表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/163

125話【十兵衛】金ヶ崎の戦いにて3

※十兵衛視点です。

※流血描写があります。

 足利義秋(よしあき)は刀から槍に持ち替えると、規律のある動きで攻めを始めた。

 帰蝶に相対した時は、おそらく加減をしていたのだろう。訓練された、武家に生まれ育ったの者の動きだった。


 丁寧に、まっすぐに、ただ兄の代わりで()るように。そう教え込まれたのだろう。

 義昭は、その上にも兄がいる。世継ぎ問題で揉めることのないよう、幼少期に寺へ預けられたという生い立ちを聞いていたから、この者も兄と共にそうして隠されていたのだろうか。

 それとも、影武者として機能するよう、いつか日の目を見る義昭のために、もっと暗い場所にいたのだろうか。

 自身が日の目を見ることは、決してないというのに。


「意外って顔してるな。女のなりをしているから弱いかと思ったか?」

「いえ」

「女のなりをしていたのは、すべて兄様の為だよ。別に、好きでしていたわけじゃない」

「そうですか」


 彼の不遇な生い立ちに、思うところはあれど同情はしていない。おそらく、帰蝶もしていないだろうから。

 彼女は「秋さんはさ、最初は義務でやってたかもしれないけど、今は好きで女の子のふりをしてるんじゃないかな。だからベタベタするのもゆるしてあげようよ。百合みたいなものよ」と言っていた。到底、信じられることではないが。


 のんびり話を聞いている時間はないのだ。

 向こうは槍なので、傷つけられる前に(ふところ)に入って仕留(しと)めたい。長期戦にはしたくない。

 この者の目的はこちらの足止めだ。この会話も、彼が好き好んでしようとしているようには思えない。


 僕と、心から話をしたいと思っているようになど、見えない。


「帰蝶はあんな感じだからともかく、あんたにならわかってもらえると思ったんだけどなあ。だって、」


 突き出される槍を、刀でいなして避ける。

 実際、織田では帰蝶のおかげで銃もそれなりに浸透したが、戦で一番主流の武器は槍だ。

 帰蝶は体格的に槍を扱うのが得意ではないので、僕も(なら)ってそうしているだけ。

 彼は、きちんと槍での戦い方を仕込まれている。

 踏み込んだ足のまま、はあ、と溜息にも似た息を整えると、義秋は区切っていた言葉を続けた。


「私とおんなじじゃない」

「同じ?私と?帰蝶様ではなく?」


 無駄に応えるつもりはなかったのに、聞き返してしまったのは、耳に入った言葉が意外だったからだ。

 目の前の男と自分が似ているなど、思ったこともない。

 初めて会った時は真に女性だと思ったし、気付いてからは帰蝶にだけあまりにも距離が近いので、嫌悪の対照でしかなかった。似ているかどうか、見る気もしなかった。


「まあ、私も気付いたのはごく最近、てかさっきだけどさ。あんたのことが好きになれないのは、自分を見ているようで嫌だったからだって」

「……」

「いつまでそうやって、帰蝶の(かげ)に隠れているつもり?」

「人の事が言えた口ですか」


 織田信長にも、似たようなことを言われたことがある。他の家臣にも。美濃にいたときにも。


 影に徹しているつもりはないが、帰蝶が輝く為ならば、いくらでも暗い所へ進む覚悟はできている。

 彼女は(ひかり)だ。輝いていなければいけない。

 僕はこの者とは違う。

 彼は、好きでやっているのではないと言った。

 好きで陰にいないのなら、やはり僕たちは違うものだ。


「そうだよなあ、お互い、兄の背にひっついて行く歳でもないもんな。……あんたさ、帰蝶の為なら死ねるって、帰蝶の為ならなんでもできるって思ってるでしょ。私もそう、思ってた。今でも思ってる。でもさ、それを帰蝶がさっき、教えてくれたんだよ」


 槍を抱えたまま、彼は自分を抱きしめるように、片腕を自身へ回した。

 まるで残った帰蝶のぬくもりを噛みしめているようで、腹の中に少しだけ嫌な感覚が溜まる。

 

「帰蝶に抱きしめてもらって、兄様にしてほしかったことは、これだったんだなあって」


 義秋は続けるが、会話はここまでだ。城の方で、微かに打ち合う音が響いている。

 時間稼ぎに乗っている場合ではないことを思い出した。


「兄様は別に、そんなの望んでなかったんじゃないかって。帰蝶が望んでなかったように。私は、帰蝶と友になりたかった。あの子に触れていると、自由になれた感じがした」


 何度も斬り込んでやるが、当たらない。義秋は器用にこちらへ話しながら距離を取った。槍の間合いだ。


「自由になったら何をしたいかって、はじめて自分の中に問いが生まれた。きっと“あたし”は、兄様と二人で遊びたかったんだ」


「普通の兄弟みたいに」


 あんたもそうじゃないのか、と、彼は笑った。

 四肢を全部切り刻んでやろうと思っていた気が、削がれた。

 今まで一度も、相対した敵には、織田信長にすら気をゆるしたことはなかった。おそらくこれが、初めて、僕が戦の最中に油断をした瞬間だったと思う。


「帰蝶と友達になれたら、昔の“あたし”みたいな十兵衛殿(あんた)とも、きっと友達になれるんだろうな」


 義秋は少女のように笑った。その顔は確かに、誰かに似ているような気がした。


「あんたも望んでみなよ。帰蝶に、望むことがあるんでしょ?」

「……ありませんよ」

「そう。素直じゃないな。だから嫌いなんだよ」


 最後に交えた刃で、お互いの腕から血が飛んだ。

 単純な剣技だけなら、僕の方が強かった。けれど、後から思うのは、きっと彼は帰蝶によって、少しだけ何か覚悟を変えたのだ。


 血肉に濡れた音をさせて、そのまま刺した刀を振る。片腕がごとりと落ちて、膝をついた。


 こんな姿、絶対に彼女には見せられない。

更新曜日を間違っておりました。失礼いたしました。

次話は日曜日更新予定です。次回は帰蝶視点に戻ります。


いつも応援いただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ