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1話 義妹に起こされた始まる物語。


 この作品には異世界転移要素が含まれます。


 異世界アレルギーの方は、ご注意ください。


「―――ちゃんっ! お兄ちゃん起きてっ!」


 俺の安眠を脅かす声がする。

 そのあどけなさの残る声は、全世界のありとあらゆる”かわいい”という感情を集めて詰め込んだかのように甘く、いつまでも聞いていたいと思えるものだ。

 しかしながらその声は、俺の数少ない心安らかなひとときを奪おうとするものであり。まだ寝ていたい、という俺の気持ちに相反するものである。


「もうっ! お兄ちゃんってばっ!」


 2人の思いはぶつかり合い、そのズレは、俺の腹部を震源として震度2ほどの小さな揺れを引き起こす。

 そのゆりかごのような揺れによって、俺の意識は心地よいまどろみへと……。


「ちょっとお兄ちゃんっ!」

「んー……。また明日……」

「要求するなら5分にしてくれないかなぁ!? 今日学校あるんだけど!?」


 天使のような声で、悪魔の要求をしてくるのは俺の妹。


 『金澤 エミリ』

 身長139cm 体重33kg

 3月3日生まれの15歳

 お兄ちゃん(俺)のことが好きで好きでしょうがない、俺の義妹。


 あぁ、もちろん家族としてじゃなくて、恋愛対象としてだ。



 いや、待ってほしい。言いたいことは分かる。すごく分かる。

 きっと今の俺の話を聞いた殆どの人間は、俺のことをやばいやつだと思うだろう。

 実際に妹のいるやつからは、そんなにいいものじゃないぞと若干疲れた目で言われ、テレビで見るやたら偉そうな、実際偉いのであろう人間の言うところの”現実と空想の区別がつかない人間”と揶揄される。そんなオタクだと思われるに違いない。


 分かってはいるが、少し待ってほしい。

 確かに俺は二次元の妹が好きだ。いつもお兄ちゃんを慕って、頼ってくれる。そんな妹が当然大好きだ。

 しかし、現実と空想の区別は付いているつもりだ。


 俺の取り巻く少し特殊な現実を説明するには、事の発端から話したほうがいい。熱いバトルも感動の物語もなにもない、俺の夢や理想を粉々に砕いてくれた、『俺の異世界転移』の話を。




-x-x-x-x-x-x-x-x-x-x-x-




 ある日の校舎裏。


 あまりの寒さに、吹く風1つ1つに間抜けなあだ名を付けていた日々も終わりを告げ。花粉を運んできた腹いせに、吹く風1つ1つにちょっぴりエッチなあだ名を付け始めた頃。

 頭上からは木漏れ日が降り注ぎ、横からは『種運び』が吹き付け、足元には巨大な魔法陣が蠢きながら輝く。


「はっ?」


 その時、俺が口にできたのは、せいぜいこの短い一言だけだったと思う。



 俺は異世界に転移された。俺が選ばれた理由などなく、俺が転移することになったのは単なる偶然によるものだそうだ。

 しかし偶然だとしても、こういった状況を幾度となく物語で読んできた俺は、少なからず興奮していた。

 マヨネーズの作り方はまだ覚えていないが、10年とそこそこの人生で身につけてきた知識が技術革新を起こすかもしれない。

 もしかしたら、ものすごく強い能力を貰えるかもしれない。


 かくして、俺の理想は叶うことになった。

 前者じゃなくて後者が。

 能力じゃなくて装備という形で。


 剣と魔法の世界に挑むにあたり、一般高校生が魔王を倒すために渡された装備は次の2つ。


 1つ目は『なんでも切れる伝説の剣』

 名前のまんまだ。


 2つ目は『どんな攻撃も防ぐ伝説の衣』

 名前のまんまだ。


 俺がどんな死んだ目をして迫りくる敵の攻撃を眺め、驚いた相手を切るときの振り方は、縦振りと横振り、どちらのほうが多かったかを懇切丁寧に語ってもいいのだが。

 まぁ、興味ないだろう。


 そこまではいいのだ。俺が異を唱えたいのはそこではない。

 少しくらい欠点やスキがあれば、盛り上がりようも合っただろうが、まぁ安全に越したことはない。

 問題はもっと他のところにある。


 そう。美少女との出会いがなかったのだ。


 せっかく出会ったマーメイドは上半身まで鱗に覆われてて9割型魚だったし。

 獣人族はケモミミっ子じゃなくて二足歩行の獣だったし。

 サキュバスは幻覚がメインで実体はそうでもないし、俺には幻覚効かないし。

 婚姻を結ぶっていう姫様の体重は100キロ超えてるし。

 仲間になった、やたら綺麗な竜が人間になるって言うから期待したら男だし。

 吸血鬼って聞いて金髪ロリっ子期待したら長身の男だし。

 転移の説明してくれた神様男だし。

 案内してくれた天使男だし。

 魔王男だし。



 ありえない。わけがわからない。どうかしている。


 俺がプロのケモナーなら、二足歩行の獣に大興奮だったのだろうが、残念ながら俺のストライクゾーンはケモミミまでだ。

 結局、俺の好みにあう美少女に出会うことは叶わず、魔王おっさんを1振りで片付け、神様おっさんが願いを叶えてくれると言った時、俺は勢いそのままに願った。



 毎朝、俺のことを起こしに来てくれる、義理の妹を。


 ”ぼくのかんがえたさいきょうのひろいんたち”を。




-x-x-x-x-x-x-x-x-x-x-x-




 そして話は冒頭へと戻る。


 エミリは、俺が起きる気配も見せないことに愛想を尽かしたのか、揺れが弱くて逆効果だと気づいたのか、俺の腹部を揺らすのをやめていた。

 しかし、部屋から出ていくことはせず、小さな声で呟く。


「もうっ…………起きないの……?」



 ちなみに、異世界から帰ってきた俺には、向こうで覚えた魔法なんかは使えず、普通の男子高校生とは違うのは2つだけ。

 1つ目は、ヒロインの属性や身長なんかの情報、さらには誰に対してどういう感情を抱いているか、を可視化できる力。


 そして。


「ぐっすり……寝てるよね……?」



 ピロンッ♪


 ☆ヒロイン『金澤 エミリ』☆

  ―イベント内容―

 もうっ! 早く起きないと、こっそりキスしちゃうぞっ☆

  △承認しますか?

  ・はい ・いいえ



 軽快な電子音が脳内に響くと共に、目蓋の裏しか映していないはずの俺の視界に、無機質な文章が現れる。

 俺に対する感情が一定を越えることによって、ヒロインが起こす行動には警告が入る。

 ここで「はい」を選べば、イベント内容どおりのことが起き。

 もし「いいえ」を選べば、自然的に消滅する。

 ちなみに頭の悪そうなイベント内容の文字は、俺の趣味ではない。

 断じてない。



 目を開く。


 俺の目の前には、神の作りし至高の存在という言葉が似合う、一切の汚れなき美しい純白の肌。それを覆うように、短く切りそろえられた金色の髪が、朝日を受け輝いている。

 その横顔がゆっくりと俺の顔に近づき……。

 途中で動きを止めた。


 気配でも感じ取ったのだろうか?

 エミリは、ゆっくりと目を開くと、イタズラの準備中に声をかけられた子供のようにゆっくりと、エメラルドグリーンの瞳を動かす。


 目が合った。


「………………」

「………………」


 体感ではかなり長く感じる沈黙。

 実際には数秒の出来事であるはずだが、エミリの顔は、早送りでもしたかのように、あっという間に真っ赤に染まっていく。



「エミ……」

「オニイchナンdオキてチガッっ!?!!」


 エミリは、おおよそ日本語とは思えない奇声を発しながら、文字通り飛び退いていった。

 もしかして異世界の言語だろうか?


 何かがぶつかったような音に、「イタッ」という可愛らしい声が部屋に響く。

 体を起こして、エミリが跳んでいった方へと目を向けると、バランス悪く詰め込まれていた中身を吐き出す本棚の前でエミリが縮こまっている。


「アタッ」


 最後に振ってきた1冊の文庫本を脳天に受け、もう一度声を響かせると、両手で患部を抑え、丸くなる。

 元が小さいせいで、小さくなった姿はバスケットボールくらいに見える。


「大丈夫か?」

「大丈夫! 違うの! いや、違わないけどっ!? 違うのっっ!」


 ここまでキレイに体現してくれたら、混乱という言葉を作った人間もさぞお喜びだろう。

 自分の体の痛みなんて一瞬で忘れたように立ち上がり、ワタワタと体を動かしながら、返答と弁明をまぜまぜしながら行う。

 落ち着いてもらわないと、心配することもできない。



「今私がやってたのは、えっとあのその……」

「起こしに来てくれたんだろ?」

「……へ?」


 あっちへこっちへ放浪の旅をしていた目を真っ直ぐに戻すと、パチパチとまばたきを繰り返す。


「だから、俺が起きてこないから、起こしに来てくれたんだろ?」

「…………」


 何が起こったのか分からないような顔をして、数瞬沈黙した後。


「そうっ! そうなの! 起こしに来たの!」


 コクコクと頷きながら、俺の意見を肯定する。

 それだけ言うと、追求が来ないことに安心したのか、エミリは小さな手を胸に当てて、短く息を吐いていた。


「それで、大丈夫か?」

「う、うん。そんなに危ないところは打ってないし……。もう痛くないから大丈夫だよ」


 若干しどろもどろではあるが、だいぶ落ち着いてきたように思える。

 大丈夫という言葉も嘘では無いようだ。


「心配してくれてありがとう、お兄ちゃん!」

「いや、こちらこそ。起こしてくれてありがとう」


 優しくほほえみながらそう言う。


「エミリがいなかったら、遅刻してただろうしな」


 それを聞いたエミリは、一連の動きで乱れた身なりを、天敵を見つけた野うさぎのように大慌てで整え。

 それた話を戻そうとする偉い人のよう……とはかけ離れた。小さな仕草で、「こほん」と読み上げるように咳払いをした後。



「お兄ちゃんは私がいないとダメなんだからっ!」


 これ以上無いほど嬉しそうな顔で、そう言った。


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