124話 金ヶ崎の戦いにて2
「昼顔さん!こっちであってます!?」
「ええ。ですが、姫様、お願いですから場所もおわかりにならないのに先頭を走らないでくださいまし……というか、速すぎます。うちの者が遅れております」
「あれ?」
もし次に日奈を抱えて山の斜面を走ることがあったとしたら、二度と失敗しないぞ!と修行のごとく足腰を鍛えたせいか、くのいちのみなさんを置いてきてしまった。
でも、おかげで目指す場所には思ったよりはやくたどり着けたみたい。
少し離れた城の裏門あたりで、本隊とは別の、少人数の忍び達が交戦しているのが見えた。その端で、どうしたらいいかわからない、と言った青い顔の華奢な影が、おろおろと立っていた。
「日奈……」
すぐに駆け寄りたいけれど、さすがにそれは駄目だってわかる。
草陰に昼顔さんたちと隠れて声を潜めた。
日奈を金ヶ崎城へ移動させるという情報が入って、すぐに私達は斥候を飛ばした。
一番近くにいた徳川にも忍びを出してもらって、私が駆けつける前に日奈奪還に動いてもらっていたのだ。
結果、今、私と落ち合う地点のここまでうまく出せたのはいいけれど、やはり苦戦しているようだ。
「姫様、アレがいます」
「黒猫くんね」
私達は、日奈を攫った真っ黒ずくめの刺客の彼を「黒猫」と呼んでいた。
織田の男達も配備したくのいちも全員、一人で蹴散らしのたのだ。まだいるかどうかは半々だったけれど、まだこうして日奈の傍にいるのなら、彼女を容易に逃がしてくれはしないだろう。
「私が注意を引くから、その間にくのいちさん達で日奈を取り戻せる?」
「御意に」
「怪我した子はすぐに退かせてあげて」
「御意に」
今日もそうとは限らないけれど、前回は毒を使われた。オリジナルの毒らしく、解毒薬ができなかったので、かすっただけで危険だ。
前情報があったおかげで彼女達もかなり奮戦してくれているけれど、刃を避けるので精いっぱいなよう。日奈を逃がすまでの余裕がない。
忍び相手の戦闘は、私はあまり経験がないけれど、やってできないことはない。というか、やる!
刀を抜いて固く握りなおし、昼顔さんへ頷いて合図をする。
さらに彼女がうしろの忍び達に合図をするのを背中に、私は再び全速力で走り出した。
一人の少女を斬ろうとする黒猫の刃との間に入り込み、そのみぞおちへ足裏を入れた。
「お、おお、なんだ?」
体当たりのごとく繰り出した蹴りは、さらっと避けられた。向こうはよろける気配もない。お行儀の悪い不意打ちは私の得意技なのだけど、まったくきかなかったようだ。
「なんだ?ヒヒッ、おまえ、本物の帰蝶か!?」
「そうよ。黒猫さん、先見の巫女を返してもらうわ」
なんだ。日奈、帰蝶じゃないって、バレてるじゃない。
クス、と笑い返してやると、黒猫はぐるんと日奈を向いた。そっちには、くのいちのみんながまだいる。
慌ててそちら側へ回ろうとすると、彼はヒヒヒと高く掠れた笑い声を発する。
「変な女ァ、あのクソ坊主から言われてることがあるんだよ、知ってるか?」
「し、知らないよぉ……」
“変な女”とは、日奈のことらしい。問われた日奈は怯えた声で返したけれど、顔はそこまで怖がってはいなかった。
「一つ、朝倉が負けないように助けてやれ。二つ、無益な殺生はするな。三つ、巫女を逃がすな。ってな!だからさぁ、てことはさぁ、おまえを逃がさないように、こいつらを殺さない程度に苦しめてやれば、朝倉も勝つし命令も全部守れるってことだろぉ?」
「ち、違うよー!帰蝶、逃げて、その子すごく強いの!」
「わかってる!」
黒猫が、本物の猫のように私の前から足音もなく跳躍し、日奈達の方へ向かう。尻尾を掴むこともできない。追いつけない。
日奈を逃がそうと庇う少女達は次々倒れ、昼顔さんも奮戦するけれど全部の刃を弾かれてしまった。忍びと言っても、魔法とか、特殊忍術とかないから、普通の肉弾戦なのだ。
“巫女を逃がさない”と言う目的があるなら日奈を傷つけることはないだろうけど、他の子達がボロボロだ。
「昼顔さん、怪我した子を退かせて!」
まだ軽傷の彼女へ命じて、割って入る。毒は怖いけど、当たらなければ大丈夫。
全部避ければいい。
私はかつて(と言っても小さい頃だけど)師匠に「目が良い」って褒められたんだから。
「本物の帰蝶についてはなにも言ってなかったんだよなぁ、あいつ。いやでも攫う時に暴れたら斬っていいって言ってたな。てことは、いらないのか?いらないってことだよな。なら、今斬ってもいいよな。おまえ、斬るけどいいのか?けっこう痛いと思うぞ?」
「あら、殺しはしないんでしょ?死なない程度の痛みなら我慢できるわよ!」
忍びっぽいとか聞いていたけど、妙にしゃべる子ね。
見た目は、15歳程度。夕凪よりも少し年上くらい。年齢で侮るつもりはないけれど、ゲームのキャラだったりしたら見た目年齢ではわからない。日奈に聞いている余裕もない。
なにしろ、本当に彼の繰り出す刃が全部速くて鋭いのだ。黒猫なんてかわいいものじゃない。魔獣だ。高レベルモンスターだ。ゲームだったら中ボスクラス。兄上とは、役職が違うから強さを比べていいものじゃないかもしれないけど、この子の方が強い、かも。
傷ついたくのいち達は、全員痛みに苦しんでいる。訓練された忍びが一回の攻撃だけでああはならない。夕凪達が受けたのと同じ毒だ。
生かして、苦しめるための毒。
きっと毒を受けた後に死んだ者もいるだろうけど、この猫はそこまで考えていないのだろう。
私も気を付けてはいるけれど、繰り出される攻撃が速すぎて、実はいくつか目で追えていなかった。
気付かずに掠っているかもしれない。
でも日奈を無事に奪還して、この刃の届かないところへ逃がすまで、私は避けきらなきゃいけない。
ガキンガキンと金属をさばく鈍い高音だけが耳に響く。
その間も黒猫は何やら話しているようだけど、聞いている余裕はない。おそらく、意味はあまりなさそうだし。
「おまえ、おれのこと無視してるな。聞かなくていいのか?ほら、脚が遅れてきてる。なんだ、帰蝶ってのもやっぱ弱いじゃないか。殺し甲斐のあるやつなんて、いないよなあやっぱ。なあおい、見えるか、これ、」
見えない。見えない、なにこれ。
途中から、避けるも弾くもできなくて、スピードが一段どころか三段くらい急速に上がって、
私はその一つを、まっすぐに腕に受けた。
中途半端ですみません、次話は木曜日更新予定です。
黒猫(雷鳴)戦、まだ続きます。