭蓋骨は夫・信長のお酒の器になるのよ……。そんなの絶対嫌。


 まさか転生して最初に除外された婚約破棄断罪エンドの可能性がここへ来て再浮上するとは。人生なにがあるかわからないものだ。


「それに日奈さんは占いもできるしね。未来を当てられる女の子なんて、なかなかいないわよ?どう、十兵衛」

「?どう、とは……?」


 十兵衛はその整った顔にハテナを浮かべて瞬きをひとつした。

 黒い睫毛は、日奈さんが言うには髪と同じく少しだけ青が入っているらしい。とても艶やかな色。


「あなたもお嫁さんくらいいてもいい歳でしょ?一把さんにも言われたし、女中のみんなだっていつも……」


 そこまで言うと、日奈さんも十兵衛本人も慌てて顔を赤くした。お、これはまんざらでもないかんじでは?こんなに慌ててるの見たことない。


「ぼ、……私は、まだ帰蝶様の御守(おも)りがありますので、そういうことは……!」

「あら、さっきの、日奈さんと私が仲いいからって、嫉妬したんじゃないの?」

「帰蝶、様!いいですから、そういうの!」


 バシッ、と日奈さんに肩を叩かれ止められた。小さい手なので痛くはない。


 たしかにこれじゃ、おせっかいババアだったかもしれない。

 下品な真似はよそう。若い者同士で、ゆっくり愛を育んでもらわねば。


 日奈さんはとても可愛い。「可憐」って言葉の具現化のような女の子だ。

 細い体は守ってあげたくなるし、この白い肌を傷つけるなにかがあってはいけないと思う。

 さっきみたいに信長や目上の人にもハキハキとものを言える芯の強さもある。

 私みたいな悪役令嬢を信用しない思慮深さもある。

 まさに物語のヒロインたる少女だ。


「ほんとまだそういうの、いいから……」


 照れて頬を染める姿だって、女の私から見ても魅力的だ。

 私がしっかり押していけば、十兵衛だって、ほかの攻略対象者だって簡単に篭絡できるはずだ。


「人の気も知らないで……」


 最後のセリフは、日奈さんの反応ばかりに気を取られていて、よく聞こえなかった。

 きちんと聴こえていたとしても、恋に疎い元オタクの私に、きちんと意味が通じたかどうかは、わからないのだけれど。

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