第一章 第一話 「影飛び」
梅雨の季節が終わり、いよいよ本格的な夏を迎える。
季節が変わっても僕の生活が変わることはない。毎日毎日、ただ今日を生きている。
君がいない今日を。君がいなかった昨日を。君がいないであろう明日を。
自分の知っている人間が居なくなるというのは衝撃的である。2、3日は確実に立ち止まることになるだろう。だが、人間は環境に適応してしまう生き物だ。もう君の事を話す者はいなくなった。時間というものは残酷だ。君との思い出の感傷に浸ることさえも急かされる。どうあがいても時間は戻らない、今、この一瞬でさえも刻々と秒針は進み続ける。
君が最後に見た僕はどんな姿をしていただろうか。あれから2年の月日が経ち、僕はある大学に進学した。優等生だった君が行きたがっていた大学だ。当時の僕の学力では考えられない進路であったが、君との約束のような気がして、必死に勉強した。高校3年の青春を捨ててまで手にした合格であったが、そこまでの代償を払ってまで手にするものではなかった。
僕のいる大学には君はいない。君がいない場所にどれほどの価値があるだろうか。この先何十年の人生を歩んでも、「君」という存在はもう現れない。もし仮に生まれ変わりがあったとしても、君の魂が宿った人間に出逢ったとしても、それはもう君じゃない。
退屈な日々を過ごすうちに君の事なんて忘れるものだと思っていた。もういっそこのまま…
「おいっ、何してんだよ。」
突然、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。振り向くとそこには三好がいた。三好、三好和也は僕の友人だ。僕と三好と奏海、そしてもう一人冨田浩樹の4人は仲が良かった。
「三好…!? お前、大学こっちじゃないだろ?それにもう二限の講義も終わるような時間だぞ。」
「今日は全休の日なんだよ。…ていうか、お前こそ大丈夫なのかよ。」
「ん、ああ。単位は落としちゃうかもな。」
僕は時々大学の講義をサボっていた。受験期や入学当初は他のことを考える暇など無かったが、いざ落ち着くとなんとも言えない虚無感に襲われ、大学近くの丘に来ては空を眺めていた。
「お前…まだ奏海のこと考えてんじゃねえだろうな。…もう2年だぞ。」
「分かってるよ。そんなんじゃない。ただ、大学がつまらないだけ。」
僕の嘘は三好には見透かされているだろう。けれど三好はそれ以上詮索してくる事なく、僕の横に静かに座った。彼の表情には嘘をついた僕への呆れの他に、どこか悲しさが混じっていた。
「奏海は自分のことで俺たちが前に進まない事は望んじゃいない。」
僕は返事する事なく、ただ空を見つめていた。その目は少し潤っていた。
「あれは事故だって警察の人が言ってたし、それに…」
「分かってる。」
話を遮るように僕は口を尖らせた。分かっていない事も三好は分かっている。