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31話 花嫁は明智光秀と旅立ちまして

「明智十兵衛光秀、この命のすべてを、貴女のすべてのために」


 キザったらしい、少女漫画のイケメン騎士が言いそうなセリフを、まさかこの戦国時代で聞くことになろうとは。


 しかも、私が言われる側とは。

 てか、彦太じゃん?

 あなた、明智彦太郎じゃん?

 なに言っちゃってるんだろう、と一瞬(10秒くらい)フリーズして、それから大声が出た。


 明智十兵衛光秀!って、明智光秀か!!?



「むり!無理ムリむり無理!!!」


 お見送りに出てきた全員がドン引く声である。

 口を開けすぎて、せっかく塗ってもらった紅が取れた気がする。いいや、どうせ向こうに着いたら直すんだし。


 いざ出発、と正門前にて、護衛をしてくれるという美少女剣豪・柳生十兵衛ちゃんにご挨拶をしようと思ったら、大人と同じ武具をつけて刀を腰にさげた彦太がいた。

 あ、もしかして正装してお見送りに来てくれたのかな?なんて嬉しくなって近付くと、妙にかしこまった挨拶をされた。


 (うやうや)しく(こうべ)を垂れて。

 忠誠を誓う騎士のように。


 明智十兵衛光秀、と名乗ったということは、元服して明智光秀になったってこと?

 だから、戦国時代!名前ころころ変えるのやめてって何度も言ったのに!


「み、みみみみ光秀になったの!?彦太!?」

「はい。今日からはそうお呼びください、小蝶様」

「昨日は、元服まで斎藤家(ここ)にいるって言ったじゃない!?」

「ええ、ですから昨日、利政様へお願いして、元服いたしました。これで尾張へお(とも)できます」

「なに超高速元服してんのよ!?もっと前準備とか、色々いるもんじゃないの!?」

「貴女の輿入れが高速だからですよ」

「ンギェーーーーー!!」


 言葉が返せなくなって、とりあえず空に向かって奇声を発した。

 雲一つない、澄んだ空だ。かすかに雪解けの湿気をはらんだ空気が冷たい。

 お見送りに来てくれたらしい兄上達が全員、遠い目をしてる。はやく終わらないかなって顔だ。


 彦太の姓が「明智」なのは知っていた。

 でも、この辺身内ばっかりで、同じ苗字の人なんていっぱいいるから、そういうこともあるのかなって、そんなに気にしていなかった。

 三好姓とか長井姓もいっぱいいるし、斎藤姓なんてありふれてる。


 それに、明智光秀って織田信長の部下になるんでしょ?てっきり、10歳くらい年下なのかなって思ってた。

 部下になるくらいだから尾張に住んでる明智さんなのかな~って思って。お嫁に行ったら探し出して、まだ子供のうちに対処すればいいやと思っていたのだ。

 そういう勝手な解釈で、私は彦太を明智光秀になり得る者から除外してしまっていた。


 それが、まさか、

 あーーーーーーっ!

 敵は本能寺にあり!じゃないじゃん、ここにいたじゃん!


「む、無理……信長のところに光秀連れてくとか、無理!」

「なぜでしょうか。利政様にはおゆるしをいただきましたが」

「ともかくダメ!尾張へ行くのだけはゆるしません。織田信長に、あなただけは近づけさせません!」


 つられて敬語になってしまう。

 なんか、調子狂うなー。


 何度「駄目」と言っても「ついてく」の一点張り。

 この子、こんなに頑固な子だったかな?って思ったけど、いや、けっこう融通聞かないところあったわ。土蔵で暮らす事件とか。


 正装した少年少女が、嫁入り道具一式を積んだ荷馬車の前で押し問答をしているせいか、なんの騒ぎだと城外からも見物人が集まってきてしまった。あああ……


「小蝶、そろそろ出ないと、今日中に向こうにつけんぞ!」


 ああああ!

 父上、さっきまで泣いてたくせに、なんで急にさっぱりした顔してるのよ。止めてよ!

 何、彦太とサプライズに加担しちゃってんのよ!


 時刻はまだ朝だけど、昼過ぎには向こうについてなきゃいけないから、たしかにもう出ないといけない時間だ。

 太陽はじりじり城門の上を通ろうとしている。


「じゃあ私も名前変える!!」


 見送り一同が、目を丸くしてこっちを見た。

 勢いのまま、みんなに向かって叫ぶ。


「私はこれより、斎藤帰蝶(きちょう)を名乗ります!ぜったい、美濃へ帰ってきますから、それまで美濃を豊かにしておいてくださいね!」


 今になってみれば、なぜこんなことを言ったのか、自分でもよくわからない。

 勝手に史実通りに動く周りの状況に、ヤケになったとしか思えない。


「それでは、また会う日まで!」


 勢いのまま用意されていた輿(こし)に乗りこみ、すぐに「出して!」と近くにいた担ぎ担当さんにお願いした。

 彦太……十兵衛は慌てて輿の窓に寄って来る。


「小……帰蝶様、こんなお別れで良いのですか?義龍様も……」 

「ついてくるなら、敬語はやめて。名前が変わっても、あなたは私の幼馴染でしょ」


 敬語丁寧キャラが様になってるのがまたムカつくのよね。

 はじめて会った時は私より小さかったくせに、今はちょうど同じくらいの背になった。もともと俯きがちだったのが、自信がついてきちんと背筋を伸ばすようになったのもあるだろう。


 男の子だし、きっと、すぐに私を追い越す。

 それから、年末に私が義龍兄上と真剣稽古をしてすぐあとに、一本取られた。(普通の竹刀でだけど。)

 これは、ちょっとくやしくて、ちょっと嬉しい。

 この子は約束どおり、私と強くなってくれたんだ。


「ごめん……十兵衛。本当はついてきてくれて嬉しい。ありがとう」

「僕も、帰蝶と一緒に行けて嬉しいよ。ちゃんと、君のこと護るから」

「うーん、それはいいや」

「ええっ!」

「だって、まだ私の方が強いもん。私があなたを護ってあげるわよ」


 かっこつけたつもりでしょうが、そうなんでも思い通りになんてさせてあげない。


 彼が明智光秀になるのなら、本能寺の変を起こすのなら、離れない方がいい。

 魔王・織田信長から、私が護ってあげなきゃ。


 そうしたらえっと……歴史ってどうなるんだろう。

 今まで、ただ本能寺の変(バッドエンド)を回避したいって気持ちだけで、回避したらどうなるのか、ってのを考えたことなかったな。

 とりあえず、この子が本能寺の変を起こさないように、見張っておこう。

 起こしそうになったら、私がこの鍛えた筋肉のすべてをもって、殴って(物理で)止めよう。それ以外思いつかない。


 揺れる輿の窓から、十兵衛の横顔と澄みきった青空を見て、新たに決意を固める。

 よし、本能寺の変回避、明智光秀が横にいるけど、がんばるぞ。







「…………はあ。儂、隠居しよ」

「は?」

「父上?」

「小蝶ちゃん……帰蝶がいない美濃に興味ないし。義龍、あとはお前にまかせる」

「はあ!?」

帰蝶(あのこ)が帰ってくると言ったんだから、帰ってくるだろう。家督はお前に譲る。儂は寺にでも入る。帰蝶が帰ってきたくなるよう、できるかぎり美濃を豊かにしておけ」

「家督を譲るにしても急すぎんだろ、糞親父(クソオヤジ)!」

「おめでとうございます兄上」

「よかったですね、義龍兄上!」


 出発後、父と兄達の間でそんなやりとりがされていたとはつゆ知らず、私は輿に揺られていた。

 花嫁行列よろしく、鈍行にて優雅に、豊かな美濃の景色を目に焼き付けながら。


 このあと、想像を絶する苦痛に襲われるとも知らずに。




 ***


 こうして、蝶よ花よとかわいがられたお姫様は、

 隣の国へ嫁いでいきました。


 ***

まだ続きます。次こそは成長した信長くんが出ます。

いつもご感想等いただきありがとうございます!

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