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14話 重めの一撃を食らいまして2

 なんとも形容しがたい音と衝撃に、膝が折れてその場にしゃがみこんでしまった。

 すぐに立て直そうとしたが、思ったよりも竹刀を受けた腕が痛い。


 驚いた顔をしているのは、私以外のこの場にいる全員だった。

 いつの間にか集まったギャラリーのみなさんに、慌てて刀をその場に落とす彦太。私が後ろに押しのけた孫四郎兄上。

 特に孫四郎は、突然目の前に飛び込んできた妹が、自分を庇ったことが信じられないようだった。


 かっこよく白刃取(しらはど)り……ができるはずもなく、私は自分の腕で竹を強かに受けた。

 痛いけど、骨は折れてはいない。衝撃でじんじんしているだけだ。たぶん。


 庇っていることを気付かれないように反対の手を使ってゆっくり立ち上がると、彦太は真っ青な顔をしていた。

 ふう、と一息ついて、私は強めに言葉を吐く。


「謝ってください」

「こ、小蝶、様……っ、申し訳……」

「兄上。彦太に、彦太の父上を侮辱したことを、謝ってください」


 くるりと回って、兄を見据える。ワンテンポ遅れて長い髪が、風に(なび)いた。


 私は怒っているのだ。

 彦太をいじめたこと。彦太の父上を、彦太の大切な人を「負け犬」などと揶揄したことを。


「最期まで立派に生きたであろう武士を侮辱するのでしたら、私は兄上を軽蔑します」

「だ、だって……あれは、そいつが」


 ぼそぼそと口ごもる兄は、まだ謝罪する気はないのか後に引けなくなったのか、目を泳がせて助けを探している。

 泳いだ視線の先に、集まった女中や家臣の姿が見えて、今更ながらに、あ、と声を上げた。


「なんだ?孫四郎様が何かされたのか?」

「彦太郎様が襲いかかったようだぞ」

「いや、あれは孫四郎様が悪いのでは……」

「でも小蝶姫様が殴られて……」

「彦太郎様ってあんなことをするのね……もっとおとなしい方かと」


 ざわざわと聴衆(ギャラリー)から上がる声は、孫四郎と彦太郎どちらが悪いのか、止めに入るべきか、と言ったもの。


 そうか、彦太が兄上や私を傷つけようとしたってことになったら、まずいよね。未遂とはいえ大事な嫡男に手をあげたなんて父上に知られたら、問答無用で城を追い出されてしまうかもしれない。あの父上なら、やりかねない。

 怒りで煮詰まりかけていた脳みそが、急にクールダウンした。穏便にすませなければ。

 けど、どうやって?


 あまり回転の良くない頭に風を送るようにフル回転させ、もうアドリブで、と思い切って声をあげた。

 全員にきちんと聞こえるように。


「あーあーー!兄上!謝罪はあとでお気持ちがまとまってからお願いしますね!それにしても彦太、ごめんなさい、突然間に飛び込んじゃって。兄上を驚かせようと思って、寸止めをするつもりだったのよね?」

「えっ……」

「私が飛び出したりしたから、寸止めのつもりが、勢いあまって当たっちゃったのよね?その証拠にほら、軽~く当たっただけだから、ぜんっぜん痛くなかったもの!アザも、赤くもなってないわ」


 打たれた方の裾を肘まで捲って、ギャラリーに傷がない腕を見せつける。

 一応姫なので陽を避けていた白い肌には、赤くなったあとも青痣も、擦り傷ひとつすらついていない。


「ごめんなさいみなさん、お騒がせしちゃって!ただの兄妹喧嘩なの!父上にはあとでちゃんとご報告しますから、みなさんはお仕事に戻ってください」


 そう言うと、私や兄達に怪我がないことがわかったせいか、パラパラとみなさん戻って行ってくれた。子供同士の喧嘩を強調したも良かったのだと思う。


 それでも何人かはまだ心配そうにこちらを見守っていて、その中からひとり、袴姿の男性が出てきた。集まっていた女中達とは身なりがひとりだけ違う。

 この人はたしか、父とよく一緒にいる、氏家直元(うじいえなおもと)様という家臣だ。


 のしのしと効果音が立つかのようにこちらへ向かってくる様は、父上で慣れてるはずなのに、顔が、顔が怖い!


「小蝶様、腕をお見せください」

「え、ですから傷は……ぎゃっ!」


 油断してた二の腕を掴まれて、我慢してたのに、思わず汚い悲鳴が出てしまった。

 直元様と彦太は「やっぱり」という顔をしてる。


 子供とはいえ姫の腕を掴むのは失礼と思ったのか、彼はすぐに「失礼しました」と手を離してくれたけど、二人の表情は険しいままだ。


「ち、違うのよ、いきなり掴まれてびっくりしちゃっただけ!彦太は兄上を驚かそうとしただけだし、私が馬鹿だからそこに突っ込んで行っちゃっただけなの」

「……わかりました。大事(おおごと)にしたくない気持ちはお察しします。今はそういうことに致しますが、侍女に医者を呼ばせます。良いですね?」


 直元様が後ろへ目くばせすると、いつから来ていたのだろう、さすが、お転婆姫に長年仕えたスーパー侍女・鈴加がこくりと頷いた。医者を呼ぶ為に、そのあと音もなく下がる。

 あ、これはあとで怒られるな……お花の授業もすっぽかしちゃったし。先生のお説教、どのくらいですむだろうか。


 兄上二人も、直元様がそのまま背を押して連れていってくれた。さすがの二人も色々とびっくりすることが多くて、戸惑っているようだった。

 ごめん、大人げなくて。


 残された彦太は、まだ青ざめた顔をしている。


「小蝶……様、すみません、お怪我を……」


 ああ、また敬語に戻っちゃった。


「大丈夫よ。私って、体だけは丈夫なの。それより、あなたの怪我は平気?」

「……はい」


 俯いた少年は、初めて会った日と同じように、視線を地面に貼り付けて動かない。


『綺麗な着物も、豪奢な飾りも、親から与えられた剣の才も、すべて周りの大人たちが、君を盛り立てるために与えただけのものだ』


 彦太の絞り出したような声が響いてる。

 その通りだと思う。言い返せなかったのは、それが正当な指摘だったからだ。


 彼は嫉妬していた。私の才能に。生まれに。境遇に。


 でも本当は、この小さな少年が、生きるために欲しがったものは私にはない。私には、この子に嫉妬されるような、生まれ持った才能なんてない。

 あんなの転生チートでも、女神様からの当たりガチャでもなんでもないんだから。

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