11. 一縷の希望
俺とクロートー、そしてエルジャは、転移魔法でドワーフ族の旧坑道近くに戻り、エルジャの魔法で竜ヶ峰全体を封印した。この魔法は、エイマス・サラ女王陛下でも解除できないそうだ。俺は試しにゴーレム馬の手綱を握ったが、まったく動かなかったので、エルジャにゴーレム馬車の運転を頼んだ。
「エルジャ、左手にキンベ山脈を見ながら、北に移動するとカナンの村に着く。ここから15分ぐらいだ」と言うと、「はい、はーい!」とエルジャが答えた。いつもの癖で、自分のいる位置を確認しようとしたとき、パラゴがいないことを思い出し、ちょっと落ち込んだ。
エルジャの操るゴーレム馬車に乗るのは初めてだったが、安全運転で、危なげなくカナンの村に到着した。カナンの村に入ると、大工の棟梁ロベンタが神殿の建設に取り掛かり、何人もの大工たちが仕事していた。ロベンタは俺を見つけると、手を挙げ、「領主殿ぉ! しばらく顔を見ませんでしたなー。ご苦労様です」と声をかけてきたので、「ロベンタ、今日も精が出るなぁ。困ることはないか?」と叫ぶと、「いやーぁ、こうもたくさん仕事があると、嬉しい悲鳴ですよ、はっはっは」と笑った。「怪我に気を付けてくれ!」と声をかけると、「領主殿も、ごきげんよう!」と返ってきた。
商店街は計画通りの場所に設置され、食料品店や雑貨や、それに鍛冶屋ができていた。鍛冶屋には知った顔がいたので、「おーい、スレッジハマー!」と呼びかけた。スレッジハマーが金属を叩く手を止めて、こちらを見て、「あーっ、剣士殿! いや、領主殿!」と嬉しそうな顔をした。「独立したのか?」と訊くと、「おいら、親方に独立を許されたんです。この規模の村だと、武器屋だけで生計を立てるのは無理だから、蹄鉄から包丁まで、何でも鍛えるつもりです。早速ですが、剣士殿の剣を鍛えますか?」と訊かれ、「いや、俺の剣は大丈夫だ」と即答した。俺はもう剣にマナを巡らせることはできない。今や腰の剣は飾り物だ。スレッジハマーは笑顔で、「いつか、おいらの打った剣を見てください!」と言うので、手を挙げて答えた。
ゴーレム馬車が領主宅に着くと、すぐにレイノスが「御当主、お帰りなさいませ」と挨拶した。「レイノス? 衛星都市ミラードにいたんじゃないのか?」と訊くと、「御当主がこちらにいるので、しばらくはカナンの村に滞在します」と言う。「わかった。ありがとう。そう言えば、メーティス先生は?」と訊くと、「奥にいます。日焼けが嫌とかで、日が沈んでからしか作業したくないそうです」と苦笑した。相変わらずレイノスはメーティス先生に振り回されているようだ。
居間に入ると、メーティス先生はソファに座って、書類を読んでいた。俺を見て、ちょっと変な顔をし、「マリシくん、どうしたの? なんか浮かない顔ね。予定より帰りが遅かったし」と言った。顔を見ただけでそんなことまでわかるのかよ。「実はネイトが…」と、この数日で起こったことをメーティス先生に話し、なんとかならないかと頼んだ。俺がマナを失ったことは、よけいな心配をさせないよう、話さなかった。メーティス先生は真面目な顔をして話を最後まで聞き、「ネイトちゃんの身体にあるマナを取り除けば、元に戻るわけ?」と訊くので、「わかりません。エルフ族の女王陛下の話では、時間とともにマナは減っていくというのですが、数十年、数百年単位の時間がかかるそうです」と言った。
メーティス先生はじっと俺を見たまま黙り、なにか考えているようだった。こういう表情のときのメーティスはまるで眉間から光が出ているようだ。そして、唐突に、「ねえ、マリシくん、マナってなにかしら?」と言った。「えーと、その、身体の中にあるエネルギーみたいなものでしょうか?」と言うと、「クロートーちゃんやモイラと会ってからずっと考えていたのよね。モイラは人造生命体を作るほどの科学者だったけれど、まったくマナを知らなかったの。それっておかしいと思わない? 生き物に、元々、マナがあるのだったら、知らないはずがないじゃない。だから、一つの仮説にたどり着いたの。マナは、後から作られたものじゃないかって」と言う。「はぁ」と生返事をすると、メーティス先生は俺に構わず話しを続けた。
「マナで魔法を発動すると、傷の直りが早いとか、自然現象と違ったこと起こすとかあるけれど、絶対にできないことがあるって、マリシくんが教えてくれたじゃない。食べ物を出したり、水を出したり、お金を作ったりはできないって」と言った。最後のは言った覚えがないが、「はい」と答えた。
「火は熾せるし、光を出せるし、風も起こせる。でも水は出せない…。土だって形を変えているだけで、生み出しているわけじゃないわ。魔法でできることとできないことの違いを考えたのよ。そして、マナって波動を持った粒子の集まりではないかって仮説を立てたの。粒子の質量は変化しないから、マナを異なるエネルギーに変換するなら、波動性を持たせないと無理だと思うのよねぇー」と言う。難しすぎてよくわからなかった。
「それで、竜の血は何色をしていたの?」と訊かれ、「銀色でした」と言うと、メーティス先生はまた考え込んだ。「なるほどね。マナは金属ベースでできていると思っていたけれど、銀色かぁー。マリシくん、知っている? 人間族やドワーフ族の血液は鉄、エルフ族の血液は銅をベースにしているの。効率良くマナを扱うのは、エルフ族でしょう? そして効率よくマナを蓄えるのは鉄より銅なのよ」と言い、返事をする前に、「人間族やドワーフ族の血は大量に酸素を運べるけれど、マナを流す効率は悪いわ。魔物の血には不純物が多くて、ひどく効率が悪いのよ。魔物の中には、鉄と銅の2つの混合で、紫色の血をした者もいるの。ふーん、竜の血液は銀色か。金属なのか、金属に似た別の粒子なのか」とブツブツ言うので、「あのー、ネイトの身体にマナの粒子がしみ込んだということでしょうか?」と精一杯の背伸びをして質問すると、「そうね。どんどんサイズを小さくして言ったら、衣服や皮膚、それに金属だって通り抜けるわ。それもあり得るんじゃなぁーい? 今、ネイトちゃんの身体には大量のマナが残っているのよね? ということは、マナだけをどうやって取り出すかよね?」と言って、頬に手を当てた。
「うーん、こう考えてみましょうよ! 塩の中に混じった砂糖を集めるならどうするか? やっぱり、アリさんに頼むしかないわよね。体の中に入ったマナを取り出すなら、マナが好きなものにやらせるしかないわよ。それなら…マナワラ! マナワラの木がいいわ。マナワラの木がマナを搾り取って、ラストニア製のタンクに集めればいい!」と、興奮したメーティス先生が、急に考え込み、「でも、マナワラの木からマナを集めてタンクに入れても、タンクに溜まったマナを吸い上げ始めちゃうわね。取り出したマナはタンクに入れる、そして、タンクに入れたマナはマナワラの木に戻らないようにする。お腹のすいたマナワラの木がネイトちゃんのマナだけを吸い上げるには、マナの流れを一方通行にしないと。うーん」と、メーティス先生は沈黙した。あまりに長い沈黙なので、「あのぉ、先生、焦らなくてもネイトは大丈夫だと思います。エルフ族がきちんと管理してくれていますから」と声をかけたが、耳に入っていないようだ。
どうしようかと思っていると、「そうだ! 片導体がある!」とメーティス先生が叫んだ。「片側からはマナが流れて、反対側からはマナが流れないような物質を開発中なのよ。マリシくんのために! 一方からのマナの攻撃を防ぎつつ、反対側からはマナを使った魔法を発動させるわけ。マリシくんが魔法攻撃を受けず、魔法を発動するためよ。まだ研究途中で大掛かりな装置だけれど、今回の用途にはぴったりだわ! それを利用すれば、ネイトちゃんの身体からマナを取り出して、ラストニア合金のタンクに入れて、そこからマナワラの木に吸い取られないようにすることができるかも。衛星都市ザーク市のラボに行って、必要なものを取ってこないと!」と言い、メーティス先生が微笑んだ。「ねえ、マリシくん、あたしがネイトちゃんのこと、なんとかしてあげるから心配しないで。もしもネイトちゃんが元に戻らなかったら、しばらくの間、冒険者を辞めて、あたしとのんびり暮らすのもいいと思うわよ。毎朝、マリシくんの顔を見てからラボに行ければ嬉しいし」と言った。「そ、そんなわけにはいきませんよ」と断ったが、すごく気が楽になった。




