12. 荒療治は繊細に
衛星都市ザークから大量の機材を運び、これからメーティス先生を連れてエル・キンベの街に行く予定だった。メーティス先生が緊張気味に、「マリシくん、準備できたわよ。これからエルフ族の街に飛ぶのよね? エルフ族の街って、エルフ族だらけなんでしょう?」と言うので、「そりゃ、そうですよ」と答えた。「ほら、エルフ族って、耳が尖っていて、ひょろっとしていて、感情がなくて、魔法が得意って、聞いたけれど、それで合っている?」と問われ、「まぁ、そういう感じです。人間族より理性的で、平和を好みます」と言った。「緊張しちゃうなー、素敵な出会いとかあったりして」と謎のことを言う。「先生、今回、エルフ族の街に行く目的を忘れていませんよね?」と確認すると、メーティス先生が気まずさを誤魔化すように、「もう、なに言っちゃってんのよ! ネイトちゃんを治すためでしょう?」と言って、バシッと俺の腕を叩いた。エルジャが、「移動して良いですか?」と聞いても、メーティス先生は「緊張するわー」と言うだけだった。
荷物と共にエル・キンベの街の、ネイトがいる部屋に転移した。ネイトは前と同じように結晶体の中に閉じ込められていて、メーティス先生が興味深そうにネイトの状態を確認した。そこへ、エイマス・サラ女王陛下と上級院のメンバー、そして、エルフ族の少年がやって来た。俺は右手を挙げ、「此度のご配慮、感謝します」と言うと、エイマス・サラ女王陛下が、「人間族の患者に、人間族が治療するのは論理的なことです。良い機会ですので、人間族がマナを扱うところを、この者に見せてやってください」と、緑色の髪をした10歳ぐらいのエルフ族の男の子に目を向けた。少年は、「エム・ケスと言います。マナを使った科学技術に興味があります」と言った。俺が「もしかして、ソルド・ケス衛兵長の親戚ですか?」と訊くと、エム・ケスが無表情に、「はい。ソルド・ケスは私の父です」と答えた。
俺は、「こちらが人間族の科学者メーティス先生です」と紹介すると、メーティス先生がいつになく緊張した様子で、「エイマス・サラ女王陛下、上級院の皆さん、お初にお目にかかります。お会いすることを楽しみにしておりました。…あっ、マリシくん、楽しみって、感情的な言葉かしら?」といきなりやらかしてくれた。そのまま話し続ければ、大ごとにならなかったのに。
エイマス・サラ女王陛下が無表情に、「構いません。人間族の文化に干渉する気はありません。これからの作業が、エルフ族と人間族との良好な関係の前例になることを望みます」と言った。エルフ族は、自ら前例のないことをしないが、こういった自然発生的な出来事への対処で前例ができていくと聞く。今回の事件で、人間族とエルフ族の共同チームで治療にあたるという前例ができるのは悪いことではないだろう。
エイマス・サラ女王陛下と上級院のメンバーが唐突に退室し、メーティス先生は安堵のため息をつき、「あーっ、緊張して心臓が破裂するかと思った!」と言った。すると、エム・ケスが右手を挙げ、「人間族は、このようなときに心臓が破裂する危険があるのでしょうか?」と真顔で訊いた。メーティス先生は、右手をパタパタ振りながら、「なーに言っちゃっているのよ。たとえよ、たとえ。エム・ケスちゃん、発言するときは、いちいち手を挙げなくてもいいからねー」と言った。
エム・ケスは、右眉を挙げて首を傾げ、「…ちゃん?」と言ったが、メーティス先生は気にする様子もなく、「さあて、みなさーん、始めるわよー。エルジャちゃん、お母さんからこの結晶体を解除する魔法は教えてもらった?」と訊くと、「大丈夫なのです、任せてください!」とエルジャが言った。
「それじゃあ、これからの作業を説明するわね。まずエルジャちゃんに、ネイトちゃんの右手の結晶体を解除してもらうわ。次にネイトちゃんの右手にマナワラの実を乗せて、育つのを待つわけ。芽が出て、ある程度、育ってきたら、この片導体の筒の中に植物を入れるの。筒の中一杯にマナワラの木は育つはずだけれど、そこから先は物理的に大きくなれないわ。マナワラの木は、実を結ぼうとして、片導体の筒から外にマナを流していくのよ。そうしたら、ラストニア合金のタンクが待ち構えていて、マナを溜めていくって仕組みよ」と言った。エム・ケスが手を挙げ、「片導体とはなんですか?」と尋ねた。「マナを一方向にしか流さない物質よ。マナワラの木は、芽を摘まない限り、先端にマナが集まって伸びていくでしょう? だからここからマナを抜いて、戻さないようにすればそれ以上に育つことはないはず。マナを吸い上げたら、このマナ蓄積タンクにマナを貯めるのよ」と説明した。エム・ケスは、「マナをタンクに溜める構造はどうなっているのですか?」と訊き、「まずマナをロスなく運ぶために、ヒヒイロカネを使っているわ。普通の金属だと、大量のマナを流すと耐えられずに壊れてしまうのよ。タンクにはラストニア合金っていうのを使っているの。たぶん、人間族しか知らない金属で、自然界にはないわ。ラストニア合金は目一杯までマナが溜まったら輝きがなくなるから、そうなったら次のタンクに交換するわ」と言うと、 エム・ケスは「興味深い」と無表情に言った。
クロートーがエルフ族でもないのに、右手を挙げ、「あたしの役割は?」と訊くと、メーティス先生は、「その重い蓄積タンクはクロートーちゃんしか動かせないから、定位置に置いてよね。カナンの村に持ち込むつもりだったけれど、まさかこんな風に役立つなんて思っていなかったわ」と言った。そして、メーティス先生が、クロートーの耳元で、「マナワラの木はすぐにマナに反応するから、エルフ族の前には持ってきたくないくらい危ない植物なのよ。事故が起きたら、マナのないクロートーちゃんが頼りだから、頼むわよ」と囁くのが聞こえた。クロートーが真顔で、「了解!」と敬礼した。
「さあて、準備開始よ。うまく行かなければ、うまく行くまでやり直すから!」と言うメーティス先生の声を合図に、準備に取り掛かった。片導体の筒はちょうど手首までかぶせられる形で、その先端からは太いヒヒイロカネ製の線が伸び、マナ蓄積タンクに繋がっていた。俺が荷物の中から胡桃ほどの大きさの、黒い球体を取り出すと、メーティス先生が慌てたように、「あっ…と、マリシくん、それマナワラの木の種だから気を付けてね」と言った。掌の上で転がして見たが、特に害はなさそうだった。
メーティス先生は俺からマナワラの種を奪い、まじまじと見た後、ちらっと俺を見た。そして、「じゃあ、エルジャちゃんが結晶体の一部を解除して、あたしがマナワラの種をネイトちゃんの手に載せたら、すぐにマリシくんは片導体の筒を私によこしてね」と言った。
エルジャは猫目石の杖の先端を、ネイトの右手の辺りに当てた。ゆっくりと結晶体が融解し、右手が見えたとき、慎重にメーティス先生がマナワラの種を置いた。その瞬間、マナワラの木の種が発芽し、芽を伸ばし始めた。「マリシくん! 片導体!」と言われ、慌ててメーティス先生に片導体の筒を渡すと、メーティス先生はネイトの拳とそこから延びるマナワラの芽を片導体の筒の中に入れた。その間にも芽は太くなり、片導体と同じ太さにまで芽は成長し、それ以上、伸びることはなかった。そして、ヒヒイロカネとマナ蓄積タンクが淡く輝き始めた。
メーティス先生が興奮気味に、「すごい! こんなに早くマナワラが育つなんて、すごいマナの量ね」と言い、「今度は左手よ。今の要領でいくわ」と指示した。エルジャがネイトの左手の結晶体を溶かし、そこへ片導体の筒を被せると、すぐに片導体につながるヒヒイロカネも淡く光り始めた。今のところうまく行っているようだった。
「先生、どのくらいでネイトの身体からマナが抜けるんですか?」と尋ねると、「わからないわ。でも、マナが減ってくれば、結晶体も小さくなっていくんじゃないの? つまり、ネイトちゃんの裸が出てきたらゴールは近いってことよね」とメーティス先生が言い、俺をガン見して、「それで、ネイトちゃんの身体が、どこまで見えるようになったら、マリシくんを呼んだらいいの?」と言った。先生、それはどういう意味だと思いつつ、「いや、意識が戻るまで呼ばなくていいですよ」と答えた。
クロートーが、「メーティス先生、今日は、ここで見張っていた方が良いの?」と訊くと、「クロートーちゃんは戻ってもいいわよ。私はここで徹夜するつもり」と言うと、エム・ケスが右手を挙げ、「女王陛下から、メーティス先生の生活の面倒をみるように承っています。もしエル・キンベの町に泊まるようでしたら部屋を用意します」と無表情に言った。メーティス先生は笑顔で「ありがとぉー。でもね、今夜はここにいるわ、エム・ケスちゃん」と言った。エム・ケスはメーティス先生の言葉に首を傾げ、「僕は82歳です」と言うと、「ふーん。あたし24歳だけれど。ねぇ、エム・ケスちゃんは、若く見えるって言われることない?」と真顔で言い、エム・ケスは返事しなかった。とりあえず、メーティスはエルフ族ともマイペースで接しそうだ。




