95話 兄上に伝えて1
私の考える作戦なんて、小細工も暗躍もない、単純な総力戦だ。
やれることを全部やる。できることをできるかぎりの力で、やる。
もとの作戦通り、一夜城は作ることにした。ただし大砲作りと並行で。
城が一夜でできるなら、大砲だってできるよね?
次に、家康くんになんとかして援軍を出してもらう。
これは信長が自ら動いてくれた。
わざわざ家康くんのところへ出向いて頼み込んでくれたのだ。
あの織田信長に正装で頭を下げられたのなら、と、信長嫌いな家康くんも了承してくれた。
私は感動のあまり、昔のように家康くんの頭をぐりぐり撫でてしまい、帰ってから我に返り赤面した。あと十兵衛に怒られた。
それにしても、こういう効果のために普段は正装しないで適当な格好ばっかりしてるのかしらね、私の夫は。
そして、この物理で殴って総力で押す作戦を確実にするのに一番大事だったのが、内通者および離反者の確保。
要するに、裏切り者作って引き抜き作戦。
私ではなく日奈と十兵衛の付け足し案だ。信長はもともとここまで考えていたらしい。
先日のデートにも実は意味があって、お店や旅人からちゃんと情報を得ていた彼は、誰を敵側から引き抜くかを考えていた。
その情報と、日奈が持っている知識と、十兵衛の丁寧な交渉により、美濃から使える人物を離反させ、斎藤義龍包囲網が完成!
下準備と地道な根回しがこれほどに大切なことだと、思わなかった。
私が普段どれだけ考えも準備もなしに突っ走っていたかってことね。
決戦当日。
久々に訪れた稲葉山城は、なんだか悲しそうだった。
ここで生まれ育った私達が、兄妹で争ったりなんてしてるせいよね。
城が泣いてるぜ!と心の中で叫び、私は閉ざされた城門に仁王立ちした。
後ろには我が織田兵がぞろぞろと続いている。
竹を曲げ、紙を巻き付けて作った簡易メガホンを口に当てた。
「兄上ーーーーー!聞こえてるんでしょう!?出てきてくださーーい!!」
稲葉山の大筒は無効化した。
向こうが大筒を発射する前に、私達の織田ストロング砲(私命名)が火を噴くことになる。一夜城の前にずらっと並べて狙わせている。
斎藤のみなさんは驚いただろう。
突然、何もなかったところに城が現れ(さすがに一晩ではなかったけれど)、そこを拠点にどんどん攻めてくる織田軍。城内には裏切り者がいて、誰がそうなのか、何人いるのかもわかない。
内通者がいる以上、もう軍は動かせない。
兄上は、完全に詰んでいた。
「この城は完全に包囲されています。故郷のお母さんも泣いてますよ……じゃなくて、出てきて信長様との交渉に応じてください!でないと、城下に火を放ちます」
おいおい、お前の故郷じゃねえのかよ、というみんなのドン引きな心の声が聞こえる気がした。
実際青ざめている人もいる。
さすがに焼き討ちイベントは避けたいので、これはただの脅しですよ。
「姫さん、姫さんはあんまり前に出ない方がいいっスよ。兄殺しの汚名着せられたらイヤでしょ。ただでさえ、斎藤は父殺しって言われてるのに」
「あら、私が兄殺しになるかどうかは、このあとの交渉次第よ」
「でも出てきませんし……自害とかしちゃったらどうするんスか」
「大丈夫です。義龍様は出てきますよ。それに、」
「彼はそんなに弱くありませんから」
戦国時代、劣勢になると自害しがち。
でも、十兵衛の言う通り、兄上は出てきてくれるはずだ。
しばらくの沈黙ののち、兄は数人の家臣の方と一緒に出てきた。
信長にはえらい人らしく後ろででーんとしてもらっているので、今回の交渉は私の仕事。
兄は、当たり前だけどずいぶん疲れた顔をしていた。
「まさか西美濃三人衆が裏切るとはな」
「あれ、ご存知だったのですか?」
「ついさっきな。でなきゃここまで追い込まれねえよ」
自虐的にこぼす兄に、少しだけ申し訳なくなる。
本当は、この世界の兄上は、追い込まれてなんていなかった。
史実ではともかく、ゲームでは兄上はワンマンで、マムシと呼ばれた狡猾な父のアップデート版みたいなやり方のうまい人だったそうだ。
嫌っていたはずの父親と同じ策を使い、身内だろうと不要であれば冷酷に殺す。使えない家臣も殺す。
戦も上手く、戦国謳華においては中ボス的な強さで美濃に君臨していた。
けれど今世で何が影響したのか、父の思想や影響はだいぶ薄れ、ちょっとかわいい性格になっていた。
父との戦い以降、自分を信じる家臣たちを思いやり、織田ほどではないが、実力のあるものは女でも子供でも重用する。
その結果があの、戦国時代後期にならないと出てこないはずの大筒。妹のおねだりを聞くようなキャラじゃないのだそうだ。
でもそれがもしかしたら、病死せずにここまで生きている理由では、とも、日奈は言っていた。
いったい兄上の中で何がどう変わったのかはわからないけど、元気で生きてるならいいことだ。
健康かつ家臣や民を思いやり、頭もキレて戦も強い斎藤義龍は、いわば無敵だった。
離反したい家臣なんていない。
それがどうして重臣が裏切る結果になったのかというと、織田に私がいるのが、決め手の一つになったらしい。
離反したのは、父上の代から斎藤にいる重臣の方々だった。
そちらの交渉作業は十兵衛に任せていたので詳しくは不明だが、みなさん「幼い頃から知ってる帰蝶様がいるなら」とか「実の兄上に殺されるのはかわいそうだ」ってことでこちらについてくれることになったらしい。
よかった〜、幼少期に記憶思い出しといて!
悪役令嬢から改心した私を見て、同情票を獲得できたのだろう。
そして、重臣が離反した兄上に、私達は容赦しなかった。
「ごめんなさい。奥方様とお子様も、もう逃げられません」
「ああ、本気で囲みやがったな。あの大筒、何門あるんだ」
「五門です」
はあ、と兄上は憔悴しきった顔のまま溜息をつく。
本当に詰んでいる、と実感したのだろう。
本当は、織田ストロング砲は突貫で作ったから、実際に発射できるかはわからない。飛距離も威力も不安。ただの脅し用だ。
「……お前は、稲葉山の構造も全部知ってるからな……」
「それがわかってて、どうしてもっと早く逃がさなかったんですか?」
「ここまでやると思わなかった、俺の落ち度だ」
兄上は、私と信長の甘ちゃん夫婦が、ここまで非情な作戦に出るとは思わなかったのだ。
それはたぶん、私の中にもあった「兄妹」という甘え。
「悪いが、俺の首はやるから、他は勘弁してくれ……」
「兄上!!」
ベッコベコにへこたれてる兄を見ていたくないので、私はそれを大声で遮った。
ぐ、と握った拳を前に突き出す。
「私と、真剣勝負してください!」
「…………は?」
「大将と大将の一騎打ちです。かっこいいでしょ?うちもあまり兵の数を削りたくないですし、兄上にもメリットあります。私に勝てば状況が覆るかもしれません。最終問題10000ポイントです!」
「どういう……大将と大将ってお前」
突き出していた拳を開き、自分の胸に当てた。
ついでに、安心させるよう笑ってみせる。
「大将は私です。私が勝ったら、美濃は私がもらいます」
「織田が、じゃなくてお前が、なのか?」
「はい。信長様には了承を得ました。美濃は織田の属国になりますが、実質の統治者は私になります。このお城も、私のもの」
兄はその切れ長の、ちょっと怖い目を子供の頃みたいに丸くしたまま、私を見ていた。
なんだか、なつかしい気分だ。
「……俺が勝ったら?」
「私は負けたら、兄上のお嫁さんになります」
へ、と間抜けな声を出したのち、兄は吹き出すように笑った。
ようやく笑ってくれて、嬉しい。
「アホか!いらねえよ!」
「まあ、お嫁さんてのは冗談ですので、人質にでも捕虜としてでも家臣の妾にでも。好きに使ってくださいな」
兄上が勝てば、私は兄上のところで人質扱い。一時的ではあるけど、人質を置いてるので斎藤は織田と有利な交渉ができる。
私が勝てば、この国は私のもの。一応身内だから、斎藤の兵や奥方お子様たちを無残に殺したりはしないだろう。ってことで。
戦に負けてる兄上は、どっちみちこの勝負を受けるしかないのだ。
さあ、私の大好きな真剣勝負だ。
何回目?っていう義龍兄上との真剣勝負イベントです。
帰蝶はとりあえず一騎討ちして語り合いたいようです。
次話で美濃編終局になります。