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121話 金ヶ崎の戦いの、前にて2

 とても辛そうにそう話すので、私は秋さんの細い手指を強く握った。

 兄に代わって剣も、弓も、槍も、銃も、たくさん練習をして覚えてきたのだろう。冷えた手は女性のように細く繊細だったけれど、きちんと男性のもので、震えてもいなかった。

 男の子でも、女の子でも、どっちでも、私はこの子と友達になれる、と思ったのだ。


「秋さんは、どうしたいの?」

「これは兄様(あにさま)(めい)よ。織田信長には朝倉と戦をするよう命じて、この戦に織田が負けるよう、あたしは裏で色んなことをした。あたしが今ここにいるのも、兄様が望んだから。あなたたちは、今どれだけの勢力が自分たちの敵になっているか、知らないでしょう」

「そうね」


 手はすぐに払われてしまった。

 目指していた金ヶ崎城はほとんど目の前だったけど、私はそこへは進ませてもらえそうにはないみたい。

 そもそも、戦のまっただ中で日奈(ひとじち)を無事に奪還しようなんて、私達はかなり常識外れな無茶をしている。秋さんの言う通り、もし本隊が囲まれている状況なのであれば、さらに日奈には構っていられない。

 時間はなさそうね、と心の中で呟く。


「十兵衛!」


 声を張り上げたけど実は近くにいた十兵衛は、私を守るように後ろに立っていた。

 振り返り、問う。相変わらず長い私の髪が、結っても邪魔だなと思うほどに(なび)いた。


「秋さんが、私達に信長様を裏切って義昭様につけですって。どうする?」

「私は、義昭様のものになる気はありません」

「そうよね」


 わかりきってた答えに、私も同じ顔になる。

 秋さんは、怒ったように形のいい眉をひそめた。


「ごめんね、私達は行けない。秋さん、一人で帰れる?」

「帰れるわけないでしょ。ばかね、帰蝶。親友になってあげるって言ったのに」


 秋さんは大きく手をあげ、それを合図に木陰から黒衣の者達がずらりと出て来た。本当にこんな漫画みたいな演出あるんだなあ、と、私は場違いにひとり感動してしまう。

 全員目元しか見えないけど、手に持った獲物は見事にすべて私達を狙っていた。

 秋さんに初めて会った時、下手なナンパをしていた世紀末ゴロツキの二人も、その中にいる。


「これは、あなたの意思?」

「……兄様の意思は、あたしの意思よ」

「あのね、秋さ……」

「あたしの……私のものにならないのなら、お前達は不要だ」


 その声は、一度だけ謁見した時の将軍、足利義昭のものだった。

 私はまだ、友達と話していたかったのに。


「構え。撃て!」


 続いた声は、十兵衛のもの。

 凛と響く鈴のような清声を合図に、私が連れて来た女兵達が綺麗に揃って銃口を黒衣の男達へ向ける。

 私を避けて、火縄銃が軽い音を立てて弾を吐き出した。

 だいたいは避けたようだけど、盾にされた何人かが草の上に倒れこむ。

 よく訓練されている。昨日今日で集めたわけでは、なさそうだ。


 倒れた者達とまだ向けられる銃口を見て、秋さんは顔色を変えていた。


「……読んでたの?」

「信長様や十兵衛はね。あなた怪しすぎるもの」

「朝倉を討てと命じたのも、筋は通りますが突然すぎます。叛意(はんい)させたかったのは、浅井ですか?徳川ですか?」

「あら、竹千代くんは大丈夫よ。他人に変なこと言われたって裏切らないわ」

「まあ、彼は信長様を切ることはあっても、貴女は裏切らないでしょうね」

「罠だってわかってて、飛び込んだの?」


 本当は、私達が事前に考えていたのは「朝倉が余裕なのは人質以外の奥の手がありそう」と「足利側は将軍になったら裏切りそうだよね」程度。

 秋さんは突然現れて私にだけあんなにベタベタしたのが、不自然すぎた。普通の女の子だったとしても疑われる。

 十兵衛はよくあのベタベタ加減を我慢したなと思う。


「私は止めたのですが……あの方は、少々奥方に甘いので」

「大丈夫よ!信長様は強いもの!」


 罠があるかも、誰かが裏切るかも、という危険は、戦にはいつだってつきものだ。それを事前にひとつひとつ潰していくのが、大事なのだそう。

 だけど意外にも今の織田信長は、人を信じたい優しい魔王らしい。それは悪役令嬢である妻の私もなんだけど。


 秋さんが敵になってしまったのは残念。でも、他は潰してあるから。

 一番怪しかった足利勢は、本隊から離すことに成功したし。


「そっか……あなたたち、囮だったの……。変だと思った。影武者の娘を助けに行くなんて」

「変じゃないわよ。日奈を助けたかったのも本当だし、あなたが一緒に行きたいって言うかは、あの時はちょっと賭けだったけどね」


 秋さんは私を気に入っているようだったから、真に兄から離れたのでないのなら、私が本隊から離れれば何らかの動きをするんじゃないか、というだけ。

 私以外の織田のみんなは、頭が良くて本当に助かる。

 私はこの子を、まだ信じたいと、思ってしまっているから。


「秋さんは、どうしてこのタイミングで私についてきてくれたの?」

「だから、言ってるでしょ?あたしは帰蝶を気に入ってるの。信長と離れた今なら簡単に連れ去れる。あたし、あなたともっと遊んでみたいの!あなたが壊れるまで遊びたいの!……兄様は、十兵衛殿だけいれば、いいみたいだったけど」


 唇を突き出して言うその仕草は、駄々をこねる若殿にも、わがままを言うご令嬢にも見えた。

 思ったとおりだ。


「やっぱり、あなたの意思、あるじゃない」


 ならば、と私は刀を鞘から抜く。

 約束したのだ。ぱぱっと片付けて、友達を助けて、全部終えて、あの人を助けにいかなきゃ。


「あのね、秋、そんなやり方では、友達なんてできないのよ?」

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