53話 乙女ゲームの悪役令嬢に転生してまして2
乙女ゲーム『戦国謳華~燃える恋の炎と本能寺~』キャッチコピーは「その恋は、歴史を変える」。
聞いた印象だと、よくある戦国系乙女ゲームだ。
乙女ゲームフリークの間ではそこそこの人気作で、アニメも少し前にやっていた(5分アニメだったそうだが)。コミカライズも多数存在するという。
どうしよう、全然知らなかった。
「人気ゲームだと思ってたんですけど、知らない人もいるんですね……」
「ごめん。据え置きのゲームってもともとやらないし、アニメも深夜は寝ちゃうから……」
「お年寄りじゃないですか」
「失礼な!アラサーだよ!」
ストーリーは想像したとおり、タイムスリップしたごく普通の女子高生が、イケメン戦国武将と出会って恋をする、というものらしい。
戦術ありミニゲームあり、乙女心を掴む美麗でキュンとするスチルあり。
攻略対象者は一部しか教えてもらえなかったが、メインは織田信長、明智光秀、豊臣秀吉。
特に副題にもなっている本能寺の変がどのルートでもラストのメインイベントにあたり、これを回避できるかどうかでハッピーエンドを迎えられるか否かが決まるのだそうだ。
「では、日奈さんの目標は、ヒロインとして誰かを攻略してハッピーエンドってことよね?」
「うん。ハッピーエンドは最良エンドって呼ばれるやつだけど、ルートによっては良エンドでも現代へ帰れるから……」
日奈さんとゲームの内容を話すうちに、彼女もだいぶ打ち解けてきてくれた。
固かった表情はまだ変わらないが、それでも最初よりはマシだ。頬も青から白、今はちゃんとピンク色になった。
「なら、当面の目標は私と一緒ね。私は本能寺の変を回避して安泰に暮らしたい。そうしたら日奈さんは現代へ帰れる」
「ええ、まあ……」
歯切れが悪いが、頷いてくれたのでそういうことだろう。
時間がなくてストーリーをすべて教えてもらえたわけではないけれど、概要だけでも、今までの虚無状態から比べれば充分だ。
「ところで日奈さんの推しはどなた?安心して、ゲームでは悪役らしいけど、私、夢女子傾向はないし、決まったお相手がいるなら協力するわ」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう、私の問いに日奈さんは乙女のように(実際乙女なんだけど)頬を染めると、目線を少し外して小さく答えた。
「あ、明智光秀様……」
「おお!」
たしかに、彼女は十兵衛を見た時に顔を赤くしたり体をこわばらせたりしていた。
あれは、推しキャラに実際に会えてテンパって出たのだろう。かわいい。恋する女子だ。
「教えてくれてありがとう、もちろん協力するわ!十兵衛は私が言うのもなんだけど有望株よ。優しいしあの通りイケメンだし、強いし!」
って、説明しなくたって、ゲームをやりこんだ様子の彼女には必要のない情報かな。
日奈さんは私の一挙一動を観察するかのようにじっと見ながら言葉を飲み、そしておそるおそる吐き出した。
「あの、帰蝶、様」
思いつめた表情。
怖がらせないように一拍置いて、私は頷きながら、続く言葉を待つ。
「私、まだ帰蝶様のこと信用できていないので、全部を話すことはできません。だから、しばらくここに置いてほしい、です」
高校生という、十代の少女がするべきではないような、一世一代の決断を強いられているかのような顔だった。
そんな必死な顔をさせてしまっているのは、私が悪役令嬢だからよね。ごめんね。
「あなたのことを信用できると感じたら、エンディングがどうなるのか、すべて話すから」
充分だ。
明智光秀推しなら、彼女と目的は一緒のはずだ。
明智光秀はたしか、本能寺の変の後に三日程度の天下を得て、殺されてしまう。
彼女の言う「最良エンド」がどんなものかは詳しくはわからないが、普通に考えれば「死を回避してヒロインとゴールイン」が最良だろう。
それを目指そう。
本能寺の変を起こさせない。
明智光秀と日奈さんには、恋に生きてもらう。
「もちろんよ。一緒に、本能寺の変を回避しましょうね!」
差し出した手を、少女はゆっくりと、迷いながらも握り返す。
触れた手は緊張からか、こちらまで寒くなるくらい冷たかった。
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