90話 藤吉郎くん、教えて!
豊臣秀吉=藤吉郎くんは、明るい小麦色の髪の、小柄な少年だ。
私の印象としては、ちょっとお調子者だけど、調子に乗りすぎない器用な子。
名もない農村の出身で、小さい頃から色んな仕事をしていたのと、持ち前の要領のよさで様々なスキルを身に着け、ここまで一人で生きてきた。
けれどそんな苦労を見た目や態度からはまったく感じさせない、強さのある子。
ゲームではヒロインが那古野城に飛び込んですぐの「誰に助けてもらうか」選択肢で選べる初期攻略対象の一人。
無事に二人とも信長に雇ってもらってからは、史実にあわせて二人で協力しながら、織田軍でのしあがっていく。
ラストシーンの本能寺では、友達だと思っていた光秀が首謀者であること、尊敬していた主の信長を失ってしまったことにショックを受ける。けれどヒロインに励まされ、二人で主君の敵をとってハッピーエンド。
光秀vs秀吉の決闘シーンは、ゲームオリジナルで史実にはないが、迫力のあるスチルで人気の高いエピソードの一つなのだそう。
ヒロインは現世に帰るけど、秀吉は彼女の手を取り再会を約束する。
『たぶん、自分、アンタのこと忘れられないと思うから。どこにいても何度でも探し出せるっスよ!』
何度別れても、たとえ裏切られても、忘れない。
愛したことを、忘れない。
次に再会した時、血にまみれたものではない、優しい手で彼は少女を抱きしめた。
このストーリーを日奈から聞いたとき、私はご多分に漏れず涙した。
「いたいた!藤吉郎くーん!」
「姫さんに巫女さん。どうしたんスか珍しい」
それなりに広い城の中、見つけた藤吉郎くんは武器整備のみなさんに交じって一緒に作業をしていた。
信長が気に入って取り立てているから、もうこんな風に下っ端のお仕事をしなくてもいいはずなのに。謙虚でいい子なのだ。
私の登場に驚く周りのみなさんの邪魔にならないように、私も裾を捲って隣に座る。
「美濃攻略について相談が……あいた!」
後ろについていた日奈に、頭を小突かれた。
違うでしょ、なんで戦の話してんのよ、恋バナしなさいよ、と怖い顔が言っている。
そうは言われましても、乙女ゲームは一作もプレイしたことがない、乙女ゲーム原作のアニメも実は見たことがない私には、殿方を喜ばせて自分になびかせるような会話のチョイスはかなり、難しい。
そんな私を見てなにか察してくれたのか、藤吉郎くんは作業の手を止めないまま私の話に続けてくれた。
私も、火縄銃の整備を手伝う。
「なんで自分に?今日は十兵衛さんいないんスね」
「前にも言ったけど、いつも十兵衛と一緒なわけじゃないわよ。それに私、藤吉郎くんならなにか、いい案があるんじゃないかなーって」
「あー、十兵衛さんも珍しく策思いつかないみたいだったっスもんね」
「そうなのよ。最近不調みたいで……」
藤吉郎くんの言うとおり、十兵衛が最近不調なのは事実だ。
指を折ってから元気がないというか、どこかうわのそら。
私と夕凪はメンタルまで完全回復したけど、男子のメンタルは勝手が違って難しい。もう少し時間がかかるかもしれない。引き続き励ましていこう。
「それもあるけど、藤吉郎くん、会議の時なにか思いついてたんじゃない?」
と後ろの巫女が言ってました。と付け足す。藤吉郎くんは振り返ってちょっとだけ笑った。
実は、日奈は桶狭間やその前くらいから、ちゃんと他の攻略対象者と交流を図ろうと努力していたらしいのだ。
私も知ってるあの名高い昇進エピソード「草履をあっためるやつ」も、日奈のアドバイスがあってのことだったらしい。
私が取り巻き女子に鉄砲指南とかしている間に、色々暗躍していたのだそうだ。
「ヘンなひとっスね。自分に聞くなんて」
「そりゃ、未来が見えるからね」
「じゃなくて、姫さんっス」
ん?と首をかしげた。
藤吉郎くんと目があう。琥珀色のかわいらしい瞳だ。
「服が汚れるじゃないスか。そんな風に銃持ったら、顔も。なのに自分らに混じって、こんなこと姫さんがすることじゃないでしょ」
「それは藤吉郎くんもでしょ。私はいいのよ!」
本当はよくないけど。あとで侍女たちに怒られるんだけど。
「上のお人が下の奴らに意見聞くなんて、ありえないことなんス。信長様も姫さんも、だから皆、ついてくるんス。自分みたいな、もともと下っ端の奴がなにしたってついてこない。やっぱ高貴な生まれのお人らは、違うんスねぇ」
「あなたもすごいわよ」
「どこがっスか。生まれだって、見目だって良くない。十兵衛さんみたいに頭もよくないし、柴田さんみたいに強くないし。言われたことやってるだけの小物っスよ。姫さんはいいっスよね、強くて生まれも武家のお姫様で、美人で……自分と何もかも違う」
そこまで言われたところで、私は整備したばかりの銃の筒を、黄色の頭に軽くぶつけた。
「いてっ!?」
「褒めてくれてありがとう。でも、他の人を褒めるために自分を貶めるのは良くないわ」
「いや……でも自分は」
「あなたにだって、いいところとか、誰にも負けない得意なことがあるでしょ」
「……たとえば、なにがあるんスか?」
叩かれた額を押さえたのは一瞬で、すぐに藤吉郎くんは手元の作業に戻った。
聞いておきながらあまり興味がないらしい。なんだこの子は。
「信長様の命令を、どんなものでも遂行できるところ」
私は彼が三つ整備する間にようやく会えた手元の一つを、整備済の仕分けに置いた。
「日奈のアドバイスをそのまま受け取るんじゃなくて、自分でアレンジして成功させるところ。武器の整備や雑務を、嫌な顔せず率先してやってくれるところ。全部の作業が丁寧なところ。身のこなしが軽やかなところ。不思議な匂い袋が作れるところ。あれ今度教えてね。冗談を言って場を和ませてくれるところ。私をさりげなく気遣ってくれるところ」
今も、隣に座る前に彼は座っていたゴザからさり気なく退いて、私に大きい面積を譲ってくれていた。
土がつくのを気にしない私のかわりに、私の高価な着物が汚れないように。
息継ぎもせずに一気に続けていると、いつのまにか藤吉郎くんの手が止まっていた。
顔が私へ向いたので、まだ続ける。もともと大きな瞳が、くりんくりんに開かれて、ちょっとかわいい。
「それから、いつも笑顔を絶やさないところ。民や町人に優しいところ。まだまだあるわよ?」
「も、もーいーっス」
藤吉郎くんの小さめの顔は、頬が耳まで赤くなっていた。
もともと小動物っぽいので、かわいい。
そうそう、こういうのだ。
私はこういうからかい甲斐のある、かわいい弟キャラを求めていたのだ。
「そう?じゃあわかったらそろそろ、思いついた策を教えてよ。悪いようにはしないから、ね?」