130話 金ヶ崎の退き口にて3(金の瞳が撫ぜて)
※流血表現あります。
パンッ!
襲い掛かる黒猫へ、再び乾いた音とともに鉛玉が飛ぶ。音を認識したのか殺気でも感じてわかってしまうのか、雷鳴はすぐに反応して私から離れた。
すぐ近くで十兵衛が、少し離れた草陰からは腕が良いので任命された女の子達が四人、唸る猫へ銃口を向けていた。
「くそっ!なんなんだよおまえら!なんであいつの命令どおりさせてくれねーんだよ!」
「こっちにも譲れない命令ってのがあるのよ!」
雷鳴は恐ろしく素早いので、遮蔽物の多い場所であることも相まって、銃はほとんど意味はない。だけど、威嚇として私に近づけさせないようにするくらいは可能だ。
あの執着の仕方だと、今後も日奈か私を攫おうとするだろうし、出来れば、ここで倒したいのだけど。
「帰蝶様、そろそろ……」
「そうね。黒猫くん以外は追って来ないみたいだし、退がらせましょう」
辺りはだいぶ暗くなっていた。まだ薄っすらと宵闇の降りはじめた色の空は、ここから黒に染まりきるのは速いだろう。
銃を扱うには視界が悪いと完全に不利だ。夜に火薬を使うのも、見つかりやすくなるからよくない。
朝倉の追っ手の戦意はかなり削げて、数も減らせたようだし、あとは闇に紛れて逃げたいところ。
全員無事に連れて帰らないと、私を殿に命じてくれた夫に顔向けできないものね。
女の子達に合図をして、手筈通り退却してもらう。
雷鳴は距離を取ったまま、じりじりと私達を睨みつけていた。おそらく、陽が完全に落ちた後の方が、私を攫いやすいと考えて待っているのだ。
彼に私を攫うように命じた主がどんな人なのか見てみたい気もするけど、さすがにみんなが心配するだろうから、私も大人しく攫われてあげるわけにはいかない。今は十兵衛も秀吉くんも隣にいるし、抵抗させてもらう。
私達三人が刀を構え直したのを見て、黒猫も両手に持った短刀を構える。
宵闇は足音を立てず、静かに降りてきた。
彼は猫に似てはいるが人間のはずなのに、夜目が効くのだろうか。夜のにおいをかいで、その瞳が笑った。
その魔獣の目に見入っていたのが、いけなかった。
「……え?」
また、動きが見えなかった。
自分の声を出せたのかどうかもわからないうちに、秀吉くんが倒れたのが見えて、目を離してしまった。肩口が斬られたのか、血が噴き出している。
どうして、と思う前に十兵衛が動いて、だけど秀吉くんを助けるために振り上げた刀はやはり私には見えないまま弾かれた。その隙をついた黒い影はまっすぐに私へ跳んでくる。
気がつけば目の前に、黒い頭があった。
ぬるりと舐めるようにして、猫に似た瞳が大きく向く。
獲物を狙って開いた瞳孔。まん丸のそれは月みたいに煌って。間近で見るとクレーターのような虹彩が見えた。
「気づいたんだよ。おれは、あいつの命令をまもらなきゃならねえ。命にかえても」
赤い舌。白い牙。そこから出たのは初めて聞く声だった。
ずり、と、首もとに刃の感触がする。
「だけど言われたぶんが、ひとつでもできてないんなら、一緒なんだよな」
このまま首を斬られるのはダメだ。
月をうつして金に見える瞳には魔力でもありそう。縫い付けられ動かなくなっていた右腕を振って、刀を前に出す……前に、黒い腕に掴まれた。
「巫女を逃がすなって命令がまもれないんなら、殺すなって命令もまもれなくたって、一緒なんだよな。なあ、帰蝶、おまえだってそう思うだろ?ひとつまもれないなら、ぜんぶまもれないのと、おんなじだよなあ」
ヒヒッ、と、独特の笑い方で、彼は私の首筋をそのつめたい刃でなぞった。