42話 織田信秀お義父様を見舞いまして
末森城城主で織田弾正忠家当主・織田信秀様は、近隣諸国には賢君として知られている。
しかしその嫡男の信長は、素行が悪く礼儀知らずのうつけとして知られている。
ついでにその正室になった美濃の帰蝶姫(私)は、歴戦の武将も裸足で逃げ出す、女猛将として知れ渡っている……。
「ふたりとも、よく来たね」
通された部屋には、きちんと起き上がって元気そうなお顔の信秀様がいた。
脇息にもたれてはいるけど寝間着でもなく、顔色も普通だ。
聞いていたより悪くはなさそうで安心した。
髪もまだまだ色を失っていないし、精悍で覇気のある顔立ちは、うちの父上より10歳は若く見える。
「まさか、子供ができたなんて嘘をついてまで乗り込んでくるとはね」
「バレてたか。さすがオヤジ」
「お前はいつも突拍子もないことをするから、最近は行動が読めてきたよ」
信長も、久しぶりにお父さんに会えて嬉しそうだ。
私もよく父上に同じこと言われたなあ、と、ちょっとだけ懐かしくなる。父親って、みんなこんなかんじなのかな。
「帰蝶ちゃんも、わざわざすまないね。後継ぎの件だろう?」
「あ、いえ、今日は本当にお見舞いに……」
「そうなのかい?でも、私は君とも一度話をしたいと思っていたから、ちょうど良かった。信行が怒るから手短にすませようか。まず、これを見てくれ」
後ろにいた侍女が、何か書かれた紙の束を持ってきた。巻物もある。
「私もね、跡目問題には頭を悩ませているんだ。賢君だとか麒麟児だとか言われてきたけど、諸大名と同じような悩みで体調が悪くなったりする、凡庸な男だったってことだね。で、はじめに見て欲しいのがこれだ。こっちが信長で、こっちが信行の獲得した票。家臣からの票がこれで……」
ペラペラと流れるように進められるのは、広げられた紙の内容説明。
びっしりと書き込まれたそこには、信長、信行だけでなく、その下の弟、庶子の兄の名前があり、頭脳、武勇、人望、などに相当すると思われる項目が書かれている。さらにそれが数値化されて(漢数字なので読みにくいが)なんとなく表のようになっていた。
ステータス表か?
どうやらこれは、お義父様による「後継者検討会議」用の資料のようだ。
前世で参加したプレゼン会議を思い出す。私は専ら書記だったけど、資料の出来でその人の有能さがわかる、と先輩が言っていた。
信秀様は営業マンのような流暢な説明もさることながら、この資料の出来がすばらしい。ちょっと読みづらいけど、必要なことがちゃんとまとめてある。
ふむふむと頷いていると、信秀様は「おや、」と言葉を切った。
「信長はともかく、君も私の言っていることが理解できるんだね?」
「?ええ。後継者については、総合的に判断されるんですね。この表を見ると、信長様は総合値は信行くんと同じくらいなのに、家臣からの信頼度がない。それが現状の問題点ですね」
「総合的?そう、いい言葉だね。それ、使っていこう」
何が戦国時代にない言葉なのかよくわからないので、私はたびたび、新しい用語を作ってしまっているらしい。
信秀様は筆で書き込みながら、信長のところに何やら線を書き足している。
「さすがは、斎藤道三の娘というところか。これは、いいものをもらってしまったね」
「だから言ったろ、蝶はすごいヤツなんだって。ジイもオヤジも、ぜんぜん聞かないんだもんなあ」
信秀様は「すまないすまない」と軽く笑っているけれど、これは、褒められているのだろうか……?
「ああ、ごめんね帰蝶ちゃん。こうやって考えをまとめずに話してしまうから、いつも家老達に怒られるんだ。この子以外の息子も妻も、理解できないって顔をするんだよ」
「いいえ。とてもわかりやすかったです。信長様は跡を継ぎたいなら、もう少し頑張らないとね」
「俺は別に、どっちでもいいけどなー」
「そうなの?」
てっきり、漫画やゲームに出てくる織田信長と同じように、野心バリバリで目的のためならどこでも火の海にしたい派なのかと思ってた。
でも言われてみれば、戦に駆り出される日以外は毎日遊んで食べて寝て遊んでるもんね。
なんでそれだけであんなに強いのか。私なんていまだに毎日素振りと腹筋してるのに。
信秀様はヤル気のない息子に苦笑しながらも続ける。
「こういうのはね、本人の気持ちは関係ないものなんだよ。我が子ながらそこをわかっていないのがね。ところで帰蝶ちゃんは、どっちに入れる?」
「え?」
「勝家なんかは、きっぱり信行がいいって言ったよ。ついでに妻も。はは、お前本当に皆に嫌われてるね。お前に票を入れた家臣は政秀くらいだ」
票の内訳を全部は教えてもらえなかったが、さっきの資料を見るに、本当に平手のじいやさんくらいしか入れてないのかもしれない。
ここで私が信長に清き一票を入れたところで、何か変わるようには思えないけど……。
「まあ、君は立場的に信長かな」
信秀様に促され、あらためて考えてみる。
そりゃあ、夫が大きい家の後継ぎになれば、私の生活も安泰かもしれないけど、今だって一城の主で生活は安定してる。
毎日鍛錬したり料理をしたり、信長くんの乳兄弟や小姓の男の子達をバッタバッタなぎ倒したりしていて楽しいから、今の生活が続くなら問題ない。
でもそれよりなにより、兄弟同士で揉めないでほしい。
「そうですね……私は、どっちでもいいです」
信秀様は一瞬片方の眉を上げて、「お?」という顔をした。
怒られるかもだけど、ここは素直に私の気持ちを伝えておこう。
「今日来たのも、信長様が父上に会いたがっていたからで、後継ぎについては私は、どうでもいいんです。本人もどっちでもいいと言ってますし。それより……兄弟仲よくやれる方法を、義父上にも一緒に考えてほしいな、って」
織田親子は、私がとりとめなく話す間も、静かに聞き入ってくれている。
信長は変な子だが信秀様も、不思議で面白い人だ。
きちんと話したのは初めてなのに、心の内を全部話してしまう。そんな雰囲気がある。
「今後天下を取るにしても、兄弟ゲンカはあまり……」
「ん?」
「天下?」
あっ、この反応。もしかしてまた戦国時代にない言葉だった!?
「あ、えーと、天下っていうのは一番になるっていうか、全国統一っていうか?」
「いや、天下はわかるよ。そうじゃなくて、天下を取る?この子が?」
肯定すると信秀様は声を出して笑って、そしてむせた。端にいた侍女のお姉さんが、急いでお水を持ってくる。
私、そんな変なこと言った?戦国大名って、みんな天下狙ってるんじゃなかったんだ。
「蝶、俺が、天下取れるって思ってるのか?」
むせながら笑ってる父をよそに、信長はまっすぐ私の目を見て問う。
未来を教えてしまうのはよくないかもしれないけど、このくらいはいいだろう。
どうやら、お義父様の反応を見るに、今「天下を取りたい」とか言っても、小さい子供が「将来の夢は総理大臣!」くらいのたわいなさにしかとられないようだ。
「ええ。取りますよ、天下」
言った瞬間、目の前の瞳がはじめて見る色になった。
あれ……もしかして、私、また余計なこと言っちゃいました?
次回でお見舞編ラストです。ちなみにこの間、護衛と爺やさんは部屋の外で待機中です。
いつも評価やブックマーク等、ありがとうございます!励みになります。




