92話 そして、デートへ行きまして1
「光秀様!?なに考えてるんですか!?」
「それはどちらですか。こんな時に伴も連れずに二人でなんて」
「心配な気持ちはわかりますけど、デートへついてくなんてダメですよ。野暮ですよ、野暮!」
「それはそうなんスけど~、さすがに誰もついてかないってのは、心配でしょ」
「でもねえ、せっかくご夫婦二人で出かけられる時間が出来たんですしねえ」
「そうですわ!帰蝶様だって、せっかくの逢瀬に護衛の方がついていたらお気を悪くされますわ!」
「そうですわ!いくら十兵衛様や藤吉郎様でも、野暮ですわ!!」
何度も「ついていく」と言って聞かなかった十兵衛及び男性陣と、それを「野暮だ」と責める日奈達お城の女性陣の間で、このような攻防が繰り広げられていたらしい。
当の私と信長は、それら全部を聞こえているけど知らないふりをして、二人で出かけることに無事成功した。
今川義元を倒して勢いづいてる、世間で話題の織田信長がお伴も連れずに奥方とのんきにデート。そんなのバレたら危ないって言うのは、これでも重々わかっているので、二人とも変装をした。
でもたぶんこれさ、日奈は言わなかったけど原作ゲームであったんじゃないかな。こういうお忍びデートイベント。
だって、信長くんのお忍び衣装が妙に、かっこいいというか、スチルみたいにキラキラしている。
彼はもともと赤髪に通った鼻筋のイケメンという目立つ風体。そして私も、悪女顔の、育ちがよさそうで性格悪そうな、どう見ても武家のお嬢様。
そんな二人が、少々地味目な衣装をまとったところで、オーラが隠しきれるわけもない。
なのに、城下町に出ても誰も気付かない。気付く気配すらない。
侍女のみんなに出かけたいって言っただけでスムーズにこの町娘風衣装が出て来たし、ぜったいあったわ、これ。
「なにしてるんだ?」
「いや~全然気づかれなくて、すごいわねって」
「そりゃそうだろ、変装してるんだから」
「いや~~~」
奢ってもらったお団子の最後のひとつを頬張りながら、隣に座る信長を見る。
今日も違わず顔がいい。アイドルだったら推してた。(今世でえーと、5回目くらい?)
戦場で槍振り回して火縄銃構えてギラギラしてるのもいいけど、私は、隣でこうやって並んでお団子食べてる姿が好きだな。
久々に仕事や戦以外で外に出られて、機嫌はとてもよさそう。
もちろん、楽しいのは私もだけど。
本日のデートプランは、信長にお任せしていた。
作戦会議の時に言い出したから、きっとデートという名目で、なにか隠密行動でもとるのかと思っていた。しかし、来てみると本当に、戦国時代の普通のデートって感じのことだけ。
お父様とじいやさんのお墓参りに行って、町でお買い物して買い食いして。世間話して。楽しい時間をすごしてしまった。
十兵衛やみんなが言っていたとおり戦の真っ最中なのに、申し訳ないくらい楽しい。
彼は破天荒キャラに見えるが、案外会話は通じるのだ。
時々ちょっと何考えているのかわからない言動も出るけど、そこが面白いところだから、長時間、二人でいても退屈しない。
そして最後に、お団子を食べ終わった私を案内してくれたのは、見覚えのある場所だった。
「あ……」
「気づいたか?懐かしいだろ?」
ここは、私が尾張へお嫁に来た日に、信長に斬りかかった場所だ。
あの時とは季節が違うので、枯れて雪を被っていた草は青々とした色に変わり、同じ向きにそよいでいる。新緑の苦い匂いがする。
「うん」
なつかしさと、楽しかった今日が終わろうとしているさみしさに、胸の奥がきゅっと詰まるように感じた。
ここへ来たばかりの頃は、織田信長が嫌なヤツに育っていたら本当に斬ってやろうと思っていた。
十兵衛と二人で天下を取るのもいいんじゃないなんて思ってた。
それに、ゲームの世界だと思わなかった。
あんなに可憐なヒロインが、あんなにしっかりするなんて思わなかった。
色んなことがあった。
急に走馬燈みたいに、記憶の断片が一気に頭の中に回ってくる。
指を折ったりして臥せってたから、気分転換のために連れてきてくれたのかな。
ここへ初めてきたときだって、あれは、これから夫婦になる私との時間を大切にしたいと思った彼の滅多に見れない、淡く優しい気持ちだったのかもしれない。
隣を見れば、信長はまっすぐ、空を見ていた。
草の匂いと同じ、夏を感じる遠い空。
彼の瞳はいつもまっすぐで、室内にいる時だって遠い空を感じさせるのだ。
連れてきてくれたお礼を言おうと、口を開いたところで、同じタイミングで信長の唇も動いた。
「よし、じゃあそろそろ、」
そうだね、帰ろうか。
そっと手を出そうとして、風が吹いて靡いた髪と服にひっぱられるように、後ろに足が出た。
一歩分だけ信長と離れた隙に、顔を隠すために被っていた布が、吹かれて取れる。
「俺達、別れるか」
まっすぐすぎる瞳に射抜かれて、貫かれたように背中と胸が、痛い。
気のせいだってわかってはいるのに、ようやく出た声は、だいぶ細く遅かった。
「…………………え?」
処刑、ですか?
デート編まだ続きます。