第十四話:偶像か、証明か
この日、本部は大盛況であった。人混みがあっちこっち行き交っていた。その先頭集団に立つのはレーシュネで、それに続くのはカメラや手帳を持つ記者たちであった。
「越境犯罪捜査局はこのように複数の司法警察機関の協力によって設立されました。複数の部署には様々な専門家がおり、捜査を手助けてしています」
「なるほど、なるほど。して、その主な任務とは何なのでしょう?」
熱心そうに話を聞いていた記者が手を上げて、問う。
「FMFの任務は、海外や異世界との接触が多くなった現代における犯罪捜査の促進です」
記者たちはその答えに感心しながら、質問を続ける。その後もレーシュネは特に気負った様子もなく、続く記者たちの質問に淡々と答えていった。影から二人、そんな集団を胡散げに見ていた。
「広報担当がいないと長官が大変ね」
「直接現場に出るわけでもないし、あれくらいは働いてもらわないと」
影から首だけを出して、様子を見ていたのはヤエヤマとシュヴェーカだった。二人共、今日が長官の企画した「新捜査局取材見学デー」であるのを知っていたがゆえに記者に捕まって面倒な目に合わないよう、こそこそ隠れながら行動していたのであった。
「まあ、情報特務局と比べれば、どうってことない量と質だね」
更にその背後から聞き覚えのある声が聞こえた。にょきっと首を伸ばしてきたのは耳にピアスを付け、ホスト風の頭髪の褐色肌の男――情報特務局のエージェント、アライスであった。それまで全く気づいていなかったのか、シュヴェーカは「ぎゃっ」と声を上げて廊下の方に倒れ込んでしまった。
「な、な、な、何の用なのよ~!?」
尻もちをつきながら、シュヴェーカは人差し指をアライスに向けた。
「いや、こっちの局長からどれくらいFMFが注目されてるか見てこいって言われてさー。困っちゃうよね、部下が過激派組織に潜入して諜報しているところなのにさあ」
「今の見てもう分かったでしょ! 帰りなさいよ!!」
「おい、大声を立てると――」
ざっ、と何かが一斉にこちらに向いた。大量の好奇の目が彼女に釘付けだった。ついでに長官レーシュネの目がシュヴェーカの姿を捉えた。ニコニコした彼は僥倖とばかりに彼女に歩み寄って、手を差し伸べる。
「何故こんなところで尻もちを付いているんだい?」
「あ、えーっと、その~」
「丁度いいじゃないか。記者たちの質問に答えてもらおう」
シュヴェーカは大量の記者の手前、いいえとは言えなかった。恨みったらしい視線を既に誰も居なくなった様子の壁際に向けながら、彼女は記者たちの波に飲み込まれるのであった。
* * *
「まあ、今日ボクがここに来たのは様子見だけじゃないんだよ」
ヤエヤマ班が収まる一室にアライスは入ってきていた。部屋の中で報告書をまとめていた班の二人はヤエヤマと共に彼が部屋に入ってきたのを見て、一体何ごとかと表情に疑問を浮かべていた。
アライスは懐から封筒を一つ取り出し、ヤエヤマに渡した。
「この事件、移民が関わってるようでね。君達も一枚噛んだほうが良いんじゃないかと思ってね」
「わざわざ、それを伝えるために来たのか?」
「ん、まあ、そんなところだ」
ヤエヤマはアライスの表情に少し陰りが生じたのを見逃さなかった。しかし、その時はそれ以上追求しようという気が彼には起きなかった。
「一体どういう事件なんだ?」
「現場に行ってみれば分かるでしょ。古参刑事さん」
アライスはそう言い残すと、部屋から出ていった。封筒の中身を漁ると、そこには事件の捜査過程報告書が入っていた。
風船ガムを膨らませていたラムノイはアライスが去ったのを確認するとデスクから降りてヤエヤマの手から捜査過程報告書を取り去る。
「本当にこの事件、見に行くの?」
「様子がおかしかったからな、少し見学に行くだけだ」
そういってヤエヤマは自分のデスクから車のキーを取り出そうとする。その瞬間、セプトは顔色を変えてヤエヤマのデスクから先にキーを取り上げた。
「う、運転は僕がやりますよ?」
「別にいいから、キーを寄越せ」
ヤエヤマがセプトの手からキーを取り上げる。セプトも負けじとヤエヤマの手からキーを取り返した。そんなことを繰り返していると、二人はいつの間にか取っ組み合いをしていた。
「ぐぐぐ、ヤエヤマさん、僕が運転してあげるんですから大人しくキーを渡してくださいよ……!!」
「なんで俺の許可無く車をイジろうとしてんだ、お前は……!!」
睨み合いのうちに組み合った手からキーが飛び出した。落ちていくキーを丁度キャッチしたのはラムノイの手だった。そのまま彼女は部屋を出ていこうとする。
「ほら、行くよ」
ヤエヤマとセプトの二人はキーを人差し指に掛けて回す彼女を取っ組み合いを止めて追いかけるのであった。
* * *
現場はライブ会場のような場所だった。ステージがあり、観客がノリに乗るための空間が用意されている。こういった場所に馴染みのないヤエヤマは少しばかり顔をしかめた。
その表情の変化をラムノイは見逃さなかった。
「ライブとか行ったことないでしょ」
「お前はよく行くのか?」
ラムノイはそう訊かれてパーカーのチャックを下げて、シャツを見せつけた。灰色じみたシャツの真ん中にはビジュアルバンド「フィーマ」のロゴがプリントされている。隣国のヴェフィス共和国で有名なバンド「フィーマ」はユエスレオネでも大きな影響を与えている。こういう界隈に詳しくないヤエヤマもそれだけは見たことがあるようで納得した様子で現場に入っていった。
入っていくとそこにはオレンジ色のボサボサ髪の女性が歩き回る捜査官に指示を出していた。彼女はヤエヤマに気づいて、手を上げた。
「おっ、ヤエヤマの兄貴じゃねえか」
「クレサイヤ、この事件はそっちの管轄だったのか」
「まあな、ライブ中に事故ったらしいがどうも怪しくて事件とみて捜査してるところだ」
「怪しいって?」
ヤエヤマが尋ねると、クレサイヤはステージの天井を指差した。並んでいる舞台照明のうちの一箇所が脱落していた。そして、その真下には脱落していた箇所に収まっていたであろう照明が落ちていた。
「ああいう照明は落ちないように厳重に整備されてるもんだ。それが調べた結果、固定が緩んでたらしいんだよ」
「照明が落下して負傷者が出たのか?」
「ああ、アイドルグループ“ステルシャント”のメンバー一人が負傷したようだ。あーあ、スマホゲーでプロデューサー業やってるだけあって複雑な気持ちだぜ。で、なんでヤエヤマの兄貴がここに居るんだ?」
「俺達に関わる事件らしいからな」
クレサイヤは「ふうん」と鼻を鳴らすと、ヤエヤマたちを先導するように歩き始めた。
「ステルシャントはどういうグループなんだ?」
「それなら、あたしの方が詳しい」
クレサイヤが口を出す前にラムノイが声を上げた。フードを被り直しつつ、得意げな口調で彼女は先を続ける。
「とりあえずライブ映像を10個は見て」
「10個って、お前、俺はアイドルコメンテーターじゃないんだぞ」
「なら、1個だけでも」
問答無用でスマホの画面を見せつける。そこには動画投稿サイトが表示され、女の子たちが歌って踊り、コール・アンド・レスポンスをして盛り上がるライブの様子が映し出されていた。クレサイヤも腕を組みながらその画面を覗き込む。
「移民で構成された五人の多民族アイドルグループ、その多様性で連邦の縮図を表現し、全国民を巻き込む! ということらしいぜ」
「そりゃ随分大きく出たもんだな」
「ま、人気はほどほどの地下アイドルだったらしいがな」
肩をすくめながら、クレサイヤはそう呟いた。
「照明担当者を引っ張ってもいいか?」
「ああ、もう既に調書は取ってあるから好きにしてくれ。良かったら、調書も渡すけど」
「いや、それは必要ない。こちらで尋問し直す」
ヤエヤマは無言で頷くクレサイヤから踵を返して、セプト達に指示を出す。照明担当者が見つかるまで、そう時間はかからなかった。