104話 上洛準備をいたしまして2
足利義昭さん邸に着くと、話がちゃんと言っていたのかすんなり本人の前に通してもらえ、これまたすんなり交渉はうまくいった。
私、必要ありましたかね?
「案外早く終わっちゃったわね」
「そうですね」
「えっと……お茶でもしてから帰る?」
「駄目です。すぐに戻って報告しましょう」
「ハイ。……ねえ、なんか怒ってる?」
前を歩いていた十兵衛の綺麗な顔が、ぎゅるんっと勢いよく振り返ってきて驚いた。
いや、機嫌悪いの気付くからね?目とか合わせようとしないし。
「……気付かなかったのですか?」
「いや、気付いたから言ってるんだけど。何怒ってるの?」
「そうではなく、義昭様です」
私が日奈から事前に情報収集をしたように、十兵衛は交渉ごとではきちんと前準備をする。
それで聞いたらしい。
足利義昭は好色で、男女どっちもイケるタイプとの噂。
道中それを聞かされて、私はなぜ交渉がこのメンバーなのか、納得した。
私達は顔だけはいいからね。私は「黙っていれば」がつくけど。
従兄弟同士なだけあって、顔の系統も似ている。
信長は事前に知ってたのでしょうね、義昭様の好みを。
妻と部下をコンパニオン役に差し出すとはなんて魔王だ。
実際、さっきお会いした義昭様は私達の顔を比べるようにじろじろ見て、それから満足げに微笑んでいた。ニマニマしていたと言ってもよい。
そういうことね、と私は愛想笑いで返して、交渉の邪魔にならなように黙っていたのだけど。
私を“大事な妹”扱いしている十兵衛としては、それは面白くないか。
「あれくらい許してあげたら?私はそんなに気にならなかったし。手を握られたわけでもセクハラされたわけでもないんだし」
「帰蝶様は危機管理が甘すぎるので」
それは否めない。
時々会う家康くんも、会うたびに夫と護衛の目を盗んで私の手を握ろうとしては怒られている。
彼は、女性を見たら手を握って口説かなければいけない病にかかっているのだ。
私は手くらいいいと思うのだけど、この時代の人は手と手の触れ合いは特別な時しかしないのだそう。
「でも、見られてたのは十兵衛もでしょ?」
「ええ、ですので睨み返しておきました」
しれっと言うので笑ってしまった。
さすが美形プリンスキャラ。自分へ向けられる好意の視線と黄色い声への対応は慣れたものだ。
でもなんとなく、義昭氏は私より十兵衛の方を気に入った感じだったけどな。
メインで話してるのが彼ってのもあったけど。私のことは最初にひと舐めしただけで、あとはずっと十兵衛を隅から隅まで見てた。それこそ舐めつけるように。
交渉が上手く行ったのは、信長の名声だけでも、十兵衛の話の上手さだけでもないと思わせるくらい。
男女どっちもイケるっていう噂は本当だったのかも。
何かあったら、私が守ってあげなきゃ。
などと考えていたら、お屋敷を出る一歩前のところで呼び止められ、従者の人から十兵衛だけ戻るよう言われてしまった。
私だけ顔が青ざめる。
「な、なんで!?」
「義昭様より、お伝え忘れたことがあると……」
「では帰蝶様、すみませんが戻りましょうか」
「いえ、明智様のみ、お一人でいらしてほしいとのことです」
「やばいやつじゃないそれ!!」
遣いの方が言うには、どうしても十兵衛一人で、どうしても今すぐに戻ってきて欲しいとのこと。
ぜったいいけないやつ!
さっきは二人で普通にお話が終わったのに、やっぱ一人で戻ってこい、とか怪しすぎるでしょ。十兵衛のお尻は私が守る!
「一人でなんて駄目よ。私も一緒に行く!」
「ですが、せっかく話をまとめた後に変に揉めるのは……ここは言われた通りにしましょう。帰蝶様をお一人で残すのは少々心配ですが」
「そっち!?私より自分の心配しなさいよ!?」
従者の人が「早くしてくれ」と見守る中、私と十兵衛はお屋敷の門前で揉めた。
そして、数分後、なぜか悲鳴があがった。
「きゃあああ!!」
時代劇でありそうな、女性が悪漢に追われているような声と、複数人の足音。
次から次へと、なんなの!?