149話 燃える延暦寺にて
※前半は帰蝶視点。後半雷鳴視点です。
木の爆ぜる音、人々の逃げ惑う声。
悲鳴と同じ温度の熱風を全身で浴びながら、私はその炎をただ見つめていた。
焚き火って、見ているとぼーっとしてしまう。林間学校のキャンプファイヤーとか。怖さもあるはずなのに、見ているとあったかくて、とろりと脳がとけてしまうのだ。
「炎って、綺麗よねえ……」
「姫さん、ヤバいっスよその発言」
逃げ出て来た僧を斬り捨てながら、秀吉くんが隣で苦笑いした。
自分が今“光秀”であることを忘れていた。炎を見ていると昔のことを色々と思い出してしまう。
目を閉じて、ヂリリとする熱さは瞼の裏に留めた。
その熱さに耐えながら、目を開いて、刀を抜く。今は戦場だ。泣き虫なお姫様はいない。
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燃える寺を見ながら、雷鳴は歓喜に近しい声を上げた。
あの炎の中にいるのは、以前対峙した男だ。間近で見た自分が間違えるわけがない。
凛とした佇まい。流れるような黒髪。人を殺すのに似つかわしくない、涼しげな面。
「ほんとに、生きてた……っいて!?」
後ろへ守っていたはずの顕如に、思い切り頭を叩かれた。大きな手のひらと雷鳴より高い背から振り下ろされると、とても痛い。
「いってーな!なにするんだよ!?」
「明智十兵衛光秀生きてるじゃねえか!お前、はじめて殺しをしちまったって、泣きながら帰って来た癖によ!どういうことだ?ああ??」
顕如の怒りはもっともだが、雷鳴にもそれはわからなかった。
明らかに助からない量の血を出していた。助かったとしても、今、ああして戦場に立てる身体でいるとは思えない。
深々と突き立てた刃を思い出して、その横にいた、自分の腹に槍を突き立ててくれた女を思い出した。
炎を見つめるのは、寒くなるあの目だ。
「あ、わかった、あれは帰蝶だ!」
「は?」
「帰蝶が変装してんだよ。あいつら、似たような顔してたんだ!そうだ、うんうん。そうに決まってる!」
頷き、同意を求めて横の男を見上げる。
顕如はその大きな口元に手を遣り女を見つめながら、はじめは目を見張っていたが、やがて唇の方をゆがめた。
「お前時々、面白ェこと言うなァ」
帰蝶は、男である雷鳴よりも背が高かった。男装をしても、そこまで見劣りしないだろう。もとより、あの美貌だ。整った容姿というものは、男女を問わないものだ。たくさんの人間を見てきた雷鳴には、わかる。
そしてそれは、顕如もだ。
「あれが蝮の娘、帰蝶か……」
顕如の整った顔が歪んでいる。いつになく嬉しそうだった。
気に入った女を見る時の笑みだ。
「まあ、男か女かは、ひん剥いてみりゃ、わかるだろ」
「お、また攫うのか?それとも、今度こそ殺しか?」
「お前はその前に、もう少し殺しの度胸を磨け。今のままじゃ、帰蝶にも光秀にも負けるだろーが」
「なんだよ、おれだって腹に一発くらったんだ。返す度胸くらいあるさ!それよりいいのかよ、殺生はいやなんだろ?」
「いいや。ここまでされたら、織田を滅するまで終われねぇよ。御仏の徒に手を出したんだ、バチを当ててやらねぇとなぁ?」
舞い散る火の粉が、払わずも彼を避けていく。
「次こそ失敗すんなよ?雷鳴」
名を呼ばれて嬉しそうに、猫は喉を鳴らした。
次話は明日0時に更新いたします。
第二部完結です。