122話 金ヶ崎の戦いの、前にて3(私と友達になって)
私は強い。と言っても、「女の中では」が頭につく。
9歳から剣術や槍や薙刀を習って、12歳から火縄銃を習った。
おそらくもともと運動神経はいい方だったのだろう。その年齢で、並の大人では敵わないと言われる程度の武芸を身につけることができた。けれど、それは思春期程度までの話。
魔力や魔法がない世界では、いくら鍛錬しても男性の筋肉量やスタミナには及ばなく、筋肉がこの世界での強さの基準だ。
十兵衛は背が伸びて、私より強くなった。信長には、出会ってから結局、一度も勝てていない。
私の身体はおそらくゲームのビジュアルを保つために17歳程度で止まっているけれど、それでも、ここから伸びることはないだろう。
秋は、将軍になる人の代わりをしていただけあって、強かった。
十兵衛が援護してくれてはいるものの、周りのゴロツキ衆の数が多くて、さばききれていない。
秋が単身スパイとしてではなく、きちんと小隊分くらいの兵を連れてきていたのは、実を言うと十兵衛や半兵衛くん達にも予想外だった。将軍になった足利義昭が、影武者として生かしていた秋をこれ以上使わないのではないかという考えだったのだ。
幼い頃なら良かったけれど、大人になって同じ顔の弟は、女装をさせても無理がある。
草を踏みしめて姿勢を低くして、刀を構えなおし、目の前の男を思い切り薙ぎ払う。
秋はしっかり鼻先で避けて、私から距離を取った。
「こんな、無理矢理暴力に訴えたって、友達はできないのよ!」
「いいわよもう!なってくれないのなら!どうせあたしは兄様の影よ。帰蝶を友に出来たって、好きな人が出来たって、全部、兄様取られちゃうんだから。どうせ、もう、本当に不要になるんだから……」
飛んでくる黒服さん達の刃を避けたりしてたから、余計に息が上がってる。
それは向こうも同じようだったけど、それよりも、秋は苦しそうに声を絞り出した。
「朝倉との戦が終われば、目立ちすぎた弟は不要。あたしには……何も残らない」
迷っているんだ。兄とずっと同じでいることを。
兄の代わりで居続けることを。だから、私と友達になりたがったのだ。
兄は、十兵衛の方を選んだから。違うものを選んで。
もしかしたら、ずっとそうしていたのかもしれない。
彼にだって、父や母がいただろう。兄と違う玩具をねだったり、好きになって、違う人間だって、わかって、気付いてほしかったんじゃない?
「秋は、役目が終わって、もう自由になったんじゃなかったの?」
「自由になれるとしたら、私が死ぬときだ」
「義昭様が死ぬ時ってことね」
答えた声は低い。
私は、彼女が秋でも、彼が義昭でもなんでもよかった。
女の子としてベタベタして楽しく過ごして、男として一緒に戦ってくれたら。それで。
「十兵衛!」
後ろへ叫べば、すぐに意を解した十兵衛が走ってきて、秋に斬りこむ。
何も言っていないのに、全部わかってくれるのは、不思議だ。
私達もきょうだいみたいなものだから、きっと同じなのね。
不安定な山の斜面で斬りこまれた秋は、後ろに避けるけれど足元が悪くて少しよろける。援護しようと黒衣のゴロツキAくんが出てくるがそれも十兵衛に払われて、そのまま離されていった。
私は走りやすいように刀を納め、空いた秋のふところへ飛び込む。秋の刀を握った手首を掴み、引き寄せた。
ぶわ、と花が散ったように感じた。
「あなたの本当の名を教えて」
耳元にかかる長い髪。
綺麗なお姫様のように整えられて花のかおりがするそれに、鼻を寄せる。
引き寄せた身体を、私の全身を使って抱きしめた。
通常なら怒られていただろうけれど、戦中のごたごたの中なので見逃されているのだろう。というか、十兵衛は意図的にゴロツキさんの相手をして、見ないようにしているみたい。
ぎゅ、と細い腰に回した手に力を籠めると、驚いて固まっていた秋の身体が、わずかに解れた。
「私は……足利義秋……」
耳元でささやくように吐き出された声は、囁きと言うよりも、初めて自己紹介を覚えた幼子の声のようだった。
作った女の子の声じゃない。演じられた義昭様の声じゃない。
「義秋、私と友達になりましょう。だからもう誰かの代わりはしなくていい。あなたは自由よ」
「自由……なんて、なれる、わけ……」
「信長様は身内には甘いの。あなたを私のところで面倒見るって言ったら反対はしないと思うわ。兄上に逆らうのは怖いし、不安かもしれない。けど、あなたは一人の人間よ。したいことを、したいようにやっていいんだから」
この時代では、したいことをしたいようにしている人は限られる。
みんな、家柄とか身分とか、いろいろなものに縛られている。えらそうに言う私も、多少は。
でも、私は何にも縛られない人を知ってる。
あの人は、きっとこの世で一番自由でまっすぐだ。
「そうしたら、友達なんていくらでもできるわ」
あの人みたいに。
手を伸ばし、うつむこうとする両方の頬を支えた。ちょっと強引に私へ向かせると、迷ったように瞳が揺れる。
乾いた唇が、震えながら開いた。
「無理だ。だって、もう、動き出してる……」
「姫様!十兵衛様!」
斥候職のくのいちの一人が、跳んで来て十兵衛の耳元へ囁いた。焦った様子だ。秋のスパイ行為があっても順調だったはずだけど、信長達の戦況に、変わりがあったのだろうか。
聞いた十兵衛の瞳が、珍しく丸く開かれる。
それは、潰したはずの可能性の一つ。ぜったいにないと安心しきっていた、私達の緩みと弱みだ。
「浅井長政が、叛意した……?」
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