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43話 信長、天下人になるって

「わかった。とる」


 信長は私の目をまっすぐ射抜いたまま、そのガラスのような瞳の中に輝く燐を散らせた。

 ぢりぢりと見ているだけで焦がされるようなそれは、どこかで見覚えがある。


 変わり者なこの子の目は、信じられないほど綺麗。

 はじめて会った時も思ったけど、真正面から見つめられると離せなくなるのだ。


 焚き火を見ているときみたいにぼんやりしてしまいそうになったところで、信秀様が激しく咳きこんで、奥へ運ばれていってしまった。

 あわわ……無理させてごめんなさい。


「笑ってすまないね。弾正忠家を誰に任せるにしても、お前は天下を取りなさい。その娘を隣に置いておけば、出来の悪い息子(おまえ)でも何かは成せるだろう」


 去り際に言われた言葉に、私だけを置いてけぼりにして信長は大きく頷いた。


 主のいなくなった室内が急に寒くなった。来る途中の空が曇っていたことを思い出す。


「お見舞いもできたし、私達も帰りましょうか」

「蝶、オヤジのこと、どう思う?」

「お義父(とう)様?そうね……面白い方よね。さすが、信長様のお父上ってかんじで。エクセルもないのに表を作ってる人なんて初めて見たわ」


 戦国時代で会ったのは初めてのタイプだった。笑われちゃったけど、私はあの人、けっこう好きだ。

 彼が言うように私と信長だけが説明を理解できたのは、考え方が前世の時代に近いせいだろう。その辺はご長男の信長も、しっかり受け継いでる。


「俺とオヤジって、似てるか?」

「?そっくりじゃない。頭の回転が速いところとか、あの常識をぶっとばしちゃう考え方とか。あっ見た目?だと、髪質とか似てるわね」


 外見の似ている部分を探すために見ていて気がついた。そういえば、さっきから信長くん、私をじーっと見てる気がする。

 話しているだけで「面白い面白い」とよく言われるけど、そんなに面白い女だろうか。


「蝶、ありがとな」


 いつものぶつかってくるみたいな勢いの抱っこかと身構えたら、スローモーションだった。

 ブンブンくるくるされることもなく、綿のお布団でやさしく包むように、抱きしめられた。

 背に回された腕はひどく優しい。


 おままごとみたいな夫婦生活を3年続けてわかったこと。

 彼は、自分の好きなものを褒められると、ものすごく喜ぶ。

 お父さんを褒めてもらえて、嬉しかったんだろう。

 それに、ずっとお見舞いに来たかったのに弟に邪魔されて来られなかった。不安だったに違いない。


 久々に会えたお父さんと話ができて、元気そうで、安心したんだ。

 結婚しててもお城を任されてても、まだまだ10代の少年なんて子供なんだから。


 よしよし、と励ますように背中を軽く叩いてあげる。

 十兵衛がいたら「夫婦と言えど人前ではしたない」って怒られてたところだから、この場でよかったかもね。

 お父様には笑われちゃったけど、頑張って天下を取ろうね。

 明智光秀の放つ火の手から、私が護ってあげましょう。


 ツンツンした見た目よりやわらかな後ろ髪を撫でてあげると、猫のように目を細めるのが、見なくてもわかった。








 *******



 障子の向こうが、随分と騒がしくなってきた。

 人払いをしたうえで会話内容を漏れ聞いていた若と姫の従者(おとも)の二人は、ため息とともに同時に頭を抱えた。


若様(ぼっちゃま)、天下人って……」

「帰蝶様、また適当なことを……」


 帰蝶は、生まれ故郷の美濃にいた頃から、大仰なことを適当に伝えて相手の気を大きくさせる癖のようなものがあった。

 だが言われた方は気が大きくなり自信がつくせいか、結果的に彼女が言った通りになる。

 それが彼女の先読みの資質なのかただの偶然かは、わからない。


 それにしても天下とは、天下人とは大きく出たものである。

 尾張領内の統一さえできていない状態で。家督を継がせると城主()から引き出すことも出来なかった、あのうつけと名高い信長にして。

 隣の老人が頭を抱えるのも仕方ないことだとは十兵衛も思い、ともにため息を吐くに至った。


「……平手殿」

「はい、なんでしょう」


 呼びかけられた平手政秀は、うなだれたまま廊下の木目を見つめて返事をした。

 これからあの若君は天下人になるためにどんな突拍子もない行動に出るのだろう。と、さっそく胃痛の種にしているに違いない。


「あの噂を流したのは、あなたですね?」


 十兵衛はまっすぐに前を見たまま、隣の男へ問いかける。


 庭木は綺麗に手入れされ、細かな庭石にすら寸分の乱れもない。美しい庭だ。こんな庭は、那古野城にはない。

 城は、城主の人となりをうつすものだ。

 織田の家臣達がこの親子の出来の差を噂してしまうのも、仕方のないことだ。


 もう、障子の向こうの会話が終わろうとしている。

 聞くならここでしかないと思ったが、老人から答えはなかった。


 吐いた息の白さは消え、代わりに、目の前に白い粒を運んできた。

 庭石に落ちたそれはじんわりと広がっていく。

 雪は、この調子なら積もるだろう。



 *******




 それから3ヶ月後、信秀様は亡くなった。



次回は閑話を挟みます。いつものお料理編です。唐揚げを作ります!

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