41話 お見舞いするにも一悶着でして2
「おや、兄上に義姉上。これはこれは大っっ変お久しゅうございますね」
本邸の長い廊下に現れた、出会いがしらからさっそく嫌味な言い回しの織田信行くん。と、その後ろにお目付け役?の、いつも一緒にいる柴田勝家様。
この末森城は信秀様の居城であるのと同時に、家督争いの敵対勢力である「信行派」の本拠地でもある。
だから、こうやって会ってしまうのは想像していたことだけど……
「ユキ!久しぶりだなあ!元気にしてたか?もう一人で厠へ行けるようになったか?あ、今は勝家がいるから大丈夫か!」
挨拶だけしてスルーすればいいのに、信長はわざわざこうやって嫌味を数倍にして返す。これ、天然だからなあ。やっぱ天然ものは違うわあ。
昔はこれで取っ組み合いの喧嘩になったり、ユキくんが大泣きして終わってたらしいんだけど、今はそれなりに大人になったので、良くも悪くも喧嘩をしなくなったそう。
今も、信長に背中をバシバシ叩かれても眉間に皺を寄せ耐えている。弟なのに、大人だ……。
ユキくんこと織田信行くんは、信長のすぐ下の弟で、たしか、お母様が同じって言ってた。のわりには、あまり似ていないというか、派手な見た目の兄と比べると少し地味な印象の男の子だ。
ゆるく癖のある髪、兄と違って線の細めのお顔に、ちょい目つき悪め……なのは私たちが嫌われてるせいか。
普通にしてれば聡明な若君と評判なのに、兄相手にはどうもムギーッとなってしまうらしい。
ま、これも信長くんの天然発言が悪いんだけど。
「義姉上も、お元気そうでなによりでございます。ご体調が芳しくないと聞きましたが、このようなところへ来ていてお体はよろしいのでしょうか」
顔がひきつったままのユキくんは、兄を無視して私へ向き直り、いや~なかんじの笑顔を向けた。
これは超変換すると「どーせ妊娠なんかしてねえんだろ。何しに来たんだか知らねえが、さっさと帰れクソ兄貴のクソ嫁!」みたいなところかしら。すっかり私も敵認定されている。
「ええ。本当はわたくしも体調が良くなくて、今も少し吐き気がありますけど、お気になさらないで。殿方にうつるものじゃありませんの。本日は、義父上に急ぎお伝えしたいことがあって、お見舞いがてら夫と登城いたしましたのよ」
ホホホ、と扇子で口元を隠しつつ笑えば、久々の悪女帰蝶のご登場だ。
言外に「妊娠してます」を含ませているようで、一切嘘は言ってない。顔色が悪いのは悪阻ではなく乗り物酔いだもん。誰にもうつらないもん。
ユキくんに恨みはないけれど、私にも嫌味を言うのなら、それなりに牽制はしておかないとね。
効果はなかなかだったみたいで、妊娠の噂をウソだと信じていたらしきユキくんは「マジだったのかよ」と顔に出して怯んだ。
「まあまあ、こんな廊下でゴタゴタするのぁやめましょう信行様。兄上殿に怒ったところで、余計な体力使うだけですよ」
そんなに広くない廊下でごったごたしていた私たちの間に入ってきたのは、さっきまで黙って聞いていた勝家様。
会って話したのは数える程度なんだけど、私は少し、この人が苦手だ。なんでだろう。
筋肉質で強そうな見た目どおり、戦場に出ると勇猛果敢。兵や民たちの信頼も厚い。イケアニキって感じなのだそう。
私が苦手とする要素は、そうないはずなんだけど。
「帰蝶様も、おっしゃるとおりお顔の色が悪いじゃねぇですか。お館様は奥の部屋におりますから。さっさと見舞っていかれたらどうですかぃ」
いつもは彼も兄弟ゲンカを微笑ましげに傍観してるけど、今日に限っては態度が悪い。本当に、さっさと帰ってほしいんだろうな。
おかげで、私に敵意を向けるヤツがいると目が怖くなる十兵衛が、後ろで彼らを睨み付けているのが、見なくてもわかった。
稲葉山城でワガママしすぎて嫌われキャラだった私が言うのもなんだけど、信長ももう少し、周りからの評価を顧みた方がいいと思うわ。
信行くんはフンと大きく鼻を鳴らしてから、勝家に言われたから仕方なく、と言った態度で端に避けてくれた。
「父上に何を吹き込む気か知りませんが、そっちと違って本当にご体調が悪いんだ。短く済ませてくださいよ!まあ、ご聡明な兄上におかれましては、ちゃあんとおわかりだとは思いますけどね!」
「そうか。ありがとな、ユキ。またな!」
「いいかげん、変なあだ名で呼ぶなー!」
信長くんの「変なあだ名呼び」は、言っても治らないのよね。十兵衛はもうあきらめてたよ。
こっそり振り返って見ると、イライラブチ切れ寸前って顔を赤くしているユキくんの後ろで、勝家様が声を出さずに笑っていた。あれは、どっちの味方なんだ。
ところで柴田勝家って名前聞いたことあるよね。前世で。
なんだろう戦国最強?は違うか……でも強そうだしあとで二つ名とか聞いてみよう。
こういう情報って意外に重要。実の父の本名は知らなかったけど、美濃のマムシって聞いたらわかったくらいだもんね。
信行くんは……歴史上の人物としては実は聞き覚えがない。信長の弟って有名そうなもんだけど。
「……あの方は駄目ですね。城主が真に体調が悪いことを、あんなに堂々と……」
「そ、そう?私はけっこう好きだけどね……信長様もたぶん」
十兵衛が、他に聞こえないよう耳打ちしてくる。
戦国時代ってのは色々駆け引きがあるらしい。
でもそんな駆け引きとか家督争いとか関係なく、信長自身は弟のことが好きなのだ。
会った途端にウザったくつっかかっちゃうくらいには。
こう大きい家だと、相続争いで兄弟仲良くってのはやっぱ難しいのかな。
まあ、斎藤家も兄妹仲良いと思いきや、結婚前に当主と真剣で斬りあって覚悟を試す、謎の風習があるしね。
斎藤家の謎の風習は、小蝶(帰蝶)にしかやっていません。本人が風習だと思っているだけです。
次回、ようやくお見舞いします。織田信秀様も出ます。




