37話 織田信長と明智光秀を監視しておりまして
月曜から金曜まで働いてアプリゲームで石を砕き、土日は無料配信の漫画を読む日々を過ごしていた私は、ある日、寝て起きたら転生していた。
きっと、なんの特技も技能もない、ただのOLだった私を憐れんだ神様の気まぐれだろう。
まるで悪役令嬢転生のような、「高貴な身分の姫」「美少女」「親同士の決めた婚約者あり」「さらに婚約者も高貴な身分」というハイスペック転生をキメてしまった。
それが普通の異世界転生とちょっと違ったのは、舞台がよくある中世ヨーロッパ風の世界ではなく、日本の戦国時代だったということ。
そう、戦国時代。
歴女でもなく、日本史知識皆無な私は、おかげで気づくのに10日くらいかかってしまった。
私は、前世の時代では「美濃のマムシ」とあだ名されていた有名武将・斎藤道三の娘。
さらに「第六天魔王」「尾張の大うつけ」などと呼ばれるSSRカリスマ武将・魔王織田信長の婚約者・濃姫だったのだ。
魔王はいるのに魔法はない。
そして私は現代知識はあるけど、歴女ではない。
日本史の知識が……まるでない。
唯一知ってる歴史といえば、私の夫となった織田信長は、家臣だった明智光秀の手により、本能寺の変で死ぬということ。
何年後かは知らない。理由もよくはわからない。
といった、小学生レベルの知識。
だけどだらだら結婚して言われるがまま子供を産んで、史実通り信長と本能寺で焼死……。完。
なんて、絶対嫌だから、魔法やチートがない中でできるかぎりのことをした。
前世の記憶を思い出したのが、まだ9歳という幼少期でよかったと何度も思った。
筋トレして腕力つけて、剣術習って大人の男顔負けの女剣豪になってやった。
すべては、歴史が本能寺の変へ行く前に、明智光秀を倒してバッドエンドを回避するためだ。
夫を護れば私は安心安泰!天下人の妻として悠々自適に長生きできるぞ!
と思ったのに、明智光秀は弟のようにかわいがっていた幼馴染だった……。完。
戦国時代の幼名だか諱だかの制度に疎かった私は、明智光秀と気づかぬまま、彼を少年期から守って囲って育てあげ、文武両道、冷静沈着、眉目秀麗、気遣いもできて心優しい完璧なSSR明智光秀にしてしまった。
ついでに織田信長の方は、こいつは強いらしいから死なないだろうと放っておいたら、サイコパスホロレアリティ武将(属性:炎、クラス:バーサーカー)になっていた。
そして現在、天文20年(西暦だと何年かは知りません。すみません)。
私、斎藤帰蝶は中途半端な現代知識を持ったまま、16歳になった。
「……っく、……はっ」
「あっまだ、はやいって……だめ……」
自由に撓り躍動する筋肉。どこまでも伸びるんじゃないかってくらい長い手足。
吐き出すたびに熱くなる吐息。ほとばしる汗すらキラキラして、夜の揺れる灯りを受けて光っている。
男の子って、いいな。
私も男子に転生したかった……と言わないまでも、こうも間近で見せつけられると、少しは羨ましいと思ってしまうのは仕方がないと思う。
カコンッ、と、木の当たる乾いた音が大きく響いて、思考が戻された。
「あーあ……だから、前に出るのは早いって言ったのに」
と言ってもかなり集中してた二人には、外野の声なんて届かなかっただろう。
信長に首元を取られた十兵衛は、短く息を吐き出しながら、がっくりと木刀を下ろした。
初夜の日に「良いものをお見せします」と甘い言葉で誘い出し、のこのこ現れた信長を十兵衛と二対一で斬ってやろうとしたのだが、信長の圧倒的強さに、私たちは膝を折ることしかできなかった。
美濃では同年代の男子にも負けなかった。大人の武士に膝をつかせることだってできてたのに。あんなに土を味わったのは、生まれてこのかたはじめてのことだった。
同じく負けた十兵衛も私もあまりにも悔しくて、それ以来、信長くんが夜に来れる日はこうして二人平等に稽古をつけてもらっている。
初日に真剣でやりあったら柱や庭木をザクザクにして怒られたため、普通に木刀で。
「でも、まだまだ勝てないわねえ」
肩で息をしている十兵衛に対して、信長は軽くふぅー、と吐き出した程度だ。この強さは、天性のものだろうな。
成長すればワンチャンあると思っていたけど、私たちが成長すれば同じく成長期の信長も同じかそれ以上に成長した。
勝てるはずもなかった。
「十兵衛、どうする?今日こそ二対一でやってみる?一太刀くらいいけるかも」
信長は実は十兵衛と一戦交える前に私とも打ち稽古をしている。のに、この体力。
汗を拭く用の手ぬぐいを渡すついでに、悔しさを顔に描いたままの十兵衛に耳打ちしてみた。
ぶん、と音がするくらい首を横に振られる。
「そんな卑怯なことはしない。正々堂々と、あの暴君に勝ってみせる」
やっぱ、男の子っていいね!
昔はあんなに儚げ美少年で弱々しかったのに、すっかりかっこいいじゃない!
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