表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/163

45話 帰蝶、戦に出たがりまして

「ンま~~~~~~!!いけません!戦に出るなど!!」


 信長に「戦についてきてもいい」ってお許しをもらって、その足で十兵衛に伝えたら大喧嘩になったうえに各務野(かがみの)先生を呼ばれてしまった。


 各務野先生は、私が美濃にいた頃、お行儀関係全般を教えて(躾けて)くれた先生。私の素行と姫としての仕上がりが心配すぎて、侍女として美濃から着いてきてくれたのだ。


 先生のお稽古は、それはそれは厳しかった。何事も前向きにいればなるようになるさを信条にしている私も、夜中に人知れず泣いた。それくらいキツかった。

 もともと脳筋気質の私には、じっと正座でお茶をくるくるするだとか、丁寧な所作でお花を生けるとかが大の苦手だったのだ。

 勉強キツすぎて夢遊病になった、アルプス生まれの少女の気持ちもわかる。


 それはいいとして。


「なぜですか先生!?信長様にお許しもいただきましたし、毎日のトレーニングだって欠かしてません!」

「姫様が毎夜、素振りやら腹筋?やらをなさって心身の鍛錬に努めていることは存じておりますし、もうお止めする気もございません。が、戦となれば別です!」

「だからなぜ!?」

「戦は殿方のものです。女が出て良いところではありません!」


 さっきから、私は自室で正座させられ、この繰り返し。

 ロッテンマイヤ……各務野先生の悲鳴にも似たお小言は、かれこれ1時間くらい続いている気がする。

 おそらくこれは十兵衛の策略だ。

 私が子供の頃から苦手としている先生に怒っていただいて、戦に出ることを諦めさせようとしているのだ。


 その主犯である十兵衛は、部屋の端で腕を組み、偉そうにふふんと笑っていた。自分ひとりじゃ私を言いくるめられないから、助っ人を呼んだのだ。この卑怯者め~!


 止められるだろうことは予想していた。特にこの二人には。

 戦国時代の女性は、基本嫁いだ家から出ない。

 夫が戦に出ているときは、家を守るのが妻の仕事だと、もちろんこの二人から耳タコなくらい聞きました。でも!


「そんなの誰が決めたの!?女が戦に出たらダメって、決めた人出してよ!」

「ンまァ!またそんな屁理屈を!」


 先生は反射で返してきたけど、十兵衛はぐっ、と一瞬詰まった顔をした。活路発見。


「そりゃあ、女は腕力では男の人に劣ります。それは私も自覚してる。でも女が弱いなんてのは、男達が自分の都合がよくなるように広めただけ。力が少し劣るだけで、みんながみんな、弱くなんてないし、出来ることだってある!」


 女性の方が出産に耐えられるように体が強くできてるし、痛み耐性もあるって、前世でテレビかなにかで見た。

 それに、私はまだ十兵衛より強い。いずれは差が出てきて負けるかもしれないけど、弱くて護らなきゃいけない対象にされるのはまだ早い。

 弱いから、護らなきゃいけないから、女だから戦に出せないなんて、言わせない。


「男も女もそんなに差なんてないのよ。弱い男性もいるし、強い女性もいる。戦に出たがる男性が多いから、男性が出てたってだけ。そんな法律ないんだし、女が戦場に出たっていいじゃない?」


 各務野先生、「それはそうね……」という顔になってきた。あとひと押し。


「私は信長様には負けるけど、十兵衛には勝てるわ。夕凪も、犬千代くんには勝てるもんね!」

「あい!」


 天井裏の板がパカッと開いて、小柄なツインテール頭が飛び出してきた。今回は天井だったらしい。私の少女忍者は、今日も元気だ。

 ちなみに犬千代くんというのは、信長の小姓の名前。こんなところで出してごめんだけど、まだ夕凪と私に勝てないくらいの実力の男の子だ。あの子も元気があってよろしい。


「十兵衛!」


 先生を飛び越して、突っ立ったままの十兵衛へ。

 これは正直、この従者兼護衛にはあんまり効かないんだけど、うちの父上(パパ)向けのおねだりポーズになる。

 無理矢理両手を取って、出来るだけ、気持ちを伝えられるように、まっすぐ目を見て。


「お願い。私に織田信長を護らせて。あの人に天下をとらせたいの」


 織田信長は、今の時点で強い。

 でも、それは個人の強さだ。戦国時代の戦は、個人対個人じゃない。


 それから、これはここ数年少しだけ感じていることだけど、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ポンコツだし日本史よく知らないし。今のところは歴史に影響が出るようなことはしてないと、思う。

 でももしかしたら、未来の知識を持った私のせいで歴史がズレたりしているかもしれない。


 私が、美濃で十兵衛を助けてよかったのだろうか。

 一緒に尾張へ来たせいで、なにか変わっていないか。


 信長が、知られている歴史と関係のないところで死んだりしないか。


 私がちゃんと見て、護らなきゃ。

 安全な(とこ)で待ってるだけじゃ、本能寺の変を回避どころか、その前に死んじゃうかもしれない。

 あの子、本当に危なっかしいし。


 それに、信秀様と、約束した。あの子に天下をとらせると。


「……っ」

「あ、ごめんね、強く握りすぎちゃった」


 力の入りすぎた手を、慌てて離す。

 十兵衛はなんだか、絶妙にわかりづらい表情をしていた。

 なんだろうこれ。怒ってるのと、焦ってるのの中間くらい。ちょっとだけ痛いのを我慢してる時の、顔。


「……十兵衛?」

「……君が」

「うん」

「君が強いのはわかってるし、もちろん僕も夕凪も伴につくから君を護ることはできる。でも、君まで戦場に出てしまったら、(ここ)はどうするの?」

「あ……」


 奥方の有事の務めは、城主()不在の城を守ること。

 私が飛び出していこうとするたび、先生にも父上にも、城中のみんなに言われたことだ。

 信長が戦に出ているときに、城主代理である正室()が城を空けるのは、ゆるされない。


「……だったら、城を任せられる人を連れてくればいいのね」

「え?」

「そうよ、信長様も前から言ってたのよね。専属の兵が欲しいって。そうだそうだ、傭兵を作ろう!」

「え、え?」

「女の兵も募りましょう。くのいち隊とは別に。それで隊長を私の代理にして、城を護ってもらえばいいのよ。そうよね、銃もあんなにあるし、女性部隊は銃使いを主にして……うんうん、もののけ姫でも砦は女達が護ってたしね。いけるわ!ありがとう十兵衛!」


 論破したぞ、って顔をしてた十兵衛が今度は、なぜそうなる!?って顔になった。城内の女子達には「何をお考えになっているのかしら。ミステリアスで素敵♡」と言われるクール系の容姿だけど、私には結構色んな表情を見せてくれるからわかりやすい。これは、幼馴染の特権かな。


 フリーズ中の十兵衛を置いて、私は走り出した。

 いいことを思いついたらスピード勝負だ。信長くんに伝えよう。

 この案が採用されれば、仕事を探してる村の女の人とか、夫を戦で亡くした人も稼げるからそんなに悪くないはずだ。








「採用!」

「やったーーー!」


 信長は私に甘いというか、新しいことや面白いことが好きなので、概要を話したら即採用された。

 追ってきた十兵衛と、その後ろの青い顔をした先生を置き去りに、スピード命の当主とどんどん話が進む。


「さっそく人集めするか!」

「うんうん。面接は私も参加するわね!求人チラシとか配る!?」

「チラシとかよくわかんねえけど、蝶に任せた!」

「任せるな!」


 十兵衛のツッコミもキレがあるわね。印刷技術ないけど、どうしよう。立て看板でも出すか。


「ンま、こうなったら仕方ないですね。本当に戦に出られるのなら、せめて斎藤のお館様に、お許しを得てくださいませ」

「え~~~、ま、父上だったら私のこと止めないだろうし、いっか」

「義龍様にです!」


 う……義龍兄上は止めるような気もするし、相変わらずのイケメン風に「面白ぇ」って言いそうな気もするし……。後者であることを祈ろう。


 ニコニコ楽しそうな信長くんとは正反対に、先生と十兵衛は「仕方ない」って顔でうなだれてる。

 こうなった城主サマと奥方サマは止められないって、この数年で完全に学んだらしい。十兵衛から大きなため息が出た。


「仕方ない……でしたら、銃を贈っていただいたお礼もしなければなりませんし、一度ご挨拶に行かれた方がいいですね」

「じゃあ俺も行く!」

「当たり前です!!あなたの奥方を戦場に出すお許しを得に行くんですのよ!?」


 天下の織田信長、織田家新当主にここまで強くツッコめるの、先生と十兵衛くらいだよ。


 このあと第六天魔王になるとは思えない少年は、相変わらず楽しそうにカラカラ笑っている。やっぱり当主になっても、新しいことが好きみたい。


「じゃあミツ、日程調整よろ!」

「なんで僕が!」


 というわけで、我々の美濃斎藤家ご訪問が決まったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ