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140話 君を生かすためにできることすべて2

 以前から、考え方がおかしい(サイコパスでは)と思うことは多々あったけど、さすがに今回は、耳に入った単語の一つ一つ、すべてが理解できなかった。ただ間抜けな音が唇から出る。


「……そ、それは、概念(がいねん)的な?象徴、的な?」

「がいねん?なんだそれ。そうじゃなくて、お前が光秀になるんだよ」

「え???」


 イケメン使者や小動物マスコットに「魔法少女になれ」って言われるの、小さい頃憧れてたけど、そんなニュアンスで言われたのはじめて。

 傾げた首が、傾げすぎてもげそう。


「アイツがいないと困るんだ。オヤジと約束したからな、天下は取るつもりだ。だが、おそらく、俺のやり方じゃ、俺の天下は一年ももたねぇ」


 ビュオ、と高い音が、耳の中で鳴る。

 風が大きく吹いて信長の真っ赤な髪を持ち上げた。夕暮れが近づいている。

 この夕暮れには、よく来たものだ。お嫁に来た日、離縁を告げられた日。季節は違えても、いつだって、信長と、十兵衛がいた。


「その後を継ぐのは、アイツだと思った」


 まあサルのやつも行けそうだけど、アイツはまだだな。そう呟く内容は、彼の思い描く未来は、私の知る史実とほぼ同じ。

 疑問のひとつもない顔に、どきりと心臓が一回だけ打つ。

 すごい人だと思ってはいた。強くて、状況が読めて、この時代では考えつかないであろうことを、まっさきに考えつく人。

 天下人の(うつわ)ってこういう人のこと言うのね、と、日奈は言っていた。


「明智光秀は俺の右腕だ。そしていつか、俺の後に天下を納める者だ。さっきのお前達の話も、そういうことだろ?」

「だ、だいたい合ってる……」

「こんなところでいなくなっては困るんだ。まだ右腕に出来ていなかった。だからお前が、アイツの代わりに俺の右腕になるべきなんだよ」

「そんなの、無理だよ!私に代わりなんてできるわけないじゃない」

「いいや、できる。というより、やってもらう」


 顎を持ち上げられて、強制的に顔を見させられた。

 美しい赤い糸が(きら)めく。

 断罪、処刑、とも違う。残酷で綺麗だけれど、寂しさのない表情にあるのは決意だ。


「いいか、蝶。アイツはお前を護るために死んだ。その命を使ったんだ。ならばお前の命は、アイツの為に使われなければいけない。アイツが今後、救うであろう人をお前が代わりに救わなければいけない。アイツが今後、成したであろうことを、すべてお前がやらなければならない。上に立つ者(おれたち)は、自分のすることに責任を持たなきゃいけない。誰かが死ぬ結果になった時は、死んだ者がその後に成すであろうことを代わりにするのが、俺達なんだ」


 強い言葉が、脳をゆさぶる。

 舞台から降りるつもりだった足を、後ろへ向けさせる。

 この人は王なのだから、王の決定に従うのは当然だと、頭ではわかっている。けれど、私の弱っちい感情が追いつかない。

 もう終わりにするつもりでしか、いなかったから。


「責任は、とるつもりよ。でも無理だよ。私はあの子みたいにはできない。代わりなら、勝家とか、秀吉くんとか、有能な人はたくさんいるでしょ。さっきの話聞いてたならわかると思うけど、きっと光秀がやる重要なことは、代わりに誰かがやることになるよ」

「あーもう、本当にわかってねえんだな!蝶はミツで、ミツは蝶だって何度も言っただろ!?」


 今度は肩を掴まれた。うつむく私に合わせるせいで、膝を地についてしまっている。

 あなたは王様なんだから、そんなことをしちゃいけないんだよ。


 私は、上に立つのがどんなに孤独か、責任のあることか、間違ってはいけない立場か、わかっていなかった。

 わかったつもりで、簡単な手助けだけして、歴史を動かした気になっていた。

 勝手に降りるのは無責任だとわかってはいるけれど、チートも魔法も使えない私に、今からなにができるって言うのだろう。


「お前ならできる。というより、お前にしかできない。お前達は、驚くほど似ている。お前達は同じだ。ひとつのものだ。光秀が失われたのなら、帰蝶がそれを成すべきなんだ」

「なんで?私じゃなくたっていいじゃない!私にはなにもできないよ!!」

「これは、お前達(・・・)がはじめたことだからだよ!」


 帰蝶姫の、怖さのなかにさみしさのある顔が、浮かんだ。

 そして、それによく似た、幼い少年。あの子は私が助けてしまった。命を与えてしまった。

 帰蝶姫にあの夢の水底で会った時、私は「誰かに似ている」と思った。あれは、彦太郎だ。

 両親を亡くし、誰も信じられず、孤独な中でたった一人で、救いを求めていた。それは9歳で孤立していた帰蝶姫の顔だった。

 あの子どもを救うべきだと、私は思ったのだ。


 最初にループすることを望んだ、帰蝶姫。

 帰蝶姫にいざなわれて、本能寺の変を回避したいと願った、私。


 信長はそういった意味で言ったのではないかもしれない。けれど、責任をとるのは、私だ。

 まだこの世界で、やるべきことがあると王が言うのなら、私は、


「わかった……やる」


 頷くと、信長は口の端をあげた。

 笑った。

 強く、希望(ひかり)のあるものだった。

 この希望に縋ってみてもいいかもしれない。この人は間違わない。

 十兵衛の成したかったことは、きっと私を護ることだ。

 ならば、私は“光秀”として、“帰蝶”を救わなければいけない。


「よし、じゃあ返事をしろ」

「はい!」

「そうじゃなくて。明智光秀」


 彼の瞳の中には、私がうつっていた。

 切れ長の目。長く艶のある黒髪。冷たささえ感じる、整った顔立ち。

 私と十兵衛は、よく似ていた。

 女であることを覗けば、これは、明智光秀だ。言い聞かせて、瞳に応える。


「……はい」


 肩に当てられたままの手に、軽く力が入る。その指を合図にしたかのように、ふわりと黄昏の瞳がゆらめいた。

 炎のあがる焚き火のようなそれに吸い込まれて、寄せ付けられて、唇に涙のようにあたたかいものが触れた。

 やわらかさに目を閉じると、長い睫毛が、くすぐるように笑う。


「な、なんなななんなななな……」


 顔が3センチほど離れてから、慌てて頬が熱くなった。触った自分の顔の肉は、さきほどの固かったものより、だいぶ生きた人間のようになっていた。

 なんでここでキス!?

 するところじゃなくない!?


 はじめて……だっけ?唇ははじめてかもしれない。

 十兵衛の血濡れた頬に手を当てたとき、日奈に聞いた光秀ルートのラストシーンを思い出して、私はこわくてそれ以上近づけなかったから。


 信長はやはり答えず、何事もなかったかのように立ち上がり、そして私の名を呼んだ。

 今度は戸惑わず、返事をした。


「行くぞ、光秀」

「はい、信長様」


 私はこの日より、明智光秀に、なりまして。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

連載を始めてからずっと、一番書きたシーンですので、ここまで来ることができて、嬉しいです。


まだお話は続きますが、★評価等いただけますと励みになります。

次話は日曜日更新予定です。(二部終了までは毎日更新予定)

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― 新着の感想 ―
[一言]  一転して今度は涙が出る展開でした。結末の想像が全くつかなくなりました。完結まで目が離せないですね。
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