12 サマースクールと麗しの王子
話をしながら大学へと向かうエキナセアとジョージを、物陰からじっと見つめる二人の人物があった。
一人は大学へ続く大通りにあるカフェテラスに座って居た若い女。
少女から大人の女性へと移行中と言った所の年代か。長いストレートの赤毛を後ろで縛り、緑色の瞳をしている。
少し不機嫌そうに目を細めて、二人の後ろ姿を見ていた。
そしてもう一人は、道端に大学へとは逆方向を向けて止まっていた馬車の中の若者。
見事な金髪に真っ青な大きな瞳、すっと通った鼻筋、薄い綺麗な唇の美少年。
ただでさえ大きいのに、こぼれんばかりに目を開けて、呆然として二人の後ろ姿を見ていた。
「エキナセア・・・・・」
少年は呟いた。今見ている光景が信じられない。
間違いなくあの少女はエキナセアだ。五年会っていなくたって見間違う訳がない。
でも彼女は今、フィリアにいるはずだ。
しかも何故馬車にも乗らず、あんな町着で外を歩いているのだろう。公爵家令嬢が。
それにあの男は誰だ。
顔はよく見えない。背が高く、細身ながら筋肉質そうな体躯をしている。
しかし、従者やボディーガードなら、彼女のあんなすぐ横を歩かないだろう。
思わず立ち上がろうとした時に、御者が言った。
「リュカ様、遅れてしまうので、そろそろ馬車を出してよろしいですか。」
「えっ? ああ、すまない。」
リュカ王子は高鳴る胸を押さえながら、どうにか返事をした。
馬車は動き始めて間もなく、サマースクールの建物の前で止まった。
門から入り口に続く道の両側には、スクールの関係者がズラリと並んで待っていた。
リュカ王子が降り立つと、皆が一斉に頭を下げた。そしてスクール長の女性が挨拶をした。
「おはようございます。本日はお忙しい中、リュカ王子殿下にお越し頂きまして、誠にありがとうございます。ご指導、どうかよろしくお願いいたします。」
ユニフォーミティ王国の末子で、第三王子のリュカ殿下は、剣術と体術の昨年のジュニアチャンピオンだ。今日はスクールの子供達の指導というか、親善の為にやって来た。
つまり、王家の公務だ。
リュカ王子が列の間を颯爽と歩いて行くと、参列していた職員全員が目を耀かせ、うっとりと見つめた。
成長期真っ只中の王子は、身長こそまだそれほど高くはないが、鍛練された身体は引き締まり、顔はまだどこか幼さも残しながらも精悍で美しい。
しかも、どこか憂いを帯びている。
王家の中では、駄目息子と王に烙印を押されているリュカ王子だが、世間はそれを知らない。
いや、例え知られても関係無いかもしれない。
応接室でお茶を頂いてから、王子は鍛練場へ向かう。
そこには幼い子供から、高等学院までの生徒達が待っていた。
皆が貴族の子供達なので、社交前といっても、ほとんど知っている顔ばかりだ。学校の友人も数人いる。
自分ばかりでなくみんな大変だな、と同情する。親の都合で、せっかくの長期休みなのに、こんな所に押し込められて。
ふと、一番前に座っている、小さな子どもに目がいった。
まだ初等学院入学前の子か。知らない子供だがどこの家の子だろう。
くるくるした茶色の巻き毛に、同じく茶色の大きな瞳の幼子が、じっと自分を見ている。まるで何かを探るかのように。
気になって、隣りのスクール長に小声で尋ねた。
あの幼い男の子は、どちらの家のお子さんですか、と。
するとスクール長は微笑みながら、
「ベネフィット公爵家のご長男で、情報部秘書官長グリーク様のお子様ですわ。お名前はチャールズ=オスカ=ベネフィット様です。」
ベネフィット家。長男のところに子供が二人いる事は知っていた。
いや、赤ん坊の頃に会ってはいる。エキナセアのところに遊びに行くと、よく彼女が幼い姪と甥の世話をしていたからだ。
しかし、最近はずっと見かけなかった。確か両親が忙しくしているため、公爵夫人の実家のフィリアへ預けられている事が多い、と聞いていた。
入学時期になって、こちらに呼び戻されたのか。ということは、この子はエキナセアの近況を知っているということだ。
リュカ王子も、じっとチャールズを見た。
確かに髪の毛と瞳の色は、彼の祖父、ベネフィット公爵に似ている。それと、叔父に当たるあの男にも。
チャールズ以外にも、後方の席から、じっと王子を見つめる目があった。
それはうっとりと蕩けるような眼差しの、多くの令嬢方とは違う、何かを見極めようとする、キアラの厳しい目であった。
それにしても、噂には聞いてはいたが、これ程綺麗な人とは。
『国一番の美人』・・・・・という評判は伊達じゃなかったのね。
キアラは心の中で思った。
何故『美少年』じゃないのか疑問に思っていたが、本当に性別を越えた美しさだった。
自分とリュカ王子殿下とでは全く釣り合いがとれない、と叔母は言っていた。
エキナセアお姉様は清楚でとてもかわいらしいと、身内の欲目無しにも思うが、確かに二人が並んだ姿を想像すると、うーん、と考え込んだ。
しかし、すぐにこう思った。
『ちょっと待って! そもそも、あの王子様に釣り合う人が本当にいるの? いや、いないわよね。じゃあ、エキナセアお姉様でもいいじゃない。』
逆転的な発想で肯定し、ひとり頷くキアラだった。
やがて、リュカ王子による模範演技が始まった。
途中で、スクールに参加していた友人達まで引っ張り出され、組み手や剣の打ち合いの手本もあり、武道場はかなり盛り上がった。
王子の素早い、鋭い動き。
その中にも垣間見える優雅さに、観戦していた女性だけでなく、男子達も皆釘付けになり、興奮して声をあげた。
王子の模範演技の後は、男子達は二人ずつペアになって練習を始め、その中を王子が回って指導をした。
すると、相手がいなかったチャールズ=オスカ=ベネフィットが、とことこと王子の側にやって来た。
そしてさっきとは違う、キラキラした瞳で見上げながら言った。
「王子殿下、凄くかっこよかったです。」
「えっ? あ、ありがとう。」
自分を見る目付きがガラッと変わった事に驚いた王子が、少し焦ったように男の子を見た。
「どうしたら王子様みたいに強くなれますか?」
リュカは腰を下ろし、チャールズと同じ目線になってこう言った。
「守りたい人が居れば、誰でも強くなれるよ。君には守りたい人がいるかな?」
「はい、います。」
チャールズが元気よく答えると、王子は優しく微笑んだ。
『リュカ王子様が守りたいのはエキナセアお姉様だわ』
と、弟の近くにいたキアラは直感的にそう感じた。
「守りたいのはお母様、それともおばあ様かな。」
「違います。」
チャールズの即答に周りの大人達は苦笑い。
「それでは、お姉様かな。」
すると、今度はチャールズは頷いた。
「はい。それと、えっと、うちの、僕の先生です。」
「先生というのは、アリーチェさんの事かな。」
王子の質問にチャールズはまたもや即否定をした。
「違います。アリーチェさんは凄く強いので、僕が守らなくても大丈夫です。」
周りの先生達は、思わず堪え切れずに吹き出した。
そう、アリーチェは行儀作法などだけではなく、護身術の腕も天下一で、先生達もほとんどの人が痛い目にあっていたのだ。多分並みの男性では、到底彼女に太刀打ちできないだろう。
王子も苦笑いをしながら、
「アリーチェさん以外にも、ベネフィット家には家庭教師の方が居られるのだね。その人を守る為に強くなりたいんだね。」
と確認するように言った。チャールズは頷いた。
「僕が赤ん坊の頃からお世話になっている先生です。お身体があまりお丈夫ではないので、僕が強くなってお守りしたいです。」
例え名前を出さなくても、これでは王子様にはばればれだわ、とキアラは額に手を当てた。
しかも、多分王子様は今朝、叔母の姿を見たんだわ、と彼女は確信した。
王城と大学とこのスクールの建物は、都の大通りの直線上にある。
王城からここに向かう途中で叔母の姿をみかけたに違いない。時間的に考えると。
「うーん、これはまずいわ。もし叔母の姿を見たとすると、その隣りにいたはずのジョージさんも見たに違いない。まだ子供だから、はっきり言葉にはできないけど、これはとてもまずい事だわ。」
「最近みんな忙しそうで、屋敷の中がなんかせわしなかったので、ついスクールの予定について、お姉様にお話していなかったわ。いえ、言い訳はいけないわよね。これは私の責任で何とかしないと。」
キアラは、小さく呟いた。
キアラはまだ七歳だったが非常に頭が良く、しかも感が鋭かった。
生徒達の実戦練習が終わると、男子生徒の一人一人がリュカ殿下にお礼をしに行った。
そしてその後に、女子生徒達が皆そわそわもじもじしながら。
その一番最後に、小さな女の子が王子の前に立った。彼女は、淡いピンク色のワンピースの裾を掴み、右足を後ろに下げ、優雅で完璧な淑女の礼をした。
胸まである長めのプラチナブロンドの少女が顔を上げると、長いカールした睫毛に、淡い菫色の瞳をしていた。
賢そうで理知的なその瞳は、色素の違いはあるが、幼なじみの幼い頃によく似ている。
「ベネフィット家のキアラ=エマです。ご無沙汰しております、リュカ王子殿下。」
キアラの挨拶に、リュカは小さく笑った。
五年前まではよく会っていたが、彼女は覚えてはいないだろうに、と。
しかし、キアラにとってこれは、王子と自分には面識があるのだ、ということを周りに認識させる為の作戦だ。
そうしないと、『ふけいざい』、っていうものになってしまうかも、なので。
「失礼な質問になってしまいますが、王子様はいつ大学へ行かれるのですか?」
キアラのこの質問に周りはざわざわした。
リュカ王子の姉のアディール王女は稀代の天才、国一番の才女と言われ、十四才で大学に入学し、去年十七才で卒業している。
リュカ王子はいつも姉と比較されていた。だから、王子がいつ大学へ入学するかは、とても微妙な話題なのだ。
リュカ王子は今十五才。一般的には十八才で大学へ入るのだから、別にそれまでに入れれば何の問題もない話なのだが。
王子はキアラの質問に不機嫌になるというより、単に、何故子供がそんな事を尋ねるのか、不思議そうな顔をしてこう答えた。
「来年に入学する予定だが、何故そんな事を聞くんだい?」
リュカの答えを聞いたキアラは、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「来年ご入学なさるんですね、嬉しいです。」
「何故嬉しいの?」
「実は、私にはディル=トーマス=フィリアという叔父がいるのですが・・・・・」
キアラからその人物の名前を聞いた瞬間、王子は少し嫌な顔をした。ディル、いつもエキナセアをいびっていた弟だ。
「その叔父が来年、王子様みたいに飛び級で大学へ入る予定なのですが、変わり者なので、友達があまりいないんです。昨日から大学の下見をする為にうちに来ているのですが、友人がいないので、私達の先生がお供している有り様なんです。ですから、入学した際には、是非とも王子様にお友達になって頂きたくて。」
「変人、お供・・・・・」
王子は納得したというか、ほっとしたような顔をした。
周りの大人達は、何と言う質問をするのかと最初は思ったが、叔父を心配するためだったのか。少しおしゃますぎるが、なんて優しい子なのかしら、と感心した。
そしてそれと同時に、フィリア辺境伯の跡取りは、優秀で変人なのか。やはり天才というのは、変わり者が多いのかしら?
と、大人達は思った。
ディル叔父は確かに変わり者の天才だが、友人は沢山いる。それに今はフィリアにいる。
来年、風評被害で色々大変になるかもしれない。
ごめんなさい・・・
と、一応心の中で謝ったキアラだった。
ようやくというか、ついに、王子様が登場しました!




