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33話 花嫁は織田信長をぶん殴りたくて2

 問われた少年は、大きな目をさらに開き、私をしっかり見据えて離そうとしない。

 獲物を見つけた時の猫の目だ。

 面白いものを見つけた、と、顔に書いてある。

 わかりやすいようで、内面がいまいち掴めない。

 その形のよい薄い唇が開くのを、私もぜったいに逃さないように見つめた。



「会いたかったから」


 

 答えは、私が拳を固める理由には充分だった。


「十兵衛!」


 どうせついてきているだろうと思っていた従者へ声をかけると、想像よりも近くにいたらしい。木の陰から少年が飛び出してきた。

 私が差し出した手のひらめがけて、持っていた刀を鞘ごと放ってくれる。

 義龍兄上に譲ってもらった、打刀。私にも十兵衛の背丈にもまだ少し大きいけど、きちんと練習してきたから、充分に振れる。

 花嫁装束であっても。


 ヒュ、と、鞘から抜いた勢いのまま振った刀は、(くう)を掻いて終わった。

 こんな至近距離で避けるとは思わなかったけど、少しだけ、避けられるんじゃないかとわかっていた。だから全力で斬った。

 ほぼゼロ距離で避けるために、信長は上体を思い切り反らして、すぐに戻した。後ろに跳んでもよかったのに、自分の柔軟性とバネを見せつけるかのように。なんてイヤミな。

 たぶん、退()く気がないことを、私に示したいんだろう。


「会いたかったからって、どういう意味?」


 丸腰の少年を何度も斬りつけるのはよくないと思いながらも、私の卑怯な剣はまったく当たらない。

 横に、前に、捻って、跳んで、避けられる。

 私の剣筋は「迷いがなければ確実にうちの大人どもより速い」と、兄上にお墨付きをいただいたのに。


「ん?城下を燃やしたら、蝶に会えると思ったから」

「え?」

「だって、元服したって伝えたのに、ぜんぜん嫁に来るって連絡ないからさ~。ジイに言ってもオヤジに言っても、待てとしか言わないし。だったら俺が行って、燃やすしかないだろ?」


 いや、燃やすしかないってことは、ないでしょ。

 少年は私の刀をひょいひょい避けながら、「実際、燃やしたらお前に会えたしな!」ととても嬉しそうに付け足す。


「でも、家を燃やされて、怪我人が出るとか思わなかったの?」

「ん?だから先に避難させたぞ。怪我人、出たのか?」

「出なかったけど……そんな、私に会いたいとか、本当にそれだけの理由?」

「おう!」


 や、ヤベーやつ(サイコパス)だ!


 歯を見せて笑う少年は、罪悪感などひとかけらも持っていない。

 悪戯が成功した程度の軽さだ。

 たしかに怪我人は出なかったけど、家やお店を燃やされた人は住むところを奪われて、精神的ダメージ大だ。

 それに、斎藤家は通算2回も城下町を燃やされて、経済的ダメージも大!

 1回目は戦術の一環だったから「しょうがない」のムードだったけど、2回目は関係なかったのがわかって、ヘイト溜まりまくりだ。

 建物を燃やすのって、戦国時代でも悪いことじゃないっけ?


 誰か、大人が教えなかったのだろうか。倫理とか。

 いや、あのじいやさんなら教えてる。織田の、信長のお父様は名君だと噂されているくらいだし、教えてもらってる。

 さっき見た町の人だって、みんな城主親子を慕ってた。てことは、この子はそんなに何も知らない暗君(うつけ)じゃないはずだ。


 戦国時代という、戦乱の続く時代に生まれ育ったからじゃない。

 織田家の嫡男として生まれたからとかじゃ、ない。

 私がこの時代で出会ってきた誰とも、倫理観が違う。


 木陰から出てきた十兵衛が、「こいつ斬りますか?」って目で見てる。

 だめだめ、処さない処さない。


 実は、事前に、輿に乗って少ししたあと(私が酔い散らかす前)に、十兵衛にはこの問いをすることを伝えていた。

 織田信長に、あの時の焼き討ちの真相を聞くこと。

 答えによっては、信長を斬る考えもあること。

 反対されると思ったが、なぜか同意はせずに、しかも私の刀を預かってついてきてくれた。

 彼もきっと、あれがおかしいことだと思っていたんだ。


「城下町を燃やしたら、私が怒るとか、思わなかった?」

「えっ怒ったのか?ごめん!そういやあのあと皆にすんごい怒られたもんなー。俺、ジイにいっつも言われるんだよ。人の心を知れって」

「……怒ったわよ。二度と、人の故郷を燃やさないで」

「わかった!蝶の故郷は燃やさない!」


 これ、私の故郷以外は燃やすなー……。

 初対面の鯉食べたい会話の時も思ったけど、人とちょっと感覚がズレているのかも。

 私のひとつ上と聞いていたが、年齢より幼い思考をしている。

 私も他人(ひと)のこと言えないおこちゃまメンタルなんだけど。……てことは、うまくやっていけるかな?


 押しても感触のない問答に疲れたので、一回もかすりもしなかった刀を鞘におさめた。


「信長……様。私のことが、そんなに好きなの……?」

「?おう!」


 屈託のない笑顔。

 夕日になりつつある太陽を翳らせるくらい眩しい。

 彼がアイドルだったら、推してる(今世二回目)。


 ちょっと納得いかない理由だったけど、刀を振り回したおかげか、私の怒りはおさまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おおう……物凄いサイコパス……いや、サイコパスよりアスペのが近いのかな 確かに信長って逸話とか見てるとそういうトコあるけど……
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