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剣と魔法と富豪冒険者  作者: パラケルスス
第5話 旧ドワーフ坑道
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9. そして時が止まった

 深く身体が沈んでいくような感覚が、いつまでもいつまでも続いた。すると明るい中に、おふくろの顔が浮かんだ。なんだか眩しくて、よく見えなかった。おやじがいるのも感じた。二人は笑顔で、幸せそうだった。目の前に明るいものが見えた。光の中でメーティス先生がおかしなことを言っていた。何を言ったんだろう。いろいろな光が現れて、ネイトやクロートーが笑顔であったり、喧嘩顔であったりしていた。あぁ、身体が重い。頭が痛い。なんだろう。

「マリシ!」と、クロートーの声を聴いてハッとした。バラバラなぼやけた光が、やがて形を成し、クロートーとエルジャの顔が見えた。そして、自分が寝かされているとわかった。「大丈夫? あたしがわかる?」とクロートーの心配そうな顔が見えた。その隣には、同じく心配そうな顔のエルジャがいて、「マリシさん、大丈夫ですか?」と言っていた。

 普通に声を出して答えたつもりだったが、自分の耳に入ってきたのは、「俺、どうしたんだ?」という、かすれ声だった。クロートーが涙を流し、「死んじゃったかと思ったわよ。あたしは死んでもいいから、マリシには死んで欲しくない。ずっと祈っていたの」と言った。クロートーの泣き顔をみるのは初めてだ。なにがそんなに悲しいんだ。エルジャまでが眼に涙を溜めて、「ここはエル・キンベの街です。母上に、あの結晶体の魔法を解いてもらいました。この2日間、マリシさんは生死の境をさまよっていたのです」と言った。エルジャの言っていることがよくわからなかった。

「どうして。俺はここに?」とかすれ声で言うと、クロートーが泣きながら、「ごめん。グスッ、あたしが竜の杖を抜いたから、グスッ…」と言った。だれか、足りない気がし、すぐに思い出した。「あっ、…そうだ、ネイト。ネイトはどうした?」と言うと、クロートーが俺の手をぎゅっと握り、「ネイト先輩のことは大丈夫だから。まずゆっくり休んで」と言い、俺はほっとして、再び落ちていくような感覚とともに眠りに落ちた。


 次に目が覚めた時、どのくらいの時間が経ったのか、わからなかったが、少しずつ、いろいろなことを思い出した。ゆっくりとベッドから身体を起こし、(パラゴ?)と呼びかけたが、返事はなかった。

 ベッドから降りて立ち上がると、長く寝ていたせいで立ち眩みし、ベッドに座り込んだ。自分の身体から、まったくマナが感じられないのは初めての感覚だった。試しに手印を組んでみたが、【発光】のような簡単な魔法ですら発動できなかった。途方に暮れていると、部屋に入ってきたクロートーが驚いた顔をし、「まだ寝てなきゃダメじゃない!」と言いながら、俺に駆け寄った。

「なにがどうなっている? 俺の身体にはマナが戻らないのか?」と訊くと、クロートーは泣き笑いのような表情を浮かべ、「あたしからじゃ、うまく説明できない。ちょっと待って、エルジャを呼んでくるわ。無理に動いちゃだめよ!」と言って、部屋から出て行った。

 部屋を見回し、はじめてエル・キンベの街に来た時に連れてこられた部屋だと気づいた。遠くから足音が聞こえ、クロートーとともにエルジャが入ってきた。「マリシさん!」と叫んで、エルジャが俺の前に来ると、覚悟を決めたような表情で、「いずれわかることなので、きちんと話します。まず、どこまで覚えていますか?」と訊いてきた。

「えーっと、ネイトが竜の血を浴びて瀕死の状態になったこと…かな」と答えると、エルジャが頷き、「そうです。あのとき、マリシさんはネイトさんを助けるために、【防術】の魔法をネイトさんの身体の隅々に張り巡らせました。それでもマナの汚染を防げませんでした。そして、マナを吸収するために母上の杖をネイトさんに当てました。ただ、杖の結晶体はマリシさんにも反応し、マリシさんの身体からマナを奪いました」と言った。それは覚えているが、それから先の記憶がない。

「それで、ネイトはどうなった?」と訊くと、エルジャはにこりともせず、「ネイトさんは死んでいません。マリシさんはネイトさんのために最善の方法を取ったと母上も認めています。そして、あと少し処置が遅れていたら、ネイトさんは竜のマナのために死んでいたと、母上は言っています」と言った。なんだか回りくどい言い方だ。

「ネイトは、なぜいない?」とまた訊くと、「よく聞いてください。ネイトさんは一命をとりとめました。でも、結晶体に閉じ込められています。エルフ族の魔法では、身体の中からマナだけを抜き取ることはできません。結晶体の中にいれば、マナの汚染は進みません。時間とともにマナが減り、いつか結晶体から出ることが出来るかもしれません」とエルジャが言った。意味が解らなかった。「結晶体の中って、どういうことだ?」と訊くと、「マナを吸い取る結晶体です。その中にネイトさんはいるのです。そこが一番安全な場所なのです」と言った。

「一番安全な場所って、いつかは出られるのか?」と訊くと、一瞬の沈黙の後、「数十年、もしかしたら数百年先かもしれません」とエルジャが答えた。俺はため息をついた。途方もない時間だ。

「ネイトが目覚めるまで、結晶体の中のネイトをエルフ族の街に置いてくれるのか?」と訊くと、「大丈夫なのです。エルジャが、ネイトさんが目覚めるまで治療を続けます」と言った。俺はエルジャに頭を下げ、「どうか、頼む。ところで、クロートーは大丈夫か? 直接、竜に触れただろう?」と訊くと、「もちろんよ、大丈夫よ。あたしって、元気だけが取り柄の…」と言ったところで、クロートーの目に大粒の涙が浮かび、泣き出した。「あたしって、馬鹿力だけが取り柄なんだから、グスッ。でも、マリシのこともネイト先輩のことも、誰よりも、グスッ、大事なの。あたしのせいで、こんな事になって、グスッ。本当にごめんなさい」と泣いた。

「泣くなよ。あれはリーダーの俺が決定したことだ。それに冒険者にトラブルはつきものだ。命があっただけで良かったと思えよ。ネイトだってAランク冒険者だ。こうなったことを納得しているはずだ。クロートーはなにも悪くない。俺のミスだ」と慰めたが、クロートーは泣き続けていた。

「それより、ネイトに会えないか?」と訊くと、エルジャが「会えます。でも、こちらの声は聞こえません。ネイトさんの時間は止まったままです。それでも会う覚悟はありますか?」と言うので、「もちろんだ。会わせてくれ」と頼んだ。


 エルジャの案内でネイトのいる部屋に入った。部屋の中には、大きな半透明の結晶体があり、そのなかにネイトは目を閉じたまま埋まっていた。俺が最後に見た光景よりも、ずっと結晶体は大きく、まるで氷の中に閉じ込められているようだった。「ネイトは生きているんだよな?」と確認すると、エルジャが、「はい。結晶体の中でネイトさんは生きています。結晶体が、ゆっくりとマナを減らしているのです」と答えた。「ネイトは苦しくないのか?」と訊くと、エルジャは、「わかりません。前例がないそうです。魔法の解除はいつでもできます。でも、魔法を解除すれば、高濃度のマナがネイトさんの身体を汚染します。だから、このままにしておくのが一番安全だと母上は言っていました」と言った。「ネイトは人間族だぞ。マナがなくなったときには、寿命が尽きてしまうんじゃないか?」と訊くと、エルジャが首を振り、「今のネイトさんは仮死状態です。この結晶体が消えた時、再びネイトさんの時間が動き始めます。今のネイトさんの時間は止まっているのです」と説明した。つまり、ネイトはこの中で何十年も、何百年も過ごすことになるのか。「触っても大丈夫なのか?」と訊くと、「この結晶体はマナに惹かれて広がります。今のマリシさんであれば…」と、エルジャが口を濁した。そう、今の俺にはマナはないから安全だ。

 結晶体に触れると、思った以上に冷たかった。もう二度と、ネイトと会話できないのか。こんなことになるなら、もっともっと、話しておけば良かった。ものすごい喪失感が俺を襲い、両頬を涙が伝った。

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