117話 あの子をかえして1
「ああああああ~~~~~!!」
「蝶は何やってんだ?」
「夢見が悪かったらしいっス」
朝起きた直後には忘れていた夢の内容のすべてを思い出し、私はのたうち回っていた。
帰蝶姫がリセマラをやる間に、たくさんの犠牲を払ったこと。
ヒロインとして来た少女。帰蝶の身体に入れられた女の子。邪魔だと判断された明智光秀やヒロインの協力者達。
帰蝶姫の本当の目的と願い。
もう一度話をしなければ。
寝なおそうと布団に入ろうとしたら止められたので、自分の頭や鳩尾をポカポカ叩いてみる。気を失えそうな気配はない。
「帰蝶、帰蝶!もう一回!もう一度話をさせて!」
「あれは止めた方が良くないスか?ご自身の名前呼んじゃってるっスよ」
「ん~、放っとけばいんじゃね?」
「十兵衛さん……」
「行きます」
おそらく狂ったようにでも見えたのだろう、自分を叩き続けていた両手を、万歳状態で持ち上げられた。
前回のお泊りを経てから、十兵衛の私へのぎこちなさはなくなり、子供の頃のように容赦がない。
「うわーん離してー!」
「各務野殿か吉乃殿を呼びましょうか?」
「ウッ…………大人しくなります……」
私が逆らえない年上女性二人の名前に、腕にこめていた力をしぶしぶ抜く。各務野先生はさっきまで私の準備を手伝ってくれていたし、吉乃さんも今日は岐阜城へ来ている。呼べば飛んできて、すぐに私を羽交い締めにしてくれるであろう。
実は今、私達が何をしているのかと言うと、出陣準備である。
そう、もう朝倉さんを落とす為の戦へ出立しなければならないのだ。
この忙しい時に帰蝶姫もなぜとも思ったが、今までも昔話を聞かせてくれた声は、“歴史の変わり目”のような時ばかりだったと今にしては思う。それか、イベントシナリオの章変わり。
「また、あの娘のことですか?」
「え?いや、ちが……わない、けど……」
「あの娘って~?」
「秋さん……」
火打ち石を両手に握った美人が、ふわふわと蝶のように舞いながら私のかたわらに止まった。今日は私達出陣組を見送る係らしい。
岐阜城に滞在し、戦準備を手伝ってくれるうちに、彼はすっかり城のマスコットキャラになっていた。
将軍家の出だからわがままお姫様みたいなのかと思いきや、初対面時の印象どおり気さくでユーモアのある子で、城では男女問わずの人気者だ。
「日奈……先見の巫女。私の影武者をしてくれてたんだけど、数日前に敵に攫われちゃったの」
「ああ、聞いてるわぁ。でも、そんなに大事なコなの?」
「前にも聞きましたが、先が見えるというだけではありませんよね?あの娘の何がそこまで大事なのですか?」
二人に詰め寄られ(片方はすごい怖い顔で)、少しだけ考えてみる。
日奈は友達だ。
この時代、このわけのわからない世界で、たった一人、私の指標になってくれた人。
妹みたいな、姉みたいな、クラスメイトみたいな。
「日奈は、親友よ」
「親友……ですか」
十兵衛が眉根を寄せて繰り返す。私の隣の秋さんも細い眉を少しだけ寄らせている。
あ、また、この時代にはない言葉だったかな。
「大事な友達。ちょっと夢見がちだし変わったところもあるけど、私はあの子といると楽しい。先が見えなくても、何も知らなくても、力がなくても、一緒にいたいって思う。助けてあげたいって思う。助けてほしいって思う」
「わかりました」
真剣に聞いてくれた声。
私の話に頷くと、十兵衛は少しだけ微笑んだ。彼が笑うと冬のつららみたいで綺麗だなぁといつも思う。
「それが聞けたなら納得します。帰蝶様の友人なら、私が守るべき者です」
すっきりとした、冬空のような表情がそこにはあった。
十兵衛はずっと、得体の知れない巫女に抱いた敵意を抑えずにいた。私の護衛としては当たり前だし優秀すぎる用心深さなのだけど、ようやくそれが軟化したようで、嬉しい。
そうよね、友達の友達は友達よね!
「信長様」
くるりと、後ろで黙っていた信長へ向き直すので、私も一緒に夫へ向いた。
彼は私達の問答を興味なさそうに見ていた。もう出陣準備もほとんど整って、なんならいつもより顔が殺気立っていて怖い。
「私と帰蝶様は巫女の救出に行きます」
「えっ、えっ?」
信長は、何も言わずに次の言葉を待っている。即却下しないってことは、ゆるしてもらえるのだろうか。
本当は、まだ助けに行かなくてもいいかとも思っていた。
帰蝶姫のそばにいるよりは、離れていた方があの子は安全なんじゃないかって。
でも、やっぱり私は日奈に会いたい。
帰蝶姫も「今のところは上手くいっているから、貴女達は殺さない」と言っていたし、私が身体を主に使って制御するから、帰ってきてほしい。
日奈に、はやく話したいことがたくさんある。
「本当?いいの!?」
「ええ。以前のように理由もわからず占い師に傾倒するのは良くありませんが、友と言うなら別です」
十兵衛は私に振り返り、幼い頃のように笑った。
「貴女は、友を見捨てませんから」