序章 結婚なんて
燃えるような朱の長い髪。瞳は、黄昏と夜の狭間の色。
身に纏っているのは、黒地に蝶の刺繍という、ド派手な着物。婚礼の衣装だとしても、新郎がこれではいささか目立ちすぎではないのか。
現代に残る浮世絵に描かれたような、のっぺりとした日本人の顔ではない。すっと高く伸びた鼻梁に彫りの深い顔で微笑む少年を間近で見て、どうして私は、この世界に疑問をもたなかったのだろう。
お姫様に転生した私は、13歳。このキラキラまぶしい少年に、嫁ぐことになりまして。
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パタパタと軽い足音を立て、長い木造りの廊下を少女が駆けていく。
漆黒の髪が軽やかに風を切って揺れ、陽光に照らされて眩しいほどの光りを放つ。
はつらつとした表情の中で、特にまっすぐな切れ長の瞳が印象的な少女だ。
「お待ちください、姫様!」
侍女の叫ぶような静止も聞かず、少女は草履も履かずに庭へ飛び出すと、すぐさま見える中で一番大きな柿の木へ、その小さな手足をかけた。
そんなところを登るよりも、すぐそばにある門から出て外へ逃げた方が、追っ手を撒くにしても安全性の面でも良いに決まっている。だが今回に限っては、彼女は利便性よりも抗議性の効果を求めていた。木に登るで正解だ。
「父上に言って頂戴!そんなうつけと結婚するくらいなら死んでやるって!どうせ駒にするだけだもの。わたくしの代わりなんて、いくらでもいるのでしょう!?」
抗議に叫ぶ声は、流暢な話し方に反してまだ幼い。
その甲高い声が、追ってきた侍女に届くか届かないかの瞬間に、ずるっ、と、かけたばかりの木の枝から足が滑る。ちいさな手足では、バランスを崩した少女自身の体を支えられない。
落ちる。
ゴンッ!!
侍女が真っ青になって声をあげる中、頭を打つ鈍い音が、澄みきった空に響いた。
連載をはじめさせていただきます。
初連載で拙い文章ですが、完結までいけるよう精進いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
(2022/4/24大幅改稿しました。)