147話 焼き討ちイベントをいたしまして1
いつも怖がって戦にはついて来ない日奈が、珍しく私の後ろでキョロキョロしている。何度も着物を直したりもぞもぞとしたりと落ち着かない。
城で待っていていいと言ったのに、私の見張りをしたいのか、顔を青くしながら絶えず引っついている。
日奈はずっと、焼き討ちに反対の姿勢を見せていた。もしかして、と他に聞こえないように声をかけてみる。
「もしかして、またヒロインバッドエンドイベントがあるのですか?」
「えっあ、ないよ。それはない。えっとね、帰……光秀様、このイベントは、実は選択肢によっては回避できます」
ゲームでの光秀ルート。
光秀は、焼き討ちを命じられて悩んでいることを、ヒロインに相談する。ヒロインの選択肢が出て、その言葉によって、光秀は修羅の道を進む決心をする。もしくは、ヒロインの為に、自分の正義を貫くことを誓う。
彼の正義とは、延暦寺で奪われてしまう無辜の命を守ること。信長に反発し、焼き討ちをやめるよう進言する。ヒロインの助言もありそれは聞き届けられ、焼き討ちではなく正々堂々と戦をすることで、虐殺を回避した。
「……焼き討ちイベントを回避してしまって、問題はないのですか?」
「選択肢を一つ間違えちゃってるから最良エンドにはならないけど、可エンドは目指せるよ。それに、前にも言ったけどここはゲームとは切り離されてるかもだし……イベント回避くらい大丈夫な気がする。だから、今からでも信長に直訴して、焼き討ちはやめてもらえば……」
「それは出来ませんね」
日奈はがっかりした声を短く出した。誰だって虐殺は見たくないだろう。
けれど、彼女はわざわざついてきた。私が虐殺するのを止めたいからだ。
ゲームではうまく行ったかもしれないけれど、私はもう信長に「やる」と言ってしまっている。それに、うちの信長は今回ものすごく、やる気だ。彼は朝倉に対して結構、怒っている。本来なら焼き討ちどころかもっと大暴れしたいくらいに違いないのだ。
「光秀様……でも、それだと……」
「大丈夫。私達に、考えがありますから」
焼き討ちイベントの地、比叡山延暦寺が近くなってきた。
「では、あさ、小夜、お願いします」
「はいですの!光秀様!!」
張らせた天幕の中で、連れてきた侍女二人が、フンスと鼻息あらく応えてくれる。
一緒に来た織田兵のみなさんは「戦地で何を……?」という怪訝な顔だ。私がおかしいのは平常運転なので、そろそろ慣れてくれ。
日奈と共に天幕の中に入り、他の兵を閉め出して、自分で髪紐を解いた。
髪を広げ、鎧を解き、着物を脱ぐ。
そして、用意された赤い柄の美しい着物へ袖を通した。長い裾がぶわりと広がる。
次は、お化粧。
「めいっぱい、仏様まで惚れちゃうくらい、綺麗にしてね」
「もちろんですの、帰蝶様!」
日奈がかたわらで「?」をたくさん浮かべ、そんな私達を見ていた。
ある程度“帰蝶”になったところで、くるりと振り返る。
花と蝶が描かれた豪奢な着物は、私のトレードマークだ。
「私ね、ハピエン厨なの」
不本意な焼き討ちを命じられて、光秀ならどうするだろう、と考えた。
十兵衛ならどうしただろう。私なら、どうしたいだろう。
信長は私と光秀に任せると言ったのだ。
二人でやることに、意味がある。
「物語はぜったい、ハッピーエンドじゃなきゃ」
第二部完結まであと3話です。