51話 少女の告げる真実に、足元が揺れて(誰が言ったの?戦国時代だなんて)
染めてはいないようだけど、もともと地毛が明るいのかもしれない。鎖骨あたりで揃えられた茶に近い髪は、女子高生らしくさらさらして見るからに指どおりがよさそう。
桜色のくちびる。閉じられたままの長い睫毛。きめ細やかで丸みのある頬。
一言で表すなら、可憐な少女。
十兵衛がお姫様抱っこで捕まえてきてくれたこの少女は、彼の腕の中にその体を預けたまま、一向に目を覚まさなかった。
周りの人に地下牢へ入れるか、と問われて慌てて私の部屋へ運んでもらったのだ。
時代劇によくある地下牢というものが、どうやらウチにもあるらしい。今さっきはじめてその存在を知った。織田軍、怖すぎである。
地下牢、今後もできることなら使いたくない。
追いかけるときに何があったのか、十兵衛はイライラを顔に出した状態で戻ってきて、少女を寝かせる間も、一言も口をきいてくれない。
彼も気になっているはずなのに。
この子がどこから来たのか。何者なのか。
「……十兵衛、あのね……」
「お!そいつが蝶のこと泣かしたっていう女だな?」
スパーンと勢いよく襖が開けられ、今日は他の政務を頑張っていたはずの信長が飛び込んできた。おかしいな、人払いをしたはずなのに。
まあ、この城主を止められる人は、城の中にはいないものね。入るなって言っても普通に女子の部屋に入ってくるうえ、悪びれない人だから。
信長は眠ったままの少女の顔を覗き込んでから、布団を思い切り剥ぎ取った。
「こ、こら!女の子ですよ!?」
「なあんだ。ただの小さい女じゃないか。蝶を泣かすくらいだから、もっとでかいヤツかと思った」
気絶したままで寝乱れていないのはよかったが、スカート丈が短いので少し脚が出てしまっている。一応は夫が、痴漢罪に問われるのはまずい。
頭から足先までじろじろ見ている男どもの視線から、少女をかばうように前に出た。
「可憐な少女の脚を見るんじゃありません!私が泣いたのは、ちょっと、その……昔の知り合いに似てたので、懐かしくなっただけです」
「ふうん」
ちょっと微妙な言い訳だけど、信長の方は興味があるのかないのか、頷いた。
嘘ではない。昔の知り合い、というか未来の女子高生、というか。
でもこの格好、制服に、少しだけど見覚えがある。地元の高校はこんな制服のところはなかったはずだけど、テレビで見たのかな。私立っぽい珍しいデザインだし。
布団を直してあげようとしたところで、寒くなったのか、少女がむずがるようにして身じろいだ。
んん、と小さく声を出し、瞼が小刻みに動く。
「あれ……ここ、は……!?えっ織田信長!?」
目を開けたばかりの少女は、勢いよく上体を起こすと、私と信長と十兵衛と、とりあえず三人を見て顔を赤くしたり青くしたりした。
「おはよう、日奈さん……と言ったかしら。急に倒れたそうだけど体は大丈夫?お話しできる?」
色々思うところがあるのだろう。でもまずは落ち着かせてあげたい、と、できる限りの優しい声をかけたつもりだけど、父譲りのコワモテの私でどのくらい優しさを出せたかどうか……。
「はい……帰蝶、様」
「あれ?どうして私の名前を知ってるの?どなたに聞いたのかしら?」
私の指摘に、うっ、と言葉を詰まらせたあと、少女、日奈さんは静かに続けた。
「聞いたんじゃありません。でも知っています。そちらの方は織田信長、そのお隣は明智光秀様」
「なぜ私の名まで知っているのでしょうか。それも、先見とやらの力ですか?」
十兵衛が、今日、この部屋に来てから初めて口を開いた。
声は、女子に向けるにしては刺すように固い。これは、面接の時に誰かが叫んだ「賊だ」を気にしているのだろう。
彼は真面目だから、父上と兄上に「帰蝶を護れ」と命じられて忠実に任務を遂行しようとしているのだ。いい子なんだけど、生真面目すぎるのをそろそろなんとかしてあげたいものだ……。
日奈さんはその冷たい声と視線に、びく、と肩を震わし、少女らしい細い声で答えた。
「……っ、そう、です。私には、未来が見えます、から」
たどたどと答える姿は、目を泳がせてどこか落ち着かない。
十兵衛や城主の信長に怯えているだけ、と言うよりは、嘘をついていると考える方がよさそうな態度。ずいぶん表に出やすい子のようだ。
未来が見えるというのは、あやしい。
二人はともかく、私には「未来が見える」というよりは「未来から来たので歴史上の人物の名前や出来事を言い当てることができる」と言われた方が納得できる。
その証拠に、本当に先が見えるのなら、十兵衛にやすやすと捕まってこうして窮地に陥ったりしないはずだ。
漫画でよくある、能力に制限があって自分の未来は見えない、とかだったら仕方ないけど。それならそれで、その能力についても探りたい。
でも素直に全部話してもらうには、この怖い男子二人がよくないわね。
「信長様」
振り返れば、十兵衛だけでなく信長も、はじめて見るんじゃ、ってくらい怖い顔をしていた。珍しく、いつもはくりくりした目が細まっている。
魔王顔やめなさい。少女が怯えてるでしょうが。
「この子を私に任せてください。本当に先見の力があるのかどうか、試します」
「絞りあげるなら、俺も見たい!」
私が拷問か何かするとでも思っているのだろうか……。
魔王候補生、血と悲鳴を求めるんじゃない。破滅するぞ。
「まあそういうことです。お二人は席を外してください。こういうのは、血に強い女の方が適任なのですよ。ふっふっふ……織田家に仇なす者かどうか、キツ~く絞ってやりますわ」
お嬢言葉がヘタなのはおゆるしを。私も少々焦っているのだ。
ついでに、今日も潜んでいるであろう天井裏へ声をかけるのも忘れない。
「夕凪!」
「あい!」
「あなたは、外でこの二人にずっと話しかけて楽しくおしゃべりしてて。その間、誰も私の部屋に近づけちゃダメ」
「あ、え……でも、姫様」
元気に降りてきた夕凪は、私に跪いたまま口ごもった。珍しく表情が曇っている。ツインテールも微妙な萎れ加減だ。
私がこの華奢な少女に、ものすごい拷問や非道な尋問をすると思っているに違いない。
「大丈夫、女の子相手に乱暴なことはしないから」
「そうではないです。逆です……!」
「逆?」
「……いえ、わかりました。ご命令ですので、姫様を信じます。なにかありましたら、すぐに声をかけてくださいまし!」
逆ってなんだろう。よくわからないが心配そうな夕凪をいい子いい子してから、まだ残りたそうな顔の男子達を追い出すのを手伝ってもらった。
さすがに私ひとりじゃ、この二人の言うことを聞かせるのは大変だからね。
日奈さんは、信長と十兵衛が部屋から消えてほっとした顔になったかと思いきや、すぐにまたあわあわと目線を泳がせ始めた。
さすがに拷問なんてしないから安心してよ、と思うけど、私の悪役顔とさっきのやりとりでそう思うなってのが無理よね。
「よし、ぶっちゃけトークしましょう!」
「ぶ、ぶっちゃけ!?」
ひぃっ!と恐怖が絶頂にきた挙動のままの傍らに座って、なるべく怖くないよう笑顔で。
大きな目と声は緊張の中にも、彼女のもともとの性格を滲ませている。元気さのあるかわいい子だ。
「私、こう見えて転生者なの。9歳の時に木登りしてたら落ちて頭を打っちゃって。それで前世の記憶を思い出すっていうお約束展開。前世は普通のOLで、死因はちょっと思い出せないんだけど……実家の電話番号とか、ケータイの番号なら覚えてるわ。言いましょうか?」
日奈さんは口と目を大きく開けて、ただただびっくりしている。
2、3回その長いまつ毛をパシパシ当ててまばたきをしたあと、はっとその口を閉じた。
脳筋な私が言うと説得力がないけれど、彼女はただの態度に出やすいだけのおばかさんではなさそうだ。
信じられないことを言われて驚いてはいるが、きちんと、頭の中で考えているよう。
「う、嘘……帰蝶が、転生?ってことは……歴史は!?」
「歴史を変えるような変なことはしてないつもりなんだけど……私、前世で日本史はあまり詳しくなくて、よくわからないんだ。あなたが知ってるのなら、教えてほしいと思って」
詳しくない?じゃあ……、でも……と、少女は小声でなにやら整理しているようだ。
わかるわかる。私も転生したって気付いた時は、一晩かけて脳内を整理したし、一人でブツブツ言ってみんなに怪しまれたものだ。
日奈さんは私ほど長く考え込まず、すぐに顔をあげて真っすぐな目を向けた。
父や兄に何度も言われたから、私は誰かと話すときはきちんとその目の内側を見るようにしている。
相手が嘘をついているのか、信用できる者かどうかを、その目で見ろ、とのことだ。
それが少しは養われているといいんだけど。
「私も……死んだのかはわからないけど、気が付いたらここにいました。那古野城や清州城があること、お世話になった夫婦の話から、今が1552年だと知りました」
「!今って1552年なの!?」
「……え、なんで知らないんですか?」
久々に聞いた西暦に、思わず声をあげた。
日奈さんは別のところにびっくりしている。すみません、無知で。
「いや、天文21年とは知ってたんだけど、西暦何年かまでは……戦国時代って500年も前だったんだ」
「はあ。で、どうもシナリオとズレてしまってるっぽかったので、なんとか元に戻そうと」
「シナリオ?」
久々に自分以外の口からカタカナ言葉聞いたかも。なんかジーンとくる。
「はい。私が最初に転移されたのは那古野城の目の前でした。でも、時間が、本来の物語開始は天文22年のはずなのに、天文20年で。少しずれてた。だから、織田信長が家督を継ぐのを待って……」
「ま、まって!物語って!?」
「?なにを驚いてるんですか?ここは、戦国謳華の世界でしょ?だとするとシナリオ通りに行ってないんで……」
「せん?え?なにそれ??」
嫌な予感がする。
本当は、予想してたことだけど、何度も気付きそうになったけど、気付かないようにして。
気付きたくなんて、なかったこと。
「え?戦国謳華を、知らない……?」
「しらない」
心臓が、バクバク鳴っている。
こんな音を立てて、大丈夫なのだろうか、私の体は。バラバラになってしまわないだろうか。
少女の言った「戦国謳華」とは、タイトルだろうか。小説?漫画?話しぶりからして彼女が書いた架空の物語ということはなさそうだけど、もしなにかの創作の世界なのだとしたら、私が今まで信じてきたものは、なんだったんだろう。
足元が、揺れている。
彼女の唇が次に開かれるまで、実際には1秒もかからなかったはずなのに、ひどく、長い時間揺さぶられていたように感じた。
「戦国謳華は、乙女ゲームです」
なんとなく、その事実を知っていたのに、想像してたのに、気付かないようにしていた。
事実をつきつけられたら、私の世界が変わってしまう。
ここで生きている彼らを見る目が、変わってしまうんじゃないかって。
少女の告げる真実は、残酷なようで、反対にとてもポップな響きで。
物語の終わりと始まりを告げる鐘のような音が鳴る。
本当は、それを、望んでいたんでしょ?
「ここは、乙女ゲームの世界です」
和風ファンタジーゲームの世界に転生したと思ったら戦国時代で。
と思ったら、やっぱり乙女ゲームだった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
まだまだ続きますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!




