49話 私だって
転生したってことは、私は前世で死んだってことで。
もうみんなに会えないんだと、無性に寂しくなることはあった。
だけどそんな寂しさや前世への後悔は、8年もいれば慣れる。
そう、8年だ。
歴史を変えるなんて大層なことはできないまま、普通に、ただ、生きてきた。
目の前に現れた少女は、制服を着ていた。
中学校か、高校の女子生徒の制服だ。身長や顔立ちから、おそらくは高校生だろう。
キャメル色の落ち着いた印象のブレザーに細かいプリーツのスカート。リボンタイもスカートとブレザーに合った色で清楚な印象。
スカート丈は膝にかかる程度の、前世の時代では短すぎない落ち着いたものだが、戦国では明らかに脚を出しすぎだ。彼女が身じろぎする度に、プリーツが揺れてドキりとする。
髪はキューティクルの剥がれていない、若者らしいミディアムヘア。
頭からつま先まで、普通の可憐な女子高生。
彼女を見た瞬間、思ってもみなかったことに、私は泣いてしまっていた。
帰りたいと、思ってしまった。
お母さんに会いたい。お父さんに会いたい。
友達に会いたい。
帰りたい。
電気があってガスがあってテレビがあってスマホがあってコタツはあったかくてベッドが固くていろんなおいしい食べ物があってすぐチンできてスイーツがいつでも買えるコンビニがいっぱいあって、ごちゃごちゃしててつまらなくて退屈だけど命のやりとりをしなくていい、刀なんて握らなくていい。
あの世界に帰りたい。
「帰蝶!?」
隣にいた十兵衛のあわてた声に、私もはっとする。ぱちんと音が出るかのごとく勢いのよいまばたきに、涙の粒が細かくなって落ちた。
十兵衛の、いつも澄んだ綺麗な瞳が、揺れている。
氷のようだと思ったこともある。冬の湖みたいな清浄さを宿した彼の目が、水面みたいに揺れていた。
慌てて涙を拭ってから周りを見れば、十兵衛だけでなくみんな、私を見てた。
そりゃそうだ。いつもキツめの顔で睨んでくるような悪女顔の私が、急に泣き出したんだもんね。
拭った袖は思ったよりびっしょりだ。
まっすぐなみんなの目に、急に恥ずかしく、申し訳なくなった。
何を、逃げようとしていたのだろう。
この人達に失礼だ。ここで生きている人達に。
私だって、ただのその一部のくせに。
「帰蝶様!?あの者が、何かしましたか!?」
「おい、捕まえろ!賊かもしれぬ!」
「待て!!」
いきなり男達に大声を出されて、女子高生は一気に顔を青くして、逃げた。
スカートのプリーツが、鍵盤みたいに翻る。
やっぱりブレザーの制服ってかわいいなあ。と思っている間に、少女は勢いよく人の列の中に飛び込んでいった。簡単に姿が見えなくなる。
ちょんまげ袴姿の男達に追いかけられる女子高生。まるで、アニメ映画の冒頭みたい。
「じゃなくて、待って!」
「追います」
いつもなら机を乗り越えて飛び出してくことくらい簡単なのに、足がうまく動かなくて十兵衛に後れをとってしまった。
それに続いて、面接業務を手伝ってくれていた犬千代くんや周りにいた屈強な男子たちが、手元の武器を持って走り出す。
「ちょっ、待ってそんな物騒な……!ああでも逃げられたら困る!」
あの子にもう一度会って、話を聞かなければ。
もしかしたら、私みたいに転生(体ごと転移?)してきたのかもしれない。
今が何年かわからなくてきっと不安だろうし、助けになれることがあれば助けたい。
それに、さっき「先見の力がある」と自分で言っていた。なんらかの知識や特殊能力があって、未来と行き来できる超能力とか持ってたら、すごいことだ。
「あの子を捕まえてください!でもぜったい怪我はさせないで!傷ひとつでもつけたら、ゆるさないからね!!」
全員に聞こえるように、出来る限りの大声で叫ぶと、こちらに気が付いていなかった男達まで走り出した。
うおお、と妙な雄たけびをあげているものもいる。
ちょっとちょっと、なんでそんなに血気盛んなのよ。傷つけるなって聞いてた?
さすが、信長が気に入って側に置いてる男子たち。織田軍、怖ぁ。




