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108話【十兵衛】星がただ綺麗で

※十兵衛視点になります。

※107話の別サイドですので、話はあまり進行しません。

 上に、帰蝶が乗っている。

 身動きを取ろうと思えば取れる。彼女はさほど重くもないので、失礼ではあるがそのまま持ち上げることも可能だ。

 けれど、見おろしてくる必死で大真面目な表情に、その気はなくなってしまった。


 横になった彼女へ柄にもなく詰め寄ったのは、少しだけ嫌味を言ってやろうとしただけの、普段振り回されていることへの意趣返(いしゅがえ)しのつもりだった。

 彼女の側仕えから外されたこと。本来いるべき“一番近く”の場所を奪われたこと。

 彼女がなぜ避けるのか、などわかりきっている。


 僕が彼女を望んでしまったからだ。


「私の望みを、聞いてくれますか?」

「あなたの言葉で教えてくれるなら」


 帰蝶は真剣な表情のまま頷き返した。


 望みは、ずっと、変わったことはない。

 彼女が成長して、僕が成長しても。

 彼女が誰かの妻になっても、彼女が意見を聞くのが僕じゃなくても、彼女が傾倒するのが怪しげな巫女でも、彼女が傍に置くのが誰でも。

 彼女と出会ってからこれまで、ずっと。


 見上げれば、星空は彼女の整った顔で半分欠けていた。

 これは本心だから、繕わなくてもいいから。思わず幼子の頃のように笑みが漏れた。


「ずっと小蝶と一緒にいたい」


 そう告げた瞬間、彼女の瞳の中の光が大きくなって、星のようにくるりと回った。

 嬉しい、と、読みやすい顔に出ている。

 やわらかな頬。このまま、手を滑らせて唇にでも(うなじ)にでも触れたら、彼女はどんな顔をするのだろうか。

 男の胴の上に自分から乗っているくせに、こちらがはしたないと指摘するまで気が付かない。

 おそらく指摘すれば、顔を真っ赤にして転がりだすだろう。

 殴ってくるかもしれない。

 彼女は少し鈍いだけで、意識さえさせられれば急に初心な少女のような反応をするのだ。

 見てみたいけれど、今はそんな邪な考えを彼女に悟らせてはいけない。


 以前に、巫女の娘を問い詰めた際に言われた言葉がある。


「あなたはそんな人じゃなかった。こんな風に誰かを責めたり、脅したり……どうして変わってしまったの?本来のあなたは、優しくて女性にも丁寧で、正義感に溢れた人だったはず」


 あの娘が占いで何を見たのかは知らないが、本来の僕がそうだったとしても、今の僕は違う。

 父母の復讐の為に、叔父とその子を殺した。

 帰蝶に害をなす者を見つければ、容赦なく斬り殺した。

 帰蝶を快く思わない者がいれば、信長に告げて謀殺した。

 男でも、女であっても、だ。


 人と違う道を進むのなら、それなりの犠牲が必要だ。

 彼女がそれを払う必要はない。その綺麗な手を汚す必要はない。

 僕の答えに安心したように涙を溜めたその顔は、満点の星空よりも瞬いて綺麗だった。


「私の隣には信長様がいるわよ?」


 信長(あれ)はまだ使えるから、しばらくはそこにいて構わないよ。


「だったら、いいかげん仲良くしてよね」


 するよ。


 彼は、なぜか僕を信用している。どれだけ刃を向けても、嫌味を言っても。

 どうやら、帰蝶()の身内には甘いらしい。

 それなら、利用できるうちは利用する。

 帰蝶の望みが叶って不要になったら、その後であの男は僕が殺す。君に悟られないように殺すことくらい、できる。


 君が望むのなら、僕は望む答えを(いく)つだって持っている。

 僕の望みは、幼い頃から変わらない。


 君とずっとともにいる。

 たとえそのためにどれだけ屍を積むことになろうとも。

 君の隣にいるために。

 君が見る先をともに見るために。


「……っ、?」


 突然、目の奥が熱くなり、彼女の顔が見れなくなった。

 これまでも時折、頭の中になにかの絵が切りこまれるように浮かぶことがある。

 チリリと瞼の裏に残る熱とともに映ったのは、燃えてるのは明智城だろうか。それとも他の、殺した者達の情念の炎だろうか。


 静かになった視線を横に移せば、帰蝶は空を見上げて笑っていた。

 眠る前の戯言(たわごと)のように、無防備に晒された手を取ってみる。


 夫婦(めおと)でも情人でもないのだから、手を取ることくらい許されるはずだ。

 指に込められた熱に気付かないのか、彼女は瞬く星と同じように笑った。

 僕も鏡のように笑みを返す。



 君が見る先を見るために。

 この手が汚れる、どんなことをしてでも。





*******


 切りこまれた絵をバラバラと舞わせながら、炎の中で男は笑う。

 驚くほど鮮明に描かれた絵は、四辺を焦がしながら舞い、散っていく。


「それで、後悔はしないのか?」


 しない。


「その先で、誰が死ぬことになっても?」


 うるさいな。

 ぜったいにしないと言ってるだろ。


「彼女が、死ぬとしても?」





一区切りつきましたので、次回より少しスピードアップさせます。

いつも評価などいただき、ありがとうございます!

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