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101話 おにパをしまして1

 我が夫であり織田軍の上司から下された、岐阜城城主として最初の仕事は「岐阜城の改築工事」だった。

 しました、改築工事(リフォーム)

 これを機にロフトとか収納たっぷりのお部屋とか作ろうかと思ったら、普通に却下されたので、内装が少々西洋風になるにとどめましたが。

 厨房とかシステムキッチン風にしたかったんだけどね。予算と技術の問題が厳しくふりかかった。


 そして、改築が無事に済んだ吉日、私はおにぎりを握っていた。


 この時代には高価な白米。

 お祝いということで信長にたくさんいただいたお米を、給仕係のみなさん総出で炊いてもらい、炊きあがった分から、握る。

 改築祝いと半兵衛くんやその他斎藤兵の歓迎会も兼ねているので、出し惜しみはしない。無礼講(ぶれいこう)というやつだ。


 具材も、ここでは塩むすびが一般的だそうだけど、今日は色々入れちゃう。

 まず、鶏の唐揚げでしょ、卵焼きでしょ、漬物を刻んで混ぜ込むのも、食感が加わっていいよね。

 梅干しやつくだ煮といった定番の具材も。

 昨日たくさん用意しておいたのだ。


 そして、私が今回一番力を入れて作るのが、これ。

 焼きおにぎり。

 前世でもご飯が余ったりしたらよく作ったのよね。


 火にかけた焼網(やきあみ)の上に、握ったおにぎりを乗せ、焼きながら刷毛(ハケ)で醤油を塗っていく。

 塗った瞬間、染み込んだ醤油が網と接してジュウウッと音を立てる。そしてあがる、香ばしすぎる香り。だめ、もう食べたい。


「あれ、お醤油だ。この時代にはないって言ってなかったっけ?」

「そうなの!先日ね、清州城の味噌蔵のみなさんから連絡があって、ついにできたのよ!それっぽいものが!」


 一緒におにぎりの準備を手伝ってくれていた日奈に、届いた醤油を見せる。

 彼女も小袖の着物をたすき掛けして捲りあげ、やる気満々だ。


「おお、ちょっと色が違うけど、醤油っぽい!」

「でしょ?味噌焼きおにぎりもいいけど、醤油も欲しいじゃない?」

「おいしそ~!チーズとか乗せたいね」

「それはまだないんだわ~」


 となりの網のおにぎりには、刻んだ大葉と味噌を混ぜたものを塗って焼いていく。

 チーズや乳製品の開発は、まだまだこれからだ。

 美濃は私がいた頃のワガママによって養蜂と養鶏が進んではいるけど、全体で見ると小規模な産業だ。酪農をするにはもう少しかかりそう。

 でも、父上と兄上が約束を守ってくれて、美濃は本当に豊かだ。

 そのせいか、織田が攻めなくても他の国から攻められてはいたみたい。それを兄上がきちんと退けて守ってた。

 織田が勝てたのは私への同情票と姑息な手。正攻法で戦ってたら勝てなかった。

 兄上はやっぱりすごいのだ!


 と、日奈相手に兄をヨイショしまくっていたら、清州城メンバーが到着した。

 米粒だらけの手に醤油の香る着物のまま迎えると、男子達に苦笑いされた。


「いらっしゃい!今日はおにパにしたから、お庭に来てね!」

「おにぱ」

「おにぎりパーティー!」

「おにぎりぱーてぃー……」


 みんなの困惑がすごいけど、会場へ連れて行ったらそれなりに喜んでくれた。

 この岐阜城下では信長の評判が悪いので、おにぎりは下町のみなさんにも配るようにした。もはや炊き出しだ。


 普通は、戦に勝ったときの宴ってのは、偉い人とか武功をあげた人でお酒や懐石料理を出して厳かに楽しむのが普通らしいのだけど、たまには立食形式の軽いパーティーをしたって、いいじゃない。

 今回の戦も改築も、大工さんや大砲を作ってくれた職人さん、みんなの協力があってのことなんだし。上に立つものはみんなのために働きに見合った賃金と、ねぎらいパーティーを開くのは当然。と言ったら、魔王信長は「?」と顔に出して理解を示してはくれなかった。

 大丈夫かな……悪虐非道第六天魔王ルートなのかな……。


「サルのヤツは?」


 気に入ったのか、二つめの醤油焼きおにぎりを頬張る信長。

 私の作ったものは基本、すべておいしくいただいてくれるので、そこだけは優しく出来た夫だ。


「秀吉くんは裏でおにぎりを握ってるわ。そんなことしなくていいって言ったんだけど、裏方の方が好きなんだって」

「お前にいいとこ見せたいんだろ」

「いや、あれは生来の謙虚さと気遣いの魂のなせるワザよ。私の下につかせとくだけなんてもったいないわよね。清州城(そっち)へ連れて帰る?」


 秀吉くんは、厨房でものすごい速さでおにぎりを握ってくれている。

 彼は本当に器用で、気遣いができる人だ。そして、誰についたら“当たり”か、嗅ぎ分ける嗅覚がすごいのだと思う。

 今、信長に気に入られるには岐阜城の主である私に気に入られるのが一番だものね。


「サルは蝶のところにいた方がいいだろ。アイツは、その方が伸びる」

「そうかな?それなら、いいけど……」

「それにしても人を呼びすぎではないですか?城下の者たちまで……」


 十兵衛は側近らしく、私と信長の後ろで険しい顔をしながら文句を言う。


「町人のみなさんには、門のところでおにぎり配るだけ。お城の中までは知ってる人しか入れません!夕凪もそこにいるし!警備はちゃんとしてます!」

「あーい!」


 おにぎりもぐもぐしながら、夕凪が出て来た。説得力がない。


 よく見てもらえば、町人風の格好をしてわからないようにしているだけで、夕凪他忍び衆の面々がきちんと警備にあたってくれている。紛れて毒とか仕込まれたらたまらないものね。

 米粒を飲み込んだ夕凪が十兵衛に守備を報告すると、十兵衛も渋々納得したようだ。

 そして三個目のおにぎりを食べる信長。「こういうのもいいかもな」と独り言のようにつぶやいていた。なにか考えている時の声だ。やっぱこの人大物だなあ。


 私としては、曲者(くせもの)が紛れ込むとかより、嫌いな柴田勝家がいることの方が不満ですよ。

 でも、彼は私とのことは端に置いて、信長を誠心誠意守っている。

 念願の「強くてそれなりにまともな主」に仕えることができて、本領を発揮しているのだろう。みんなの評判もよい。

 私の生理的好き嫌いでとやかくできる人物ではなくなった。


「おや、帰蝶様。お久しぶりですねぇ」

「どうも、勝家様。お久しぶりです。お元気そうでなにより」

「えぇ、帰蝶様も」


 無。


 特にこれ以上の会話はない。

 なぜ私たちが仲が悪いのか、他のみんなは仲が悪いとも気づいていないのかもしれない。一応、ギスギスオーラは互いに隠している。大人ですから。


「あ、兄上!じゃ、勝家様も会をお楽しみあそばせ!オホホホホ」


 新城主に挨拶をしたい人達を適当にかわしながら、見つけた義龍兄上(今は龍興様か)のところへ向かった。

 勝家のことは、知らん。好きにしてくれ。

 放っておいても害はないらしいのがわかったので、本当にただの私の好き嫌いだ。


 それよりも、兄上だ。

 日奈には否定したけど、やっぱり兄上を見ると嬉しくなるし、視界が輝く気がする。側にいきたくなってしまう。

 推しキャラ、といえばそうなのかも。


「龍興様!来てくれたんですね!お加減はいかがですか?」

「帰蝶殿に呼ばれれば馳せ参じますよ。この度は居城のご改築、誠におめでとうございます」

「うう……敬語やめてください……」


 兄は先の戦で肋骨(あばら)が折れておりまして。たぶんまだ完治はしていない。

 犯人は、言わずもがな私です。

 側近の方々が、私を睨むように見ている。


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