148話 焼き討ちイベントをいたしまして2
延暦寺の偉いお坊さん方に囲まれて、私はヨヨヨと泣き崩れていた。
整った白い頬に、涙の筋をきらりと光らせる演出も忘れない。
「わが夫、織田信長はおそろしい男です……!敵を匿ったという疑いだけで、女も子供も!すべて焼き払うつもりです!」
もちろん演技なのだけど、坊主と言っても女の涙に弱い……のか、単純に帰蝶が美人だからか、ぽろぽろと涙を流す演技派女優の私に、全員が聞き入る姿勢を見せてくれた。
話を聞いてもらえないというのが一番困るから、この格好で来たので正解だったようだ。
「しかしですな、奥方殿、此方にはそのような者はおりません」
この人が延暦寺の宗主だろうか。唯一私の涙にのまれず、唇を真一文字にしている。
「まあ、朝倉殿はおりませんと?」
「ええ、もちろんです」
「女子供も、おりませんの?」
「も、もちろん。ここは御仏に仕える者が功徳を積む場です。女がいては修行の妨げになります。厳しい修練に耐えられぬ童など、おるわけがありません」
「まあ、そうですか!それならば、良かった!」
悲壮感のある涙顔から一転し、ぱあ、と花の散るような笑顔をあげる。
皆、ドキリと効果音の出るような顔で多かれ少なかれ頬を染めていた。女性に慣れていない反応とも取れるが、これは違うだろうな。私を騙していることへの罪悪の顔だ。
「もし女性や子どもがいれば、わたくしの方で匿おうと思いましたが、安心いたしました。見たところ、こちらは本当に厳しい修行を積むための厳粛な地。女など一人もおりませんものね」
クスリと微笑んで彼らを脅してから、私達は寺を後にした。
言いたいことは言った。あとは、彼ら次第だ。
「ふーん、じゃ、女子供はいなかったんスか」
「そんなの嘘に決まってるじゃない。女性ものの襦袢が干してあるのを見つけたし、洗い場まで綺麗で男だけで生活しているようには見えない。女人禁制のはずなのに、私と日奈の顔を見て喜んで入れてくれたわ。先に素性を言ったのもあっただろうけど、本当に厳しいお寺なら、女子ってだけで門前払いする方が普通よ」
「ま、でしょうね。昨今の寺は腐敗しきってて、山寺に女連れ込んで僧共が豪遊してるなんて、どこでも聞く話っスからね」
一旦山を下りて、秀吉くん達と合流。日奈は山道の往復と敵地へ連れまわされたことでかなり疲れていたが、まだ足取りはしっかりしている。このあとは、天幕の中で休んでいてもらおう。
「それを確かめるために、わざわざ帰蝶の姿で行ったんだ。やっぱ女子供、いるよね……」
「ええ。織田の男が行っても、話なんて聞いてもらえないし、中の様子も見せてなんてくれないと思って。一応先に逃がせと言っておいたから、あの反応なら逃がすでしょう。逃げないのなら、仕方ないわ」
さて次の着替えだ。
そのままポイポイと脱ぎそうになって、慌てた侍女達に止められて気づいた。まだ男の兵のみなさんがいた。
この一人二役、男女の区別が余計に曖昧になってよくないな。
「秀吉くん、私、着替えて光秀モードになるから、その間に準備お願いね!」
私の行動に滅多に動じない秀吉くんも、目の前で着替えを始めようとした痴女にはさすがに耳先が赤くなっていた。
こっちも恥ずかしいので、スルーしてくれるのは助かる。
「はいっス。しっかし姫さん、なんでそんなにやる気なんスか」
「だって、あの人達が言うには女も子供もいないそうだから。お寺を燃やすだけなら、私の心は痛まないわ。信長様からお許しも得てるし」
「ははは、十兵衛さんならしそうですもんね。爽やかな笑顔で、焼き討ち」
日奈は「解釈違い」「光秀様はそんなことしない」という顔をしていたが、微かに思うところもあったのか、言葉で否定はしなかった。
私はそれを横目で見つつ、とても悪い笑みを浮かべる。
「ええ、彼はやるわよ、焼き討ち」
次回、お待ちかね(?)の焼き討ちイベントです。
第二部完結まで残り2話です。本日中に更新します。