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149話 燃える延暦寺にて

※前半は帰蝶視点。後半雷鳴視点です。


 木の()ぜる音、人々の逃げ惑う声。

 悲鳴と同じ温度の熱風を全身で浴びながら、私はその炎をただ見つめていた。

 焚き火って、見ているとぼーっとしてしまう。林間学校のキャンプファイヤーとか。怖さもあるはずなのに、見ているとあったかくて、とろりと脳がとけてしまうのだ。


「炎って、綺麗よねえ……」

「姫さん、ヤバいっスよその発言」


 逃げ出て来た僧を斬り捨てながら、秀吉くんが隣で苦笑いした。

 自分が今“光秀”であることを忘れていた。炎を見ていると昔のことを色々と思い出してしまう。

 目を閉じて、ヂリリとする熱さは瞼の裏に留めた。


 その熱さに耐えながら、目を開いて、刀を抜く。今は戦場だ。泣き虫なお姫様はいない。







 *******



 燃える寺を見ながら、雷鳴は歓喜に近しい声を上げた。

 あの炎の中にいるのは、以前対峙(たいじ)した男だ。間近で見た自分が間違えるわけがない。

 凛とした(たたず)まい。流れるような黒髪。人を殺すのに似つかわしくない、涼しげな(おもて)


「ほんとに、生きてた……っいて!?」


 後ろへ守っていたはずの顕如(あるじ)に、思い切り頭を叩かれた。大きな手のひらと雷鳴より高い背から振り下ろされると、とても痛い。


「いってーな!なにするんだよ!?」

「明智十兵衛光秀生きてるじゃねえか!お前、はじめて殺しをしちまったって、泣きながら帰って来た癖によ!どういうことだ?ああ??」


 顕如の怒りはもっともだが、雷鳴にもそれはわからなかった。

 明らかに助からない量の血を出していた。助かったとしても、今、ああして戦場に立てる身体でいるとは思えない。

 深々と突き立てた刃を思い出して、その横にいた、自分の腹に槍を突き立ててくれた女を思い出した。

 炎を見つめるのは、寒くなるあの目だ。


「あ、わかった、あれは帰蝶だ!」

「は?」

「帰蝶が変装してんだよ。あいつら、似たような顔してたんだ!そうだ、うんうん。そうに決まってる!」


 頷き、同意を求めて横の男を見上げる。

 顕如はその大きな口元に手を遣り女を見つめながら、はじめは目を見張っていたが、やがて唇の方をゆがめた。


「お前時々、面白ェこと言うなァ」


 帰蝶は、男である雷鳴よりも背が高かった。男装をしても、そこまで見劣りしないだろう。もとより、あの美貌だ。整った容姿というものは、男女を問わないものだ。たくさんの人間を見てきた雷鳴には、わかる。

 そしてそれは、顕如もだ。


「あれが(まむし)の娘、帰蝶か……」


 顕如の整った顔が歪んでいる。いつになく嬉しそうだった。

 気に入った女を見る時の笑みだ。


「まあ、男か女かは、ひん剥いてみりゃ、わかるだろ」

「お、また攫うのか?それとも、今度こそ殺しか?」

「お前はその前に、もう少し殺しの度胸を磨け。今のままじゃ、帰蝶にも光秀にも負けるだろーが」

「なんだよ、おれだって腹に一発くらったんだ。返す度胸くらいあるさ!それよりいいのかよ、殺生はいやなんだろ?」

「いいや。ここまでされたら、織田を滅するまで終われねぇよ。御仏(みほとけ)()に手を出したんだ、バチを当ててやらねぇとなぁ?」


 舞い散る火の粉が、払わずも彼を避けていく。


「次こそ失敗すんなよ?雷鳴」


 名を呼ばれて嬉しそうに、猫は喉を鳴らした。

次話は明日0時に更新いたします。

第二部完結です。

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