115話【日奈】これでこそ乙女ゲームだって2
※引き続き日奈視点です。
もしもここが『戦国謳華』の第2シリーズだとしたら、自分が制作側だとしたら、どんなキャラを作るか。どんなストーリーにするか。
日奈が考えて出した結論は、本願寺の宗主・顕如だった。
彼は今後約十年間に渡り、織田信長の前に立ちはだかる。
武田や朝倉など他の敵対勢力をまとめて信長包囲網を完成させるのだ。信長側にとっては脅威だが、ライバルキャラとしてはこれ以上の人物はいない。
日奈がもし戦国謳華の続編を作れと言われたら、既存のストーリーやキャラは好きで変えたくないから、信長の敵キャラのサイドストーリーを作る!
覚悟を決めて見つめれば、それよりも強い眼光が、日奈へと返ってきた。
再び顎を掴まれ、強く持ち上げられる。
顕如は、ゲームには登場するけれど敵勢力なので、セリフや立ち絵で表現されることがほとんどない。日奈は実のところ、彼のゲームの容姿を覚えていなかった。
こんな、僧侶かと疑わしいほど派手な見た目ではなかったはずなので、もし日奈の推測があっているのなら、新キャラとして描きおろされたのだろう。
そうでなかったら、別人だとしたらもうわからない。
名すら当てられない巫女なら、殺される。
強制的に合わせられた視線は、もう怖くても離さないと決めた。
「……どうだろうな」
「ぶむっ!?」
男の長い指が日奈の両頬を捉え、ぎゅむ、と押しつぶすように寄せられた。唇が尖り、とても不細工な顔を披露してしまった。すぐに離された頬を撫でつつ見れば、彼はクツクツと笑っていた。
正解したのかもしれない。
日奈はほっ、と詰めていた息を吐く。思っていたよりも、緊張から指先が冷えてしまっていた。
おかげで緊張もほぐれたが、こんな失礼なことをされたのは、甘やかされて育った自覚のある日奈にとって、初めてだった。
帰蝶は織田の武士達を「野蛮」と言っていたが、基本的に彼らは女に優しい。
帰蝶のおかげだろう。この時代にありがちな男尊女卑思想が薄いのだ。
ここへ来て、武士より僧侶の方が無礼とは思わなかった。
「お前、コイツに俺の名を明かすようなこと言ったか?」
「言ってねえよ!おまえが言うなって言ったんだろ!?おれはずーっと黙ってたぜ!」
男は今度は少年の方へ振り返り、声をかける。少年は不服そうにしながらも反論しているが、日奈が思い出す中で、彼はほとんどの間しゃべりっぱなしだった。
たしかに主に繋がることは口にはしなかったけれど。随分とおしゃべりな暗殺者のようだ。
言い合いをしたのち、男は幾分かは和らいだ視線で日奈をもう一度見る。そして、再度口端を上げた。
「面白い女じゃねえか。気に入った」
「ええ!?」
首を傾げる笑い方は、動きに合わせて長い襟足の髪が揺れる。
どう見ても僧侶といった感じではない。袈裟もよく見なければ気づかないほど、ゲーム衣装としてアレンジされていた。
それでも殺されない、否定もされないということは、彼はやはり顕如なのだろう。
「お前はしばらく朝倉に置く。逃げ出そうなんて馬鹿な真似考えるなよ?」
顕如と思しき男が去ってから、日奈はそのまま一室に置かれた。
ここは武家屋敷か寺か、ともかく朝倉氏の領内だったようだ。
「困ったな~朝倉ってことは……」
朝倉攻めがある。
織田信長と朝倉義景の戦だ。日奈が置かれているのがどこなのかわからないが、領内である以上、巻き込まれることは必至だ。力のない女の身で、無事でいられる保証はない。
さらに、もし自分が人質として機能して、信長や帰蝶に不利益をもたらすことになるようなことは、できれば回避したい。
「おまえ、ヒマなら話し相手になってやるよ」
お目付け役にと置かれた少年は、猫のように日奈に近づきながら、ヒヒッと独特の笑みで八重歯を見せた。
ツンツンと立った無造作な黒髪。アーモンド形の綺麗なラインの目。全身真っ黒な忍び風の衣装。猫だ。尻尾の長い黒猫。
西洋では不吉の象徴とされる黒猫は、日奈にとっても最初は脅威でしかなかったが、今のところ、ここでは一番長く時間を共にしている。加えて顕如と身分を超えて軽口を言い合っているのを見てからは、日奈の中に親近感のようなものが芽生えていた。
最初に覚えた恐怖は、もうない。
「いいよ……てかその前にキミ、名前は?」
先に自身の名を名乗ると、少年はそれよりも気になることがあるのか、何かを確認するように日奈ににじり寄ってきた。
縛られているわけではないが、体力も腕力も帰蝶の10分の1程度しかない自分では逃げてもどうしようもないことは理解している。なので、抵抗はしないつもりだった。が、じりじりと急に寄られて、何事かと心臓が暴れはじめた。
黒猫くんは、普通にしていれば普通の少年で、
かわいい。
「おまえ、あまいにおいがする」
「へ!?」
「なんか持ってるだろ、出せ」
「え?ああー……」
甘いもの、と言われて思い出したのは、袂の中に放り込んだまま忘れていたクッキーだった。
「これかな?入れっぱなしだった……」
帰蝶お手製の、ボールクッキー。地面に落ちたのを拾う際に捕まり、混乱した日奈は袂に入れたまま、こんなところまで来てしまったらしい。それなりに乱暴に運搬されたのに、奇跡的に割れても欠けてもいない。
「あまいにおいだ」
「……食べる?」
「いいのか!?」
どうせ落ちたやつだし。というのは黙っていることにした。
地面に落ちたものだろうと長時間着物の中に入っていたものだろうと、彼は気にしないだろうとわかってしまったから。
クッキーに釘づけになった瞳は、はやく食べたいと口よりもお喋りだ。
割れないようにそっと手渡す。取られないようにか“巣”にでも持ち帰って食べる気なのか、彼はそれを素早くしまってしまった。
「おれはらいめい」
「え?ああ、名前か」
少年はこくりと頷く。
懐かない森の動物と、少しだけ意思疎通ができたように感じた。
「どういう字?」
「知らね。おれ、読み書きできねーし。拾った時にかみなりが鳴ってたからだって、あの坊主は言ってたな」
「じゃあ、雷鳴かな。かっこいいじゃん」
そう褒めると、雷鳴は照れたように視線を逸らし、それから「変な女!」と捨て台詞を残して姿を消した。クッキーは持ち逃げされた。
帰蝶なら彼の動きも捉えられたかもしれないが、日奈には消えたようしか見えなかった。
魔法使いの、黒猫みたい。場違いな笑みがこぼれた。
「ふふ……これよ……」
敵のボスに攫われて人質に……俺様な男……おもしれー女……黒猫みたいな少年……お前、甘い匂いがする……。
乱暴に攫われて、信頼関係が出来たと思った仲間は誰も助けてくれなくて、一人になって。先の見えない恐怖に、目隠しの中で泣いた日奈は、もういなくなっていた。
「私が求めてたのは、これなのよ!!」
ガッツポーズをとり、立ち上がる。
暗い顔などしていられない。帰蝶は嬉しいことがあったとき、自身の身分や周りからどう見られているかも考えず、両手をあげて全身で喜びを表現していた。
この世界に来て、日奈は初めて自分の感情を、誰も見ていないとは言え思いのまま、ただまっすぐに噴出させた。
「これでこそ私が求めてた、乙女ゲームの世界なのよ!!」
日奈はもともと、少々夢見がちな女の子なのだ。
次回より帰蝶視点に戻ります。
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