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120話 金ヶ崎の戦いの、前にて1

 ***


 むかしむかしあるところに、とてもえらい将軍さまがおりました。


 将軍さまには、双子の弟がおりました。

 むかし、双子は縁起のよくないものとされていましたので、親しい人以外には内緒にして。


 でも兄弟はとても仲がよく、お顔もそっくりでしたので、時々入れ替わっては、周りの家来たちをからかって遊んでいました。


 そして兄弟は大人になり、兄はぶじに将軍さまになりました。


 すると将軍さまは、自分が将軍になるためにがんばってくれた人を、もういらないと思うようになりました。


 だって、こわかったから。


 弟も、あの人も、ぼくよりもずっと優秀で、ぼくができないことをなんでもできて。


 だから、他の人を集めて敵になることにしたのです。

 みんなも、あの人は今のうちに消さなきゃいけないって、思ってたはずだから。


 おしまい。


 ***



「信長様と別行動を取ると、嫌な予感しかしませんね」


 そう、道中呟いたのは意外にも十兵衛だった。

 苦笑するように言われて思い出したのは、桶狭間でのことだ。

 あの時は一応、信長命令ではあったものの、私の勝手な判断で敵陣に入り込み、ボロボロにやられてしまった。

 死ぬことはなく今もこうして生きているわけだけど、十兵衛も、今は療養中でお留守番の夕凪も、一番近くにいた日奈も、みんな私のせいで生きた心地がしなかっただろう。

 ごめんごめん、と軽く謝りつつ、ちらりと反応を見て見る。もう十兵衛はあの時のことは気にしていないようで、安心した。

 桶狭間の時と同じように、こんな風に野山を歩いて敵地へ向かったので、彼も思い出したのだろう。


「あ、いたいた」


 森の木々の合間、見慣れない兵達の中に目的の人物を見つけて、私は大きく手をあげる。

 私達は、日奈救出作戦のため、徳川軍と合流することにしたのだ。


「たけち……家康くーん!」

「きちょ……おねえちゃん、こっちこっち」


 徳川家康、と名乗るようになった彼の周りは、山中で鎧を着ているというのに満開の桜並木のように優雅だ。お花見ができそう。花は彼で。


「“おねえちゃん”はいい加減やめてほしいけど……今日は仕方ないわよね」

「それを言ったら、いい加減“竹千代くん”は恥ずかしいなあ、おねーえちゃん?」

「うぬぬ……」


 私は公的には朝倉軍に囚われの身となっているので、大声で名前を呼ぶのを遠慮していただき、代わりに「おねえちゃん」になった。

 正しい対応なのだけど、相変わらず妙に色気のある声で呼ばれると、うなじのあたりがむずがゆくなる。

 後ろで十兵衛が怖い顔をしているので、じゃれるのはこのあたりにしておいた方がよさそう。家康くんは相変わらず女子への距離が近いのだ。


「あの巫女ちゃん、攫われちゃったんだってね。かわいそうに。菜の花みたいでかわいい子だったのに」


 そう言う家康くんは、真に心から残念そう。

 本人がいないのにナンパのようなセリフを。さすがである。


 朝倉へは開戦と同時に「織田の帰蝶が人質になっている」と嘘の公表をしたところ、本当にすぐに反応があった。情報伝達係の忍衆のみなさんによれば、日奈は現在、もといたお城から移送中らしい。

 本当に人質として牽制する気か、戦のどさくさに紛れて始末する気か。移送先は、今現在織田軍が最前線で攻略中の、金ヶ崎(かねがさき)城へ。

 もしかすると後者の可能性が高いというので、家康くんの協力のもと、私達は急いでその城へ向かった。



「ねえ、帰蝶、だいじな話があるんだけどー」


 その途中、声をかけてきたのは秋さんだった。

 なぜこのタイミングで、とも思うが、大事な話だと言うので歩きながらも耳を傾ける。

 彼は他の女性兵達に交じったまま、化粧を施した女性の顔に、簡素な鎧を見に付けていた。一把さんに教えてもらっていた火縄銃も持っている。

 私の率いる女兵とも見える、若武者にも見える、アンバランスな姿。


「なあに?秋さん」

「言うなら、今しかないかと思ってえ。だあいじな、はなし……」


 する、と白い指が、私の首元をなまめかしい動きでなぞる。爪も丁寧に整えられていて、お姫様みたいな手だけれど、彼はお姫様(おんなのこ)ではない。

 十兵衛は気付かないのか、彼のことを女性と認識しているからか、こんなところでじゃれ合っていてもそれほどは気にしないようだ。チラりと横目で見てから、女同士でどうぞと目を離した。


「あなたたち二人とも、兄様(あにさま)(もと)へつかない?」

「へ?」

「兄様は、織田を……信長を捨てるつもりなの。でもあななたちのことは、特に十兵衛殿のことは気に入ってる。だから、信長を捨てて兄様(あにさま)のところへ行きましょう。今なら間に合うわ。あたしは帰蝶をもらうから。そう兄様にも言ってあるし」


 すらすらと耳元で語られた言葉は、突然すぎて頭の中に入って来ない。

 それでも無意識に、他の人に聞かれないよう、すっと列から距離をとった。


 秋さんは私をじっと見て目を細める。それは、笑顔ではない。


「まだわかってないの?この戦はね、兄様が望んだことよ。織田は裏切られて、ここで消されるの」

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