2話 俺が叶った願いを満喫しない大きな理由。
桜の木が立ち並ぶ道を、晴れやかとは言えない顔で歩く。
まぁ学校へと向かう道を歩く人間なんて、大概がそんな顔をしているもので。別になにか嫌なことがあったわけでも、桜に恨みがあるわけでもない。
強いて言うなら、朝から起きて、学校に行かなければならないことに不満がある。俺は寝ていたい。
「もう何回も来てるんだから、たまには行かない日があってもいい気がしてきた」
そんな俺の呟きに、呆れ顔で突っ込んでくれるであろうエミリは今日はいない。
入学式の主役ということで、先に行ってしまったのだ。
……つまり、俺を止めるものは誰もいない?
愛しの我が家のベッドに向かおうと、180度踵を返したところ、見知った顔と出会った。
「おう」
「よう」
通学路で偶然の出会いを2文字で祝福し合っている相手は、若宮 友和。見た目はまぁ、ちょっとチャラ目な優男だ。
どういう仲かと言えば……。週7ペースで絶交したり、また話しかけたりする相手だ。
「なぁ、幸雄。ちょっと相談があるんだが」
「悪いが、俺は今から帰るところなんだ」
「なんだ、忘れ物か?」
「あぁ、人が生きていく上で大切なものだ」
その名を睡眠という。
「なんだ? アニメの録画でも忘れたか? それともギャルゲの予約申し込みの期限が今日だったか」
「そんなヘマするかよ」
「じゃあ大丈夫じゃねぇか。ちょっと話聞いてくれよ」
友和は、俺の両肩を掴んで、強引に回れ右をさせて歩かせると。シューティングゲームの子機みたいにくっついてきた。
仕方ない、学校へ行くか。
新入生の代表のあいさつをすると言っていた、エミリの晴れ姿も見届けないと拗ねるだろうしな。
「で? 話って?」
「おう、聞いてくれよ……」
その後、友和は誠心誠意、熱のこもった演説をしてくれた。時間にしたら数分そこらの話だろうが、人が一方的にそれだけの時間を話すのはかなり長く感じる。校長先生が全校生徒の前で話しているのを思い出しながらも、話を聞ききり。6回目の時計確認をした時の、分針の位置には驚愕した。
激動の内容を一言に要約しよう。
「モテたい!」
以上だ。
「この後、本物の校長先生のお話も聞かなきゃいけないのか……」
「で、どうしたらいいと思う?」
正直、友和の見た目は悪くない。ついでに言えば、気配りもできるし、ノリもいい。
ただ、ノリが良すぎるのも問題で。俺が言った無茶振りに、全力で答えようとして起こした奇行を周囲の人間が知っている点と、純粋にアホなのがたまに傷、というか、かなりの重傷で、今まで彼女の一人もできたことがない。
前者に関しては、正直俺のせいでもあるし、申し訳なくもなくもないのだが……。
「ちなみに、友和の案は?」
「猫になるっていうのがあるんだが」
後者に関しては、俺のせいでもないし、どうしようもない。そして致命傷だ。
何度か修正しようとはしてみたが、バカを直せと言っても、いつもの冗談だと思われて、相手にされなかった。
「いや、ほら。女の子ってネコ好きだろ?」
「好きの意味が違うだろ……。そもそもどうやってなるつもりだ」
「実は、すでに用意してある」
そう言って、友和が学校指定の鞄から取り出したのは、間違っても勉強道具にはなりえないもの。
頭にフィットさせる形に、三角形が2つ付いた……。
いわゆる猫耳だ。
美少女がつけたらさぞ眼福になるであろうそれを、友和はあろうことか、自分の頭に装着した。
「割と付け心地は悪くないな……。どうだ?」
「絶交だ」
「悪かった、訂正する。どうかニャ?」
「そこじゃねぇよ」
友和は心底不服そうに猫耳を外すと、鞄にしまった。
「そうか。幸雄は猫が嫌いか」
「そこでも……もういい」
今見た光景を忘れようと、頭を振った。
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「それで、幸雄はどんな男がモテると思う?」
「猫でいいんじゃねぇの?」
入学式に臨むため、教室から出され、廊下に並ばされる。
体育館に近いクラスから動いていくため、動き出すのはまだ遠そうだ。
「念の為、他の案も持っておきたいだろ?」
「そうかい」
モテる条件か。
面白いとか優しいとかが王道なのだろうか?
しかし、こいつに面白い人間がモテると言えば、騒がしいひょうきん者が誕生しそうだし、優しい人間がモテると言えば、躓いた女性に手を差し出し、躓いた原因を爽やかな顔でリフォームしかねない。
メチャクチャやりそうにないのがいいな。
「ポジティブなキャラなんてどうだ?」
「ポジティブ?」
「あぁ、プラス思考の人間は、マイナス思考よりはモテそうだろ?」
「幸雄……」
友和は、少しの間、考えるように目をつむり、カッと開いた。
「お前、天才かよ」
採用されたらしい。
「今日もカリカリ。でも、お腹いっぱい食べられるだけ俺は幸せだにゃん。とかどうよ?」
そんな猫は嫌だ。
「これで俺も、モテモテ間違いなしだな!」
「……そもそもだが、モテてどうするつもりだ?」
「そりゃお前、よりどりみどりの状況が理想だろう」
「仮にだが、すごくかわいい女の子がお前のことをメチャクチャ好きだったとしよう」
「マジでか!?」
「仮にだ」
「そうか」
「その子とは別の、これまたかわいい女の子がお前のことをメチャクチャ好きだったとしよう」
「夢のようだな……」
友和はそう言いながら、考えるような仕草をとった。
「その2人が告白してきたら、どうする?」
「そりゃあ、気に入った方にオッケーを出すだろ」
「甲乙つけがたいとしたら?」
「その時の気分になってしまうかもしれないが、なんとか決めるな」
「断られた方は悲しむぞ?」
「そればっかりは仕方ないだろう?」
友和はなんだかんだ根が真面目なやつなのだろう。
「お前は?」
「ん?」
「お前だったらどうするんだよ」
「そうだな……」
だが、俺は割とろくでもない。
複数人に好かれて、やることは1つだと思っている。
俺は、なにか決意のようなものを表明するかのように、こう答えた。
「全員、俺の嫁にする」
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入学式。
校長先生の挨拶も終わり、新入生代表の挨拶が始まる。
夢のよう……か。
友和が、複数人の女性に好かれている状況を表現した言葉を思い出す。
たしかに、願いによって自分好みの美少女が自分を好いてくれる状況は、夢のようと言うべきものだろう。
――この暖かな春の兆しとともに。
壇上では、エミリが天使のような声を響かせている。
その横に表示される、いくつかの情報。
義妹なんかの萌え属性を表すマーク。
年齢や身長なんかの情報。
それに俺の名前と共にある、振り切れたゲージに大好きっ! の文字。
そして。
俺の考えた名前と共にある、逆方向に振り切れたゲージに大嫌いっ! の文字。
ピロンッ♪
☆ヒロイン『金澤 エミリ』☆
―イベント内容―
あっ、お兄ちゃんが見てるっ! こっそりウィンクしちゃえ☆
△承認しますか?
・はい ・いいえ
俺は失念していたのだ。
同じ異性を好きになった同性がどういう存在になるかを。
俺は間違いを犯したのだ。
女の子同士は、みんな仲が良いという幻想のもとで。
願いの中でヒロイン同士の関係を一切設定しなかった俺のミス。
そう、つまりは。
ヒロイン同士の仲がすこぶる悪い。
「はぁ」
体育館の高いところにある窓から、若干見える木を眺め、俺は小さくため息をついた。