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93話 そして、デートへ行きまして2(離婚承認しまして)

 婚約破棄を言い渡されたら。離縁を言い渡されたら。

 国外追放になったら。断罪処刑ってなったら。


 悪役令嬢顔だなと自覚したあの日から、覚悟はしていた。


 戦国時代の婚約・結婚っていうのは、同盟のための政略結婚がほとんどだ。

 美濃へ侵攻すると織田が決めたってことは、美濃の後ろ盾(わたし)が必要なくなったということ。


 いつ離縁され実家に戻れって放り出されても、おかしくなかった。

 ゲームでの私は、離縁されないためにヒロインをいじめていたそうだけど、てことは、いじめず普通にしていたら離縁されてるってことよね。


 傾きかけた空を貫く、真剣さを帯びた瞳。

 彼は興味がない会話の時は、こっちを見ない。

 それが今は、一秒も逸らされない。冗談ではないのだ。


 見ていられなくて、私から逸らすしかなかった。これ以上貫かれてたら、きっと泣いてしまうもの。


「一応、理由を……教えてください」


 今日デートに連れてきてくれたのは、私と自分の気分転換じゃなくて、これを切り出すためだったんだ。


 ここは、那古野城の城下町から少し歩いて、広がる林を抜けたところ。

 開けた草原の向こうは崖になってて町が見渡せるけど、続く道も何もないから人は来ない。

 離婚問題なんてセンシティブな話題を話しあうのには、いい場所だ。


 覚悟はしてた。してた、のに、

 実際言われると、ものすごくショックだ。


 最初は、9歳で結婚なんて嫌だったし、相手が有名な織田信長って知ったところで嬉しさなんてなかった。

 はやく向こうから婚約破棄してくれないかなってずっと思ってた。


 ここでの織田信長を知る前の、出会う前の、物語のように教科書で読んでいただけの知識だったなら、今でも私は離縁でも婚約破棄でも簡単に了承して、次の手を考えていただろう。

 実家に戻ってのんびり領地経営を手伝うとか、小さい農地でももらってスローライフとか。

 でも今、私は信長を知ってしまった。


 隣にいると楽しいって、知ってしまった。


「お前最近ぶれてるぞ」

「ぶ、ぶれ!?」


 ぶれている。軸が?

 下がっていた眉毛が、驚きに持ちあがった。

 瞬きをして見上げれば、信長は悪戯そうに笑っている。

 笑うところだろうか。


「お前、アニキが勝つと思ってるだろ」

「そ、そんなことない。信長様に勝ってほしい」

斎藤義龍(アニキ)の首が運ばれてきたら、お前、泣かない自信あるか?」


 そこまで言われて、返答につまってしまった。

 見透かしたように、向き合う彼の顔には「ほらな」と書いてある。

 少し黙って考えてみた。


 泣かない。悲しくはない、と思う。

 悲しくはないけど、きっと、

 “悔しい”と、思う。


 だって、兄上の首は、私がとりたいって思ってたから。


「オヤジとも義兄(あに)上とも約束したしさ。お前を横に置いて、天下を取るって。だからまだ置いておきたかったんだけど、最近のお前は、駄目だと思う」


 続けられる言葉が、頭の中を回りはじめた。

 まだ私は兄上のことを考えていて、そっちまで至れない。意味を残していかない。


 美濃侵攻に賛成したのも、兄上と戦うことも、今でも反対する気持ちはない。

 信長に勝ってほしい。

 十兵衛や藤吉郎くんに、みんなに勝ってほしい。

 けど、心のどこかで「嫌だな」って気持ちがあったんだ。

 兄上のことを諦めきれなかった。


「俺は、俺を信じてくれるヤツとしか戦いたくない。傍に置きたくない」


 見透かしていた手が、私の頭を左右から両手で掴む。

 痛みはないけど、力強く。

 ぐ、と上を向かされる。


 焚火みたいとも、夕焼けみたいとも見える、燐の散る瞳だ。


「俺だけをまっすぐに見ない(おまえ)なら、いらない」


 ごく、と唾を飲み込む。喉が一気に渇いてきた。

 漫画ならこの赤の後ろに、どす黒いオーラが描かれているだろう。


 私は、織田信長の勝利を信じていなかった。

 だって、いつかは明智光秀に負けるから。

 いつかは十兵衛に嫌われるようなことをして、私の好きなこの人じゃなくなるんだって思ってた。

 魔王になってしまうんだろうと思ってた。


 そこがいけなかったんだな。


 自分の夫を、軽んじていたんだ。

 信じていなかったんだ。



「わかりました。信長様」


 この人は、この人だけはずっと、この歪みかけた世界で、ぶれぶれな私の前で、ただ一人まっすぐだったのに。



「私と、一騎打ちしてください!」


 ぱ、と手が離れたすきに、握った拳を二人の間に突き出した。

 こういうときは、(こぶし)で語るのが一番だ。

 というか、それしかない。


「私、たしかに信長様を信じていなかった……ごめんなさい。でも離縁したいなら、兎にも角にも私を倒してからです!私に勝ったら、兄上にも勝てるって信じますから、離縁も美濃侵攻も好きにしてください。|もう一分(いちぶ)も疑ったりしない。でも、もしも、私が勝ったら……」


 本当はスラっと刀を抜きたかったんだけど、残念ながら護身用の小さい懐刀くらいしか持ってきていない。信長がちゃんと帯刀していれば、お伴のいないお出かけでも、私に危険はないから。

 手持ち無沙汰な両手でファイティングポーズを取ると、彼は笑った。吹き出す感じで。


 私が素手で、帯刀した信長に勝てる確率は、ほぼゼロだろう。

 この人が本気になれば、今この数秒後にも、さげた刀は一瞬で抜かれて私の首なんてぽーんと高く飛ぶ。

 でも、ここは戦わないと。

 魔王・織田信長に「いらない」なんて言われたら、離縁を切り出されたら、女である私にはもうなにもない。

 暴力(ちから)で打開するしかない!


「お前が勝ったら?」

「私が勝ったら、美濃は諦めて、私と末永く、80歳まで生きてほしいです!」


デート編もう少し続きます。

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