114話【日奈】これでこそ乙女ゲームだって1
※日奈視点です。
「仕方ねーだろぉ!?帰蝶の部屋にいて、帰蝶みたいな顔してたんだよ!」
「だから下調べをしろっつってんだよぉ!いっつもいつも何やってんだよテメーはぁ?何回言ったらわかるんだぁ!?」
「ちゃんとしたさ!その前から帰蝶のふりしてやがったんだよ!帰蝶の着物着て帰蝶みたいに振る舞って!騙したのはコイツだ!文句があるならコイツに言え!!」
「それを見抜いて本物を連れてくるのが、テメェの仕事だろっつってんだよ!」
大声で言い合ったのち、べしりと一発、大柄な男が少年の頭を叩いた。
痛みからか衝撃からか、小気味良い程に回っていた少年の舌がようやく止まる。
二人の話題に上がっているのは、日奈だ。
話しぶりから察するに、目的は織田信長の正室であり岐阜城主という珍しい立場の帰蝶を人質に、織田と何か有利な交渉をしたかったのだろう。それが、実行犯に選んだこの少年は最初から日奈を帰蝶と認識していたらしく、勘違いしたままここまで連れて来てしまった。
そして早々に、ニセモノだとバレた。
ここは、どこだろう。
武家屋敷の中の一室のようだが、何城なのか、城ではないのか、見当もつかない。
夜になってしまったようで外は暗く、行燈だけの室内も明るくはない。もちろん時計もないので何時かなどわからない。
この部屋へ連れられるまで、岐阜城を出てすぐに日奈は目隠しをされていた。城の外観や道順でも見ることができたのなら、日奈にはすぐにわかったかもしれないのに。
「俺はさぁ、よく喋る人間は嫌いなんだよ」
こいつみたいに、と、部屋の端でむくれている少年を親指で差す。男はずかずかと畳の上を歩いて進むと、威嚇するように日奈の目の前で足を止めた。
明るい色味の髪が、大仰な動きに合わせて揺れる。目隠しの布をずっと濡らし続けていた涙が止まったのは、恐怖もあるが、それ以上にこの男の容姿のせいもあった。
不自然なくらい、整っている。
「この世で誰よりも信用できるのは、無駄な言葉を話さねえ人間だ。言葉を覚える前の赤子が一番信頼できる。だが、赤子じゃ使えねぇ。だからあいつみたいに童の頃に拾って叩き込んでやったのに、なんでか反対に無駄なことばっかり喋るようになっちまった。せっかく善行を積んでもこれじゃ、仏様はいねぇのかって思っちまうね」
男は長い脚を折り、日奈の顎をその手指で掴み上向かせた。
「なあ、嬢ちゃん?」
怖いけれど、やはり、イケメンな尊顔に目が行ってしまう。
信長や光秀の顔も声にも慣れたはずなのに。こんなに強引にその顔を近づけられては、反射的に見入ってしまうしかない。
気を抜かないようにしながら、日奈はどうすれば命が助かるかを考え、一方でどうしてこの男がこんな容姿をしているのかを熟考していた。
竹中半兵衛は、まだ戦国時代で美男と呼ばれる顔と言った程度で収まるものだった。黒髪に色白の華奢な青年。少々西洋的ではあるが、そこまで彫りの深くはない、日本男児らしい容姿。
だがこの男は、戦国時代に居てはおかしい。美形だが、髪の色や話し方が現代的なのだ。
モブキャラじゃない。けれど、日奈はこんなキャラを知らない。
「で、だ。お前さん、ただの侍女や影武者にされただけの何も知らねぇ村娘ってわけじゃねえだろ。かといって忍びや武士みてぇな心得もない。なのに、本物の大名家の娘のように、後生大事に護られてたそうだな」
再度、男が問う。「お前は一体何者なのか」と。
さっきまで泣いていたけれど、もう怖くはなかった。これがもっと醜悪な容姿の男や、今川義元のように何をするかわからない立ち絵だけのキャラなら、怖かったかもしれない。
けれど、乙女ゲームに慣れた日奈にとって、彼の容姿は逆に安心感を抱かせた。
「私は、先見の巫女です」
「あーー……、織田が傾倒してるっつー、アレか」
こく、と深く頷く。男も納得したようだった。
狙いの帰蝶でなくても、先見の巫女なら殺されないかもしれない。利用価値は、ある。
「じゃ、なんか当ててみろよ。そうだ、俺が誰だか当ててみろ。未来が見えるんなら容易いだろ?当てたら、しばらく命は助けてやる。織田との戦にも使えるしな」
できないのかと凄まれ、日奈は慌てて「できます!」と答えていた。
以前信長達の前でも披露したように、占いをするふりを取って、目を瞑る。その間に、彼が誰なのか、ここがどこなのか見つけなければ。
こんな二人組は、ゲームに出てこない。
それでも当てなければ。今までの会話や、少しの特徴からなんとか名前だけでも当てないと、利用価値がないとされれば、ここで殺される。
日奈は神をおろすようなふりをしながら、部屋の端の少年を薄めで見やる。
一番長くいたのは、このアサシンのような少年だ。
しかし戦国謳華に出てくる忍びは、くのいちの夕凪だけ。
忍びなら猿飛佐助や霧隠才蔵といった真田十勇士か。しかし、真田幸村はこの時代まだ子どもだ。見た目年齢があてにならないとは言っても、その従僕がこんな姿で登場するにはさすがに早すぎる。
この子は何と呼ばれていただろうか。「コイツ」「アイツ」ヒントになりそうな呼び名ではなかった。日奈にはあの立ち回りで流派を特定することは不可能だ。
残されたのは、この目立つ大柄な青年。
美丈夫だ。
明らかに、攻略対象者。
でも、戦国謳華にはこんなキャラはいないのだ。たとえ立ち絵だけの非攻略キャラだったとして、漫画にしか出てこないキャラだったとして、このインパクトで日奈が覚えていないはずはない。
(本当に、続編できたのかな……。)
もし続編のキャラだとして、もしアニメやコミカライズされたときのオリキャラだとして、彼は誰だろうか。
武田信玄、足利義昭、は、今川義元と同じく立ち絵があった。こんな派手な姿ではなく、NPCのように地味な男だった。
「わかんねえなら、死ぬかぃ?巫女さんよぉ」
「ま、待って!占いするにも時間がかかるの!!」
占いをしているふりをするにも、限界がある。
はやく、考えろ。
考えろ。
一度は死を受けいれた身ではあるけれど、まだ死にたくない。
死ぬわけにはいかない。
あの子を、助けてあげるんだ。
『蝶を助けてやってくれ』
脳裏に浮かんだのは、炎から散る燐。
燃え上がる、満天の星空のようなみごとな赤。
帰蝶を攫おうとしたのなら、この男は織田に敵対する者だ。ここは敵地だ。
タイミングで考えれば、このあとあるのは朝倉攻め。敵対勢力なら、朝倉義景か。
いや、朝倉氏は信長のライバルとは言えない。
今後のイベントで考えれば二章程度で滅ぼされる。こんなイケメンにする必要がない。
彼はライバルだ。
織田信長と敵対し、織田信長を害するもの。
一章程度でいなくなる存在じゃない。
(そんなの、明智光秀以外にいないよ……。)
瞼をあけて、改めて彼の容貌を焼き付けてみた。
整った鼻梁。鋭いが、力のある目つきに宿るのは野心か。自信の溢れる表情の似合う、堂々とした顔つきは戦国大名として風格があるが、どこか儚いものを感じる。
おそらく、最後までいかない。半ばで倒される中ボスだ。
信長ルートでは前半ボスとして美濃の斎藤義龍が君臨するが、彼に、少し似ている。
よく見ろ。あとヒントになるのは、纏っている衣装だ。
髪色は、信長よりは暗い色の赤。それを引き立てるような落ち着いた色の着物。ゲームキャラらしく装飾の多いそれは、けれどもいつも見ている信長や光秀に比べると質素なものだ。
一番上に、流すように羽織った上衣は、袈裟に、似ている。
(好戦的な見た目や言動とは裏腹に、帰蝶を殺さず攫ったのは、殺生をしたくなかったから……?)
ぱちり、瞬きをして、視界を広げた。
そうか、この人は……
「あなたは、本願寺の顕如様ですね」